別ルート③

 徒党を組んでひしめく魔物たちから、一匹が飛び出してきた。無防備に立つ僕に噛みつこうと大口を開け、剣のような牙を光らせる。

 しかし。残念ながら彼は、横入りしてきた強烈な蹴りに吹き飛ばされ、元いた位置に強制送還をくらっていた。


「アスリカ、頼む!」


 僕を守ったのはミゼルだった。僕が強力な魔法を発動させるまでの間、彼は実に器用に立ち回り、何体もいた魔物たちを追い詰め、一か所に集合させていた。

 これは簡単にできることじゃない。ミゼルは着実に、能力値だけでなく、戦士としての力量をも伸ばしている。今が彼の成長期なんだろう。

 さて。これで討伐依頼にあった魔物たちは一巻の終わり。報酬をどんなことに使うかに思いをはせながら、僕は掲げていた杖を振り下ろし、完成していた魔法を彼らに投げる。


「ええと……“メテオレッドサン”」


 巨大に膨れ上がった炎の塊は、前衛を張っていたミゼルの頭上を通り過ぎ、魔物たちの中心へ、隕石のように墜落する。それで、怪物たちは哀れにも、圧壊し、炎上し、ことごとくが絶命した。


「ふう」

「……さすがだ。おつかれさま、アスリカ」

「ミゼルも」


 戦いを終え、僕たちはさわやかな声をかけあった。

 まるで、本当の仲間みたいに。


 ▼


 冒険者の管理組合へ立ち寄った帰り、この街のメインストリートを通る。そこは、気が滅入ることに、大勢の人々の往来でごった返していた。

 まあ、電車をよく利用する人や、大都市で暮らす人なんかには、大した人混みではないのだろうが。地方の学生だった僕からしてみれば、やや疲れる光景だった。

 ミゼルにとってもそれは同じ事らしく、ふたりして、肩を小さくして歩く。

 あ、そうだ。


「ミゼル? はぐれたら困るし……手、つないであげようか」

「えっ。いいよ、子供じゃないんだし」

「よっと」


 腕にしがみつき、胸を当ててやる。

 もう飽きてきたかもしれないパターンの悪戯だが、いつまでも良い反応をしてくれるものだから、ついやってしまう。


「うわ! ……あ、アスリカ! 人が見てるのに、恥ずかしくないの」

「なんで? 恋人同士でしょ、あたしたち」

「……初耳だよ、そんなの」

「そうだっけ? おかしいな」


 今は恥ずかしさは感じないな。すれ違う男どもがミゼルを嫉妬まみれの目で見てくるのは、ただ楽しいとしか思わない。自分がどれだけ上玉の女なのかも確認できて、いい気分だ。

 人の波の中を、ふたり密着して歩く。仕方ない、混んでるんだから。



 このバルイーマという大都市はいま、4年に一度開催する、“闘技祭”とやらの時期の真っただ中である。

 なんでも、もともとここは、魔物が強いこの地域を腕っぷしで開拓した荒くれたちの街で、“強さ”を競うならわしが昔からあったらしい。それが発展したものが、今日のバルイーマでは闘技祭と呼ばれる、人間の闘争をたたえるこの祭典だ。

 そして、そのメインイベントとなる“武闘大会”が、近々あるとのこと。ここでは今も、“強い”ことは大きなステータスなのだ。

 この武闘大会の存在はとくに有名なものらしく、他国からも参加者や観戦者がやってくるほどなのだという。

 ……とまあ、以上がバルイーマの“設定”である。バトルものにありがちな、対人戦トーナメント編のためにあるような街だ。


 数か月前、僕たちが初めてこの街を訪れ、拠点として活動し始めたころは、ここまで人流は多くなかった。

 お祭りが始まり、武闘大会の開催が近づいた今では、この通り。

 ちょっと、ここまで人が集まると、依頼の取り合いになって仕事がしにくい。


 やっぱり冒険者稼業は不安定だ。けれど、平和な日本でぬくぬくと暮らしていて、就職もまだで、お勉強もそこそこにファンタジー漫画やライトノベルなんかを読んでいた僕みたいなやつには、異世界での生き方なんて他にわからない。当たり前の話だが、僕みたいな努力もしないバカは、異世界に来たって苦労する。

 将来が不安だ。いつまでも魔物退治なんかで食ってはいけないだろうし。

 ……ミゼルが、養ってくれないかな。

 いい考えかもしれないな。この身体なら、そういうこともできるはずだ。


 そうとも、今の僕にはこの恵まれた身体があるんだ。

 アスリカの努力をそっくり盗んだおかげで、彼女が鍛えた魔法をぶっぱなせば飯とベッドにありつける。

 そして何より顔がいい。

 アスリカは自分のことを、賢くて才気のある魔法使いだから成功している、みたいに思っていたようだが、この子は賢くはないね。顔が良いだけだ。

 まあこんなに顔が可愛かったら、ちやほやされて脳みそ空っぽにもなるだろうけどな。脳に行くべき栄養が全部容姿に行ってるよ、アスリカは。

 もちろん褒めている。それはとても素晴らしいことだ。


「あの、そろそろ離してくれませんか……?」


 腕にくっついたまま、少しだけ自分より背の高い少年を見上げる。

 ……どれ。試しに、いろいろと“お願い”してみようか。

 こいつは僕のことが好きだという。すなわち、僕の財布であると言っていいだろう。


「……あたし、おなかすいたな。ねえミゼル、南地区の商店街、通ってから帰ろ」

「あ、うん。わかった」

「冷たい飲み物が出る店があるんだってさ。おごってくれる?」

「えっ! いや、それは……あの辺、お高いお店ばっかりだし、二人分となると……」

「あんな魔法使っちゃったから、身体が熱いの。ほら。冷ましたいなぁ」


 身体をもっと押し付けつつ、服の襟をひっぱって換気する。ミゼルの角度からは、胸の下着くらいは見えたかもしれない。視線が一瞬そっちにいったのを感じて、僕は薄く笑った。

 実際、汗かいてるし、あの魔法を使ったのはこいつの指示だ。ねぎらってほしいものだね。


「わ、わかったから、離れて……」

「ありがと。好きよ、ミゼル」


 ぱっと腕を解放してやる。こんなうすっぺらい言葉でも、ミゼルはきっと喜んでくれることだろう。そうでなければおもしろくない。胸を押し当てるよりも口で言うほうが、意外にも気恥ずかしさは若干上だ。

 ミゼルは、耳をほんのり赤くして、歩くスピードを速くした。わかりやすくていい。

 僕は彼を人波からの盾にして、その後ろをついていく。


 ミゼルとの関係は、いい塩梅にうまくいっていると思う。だいたい最初に思い描いた通りだ。

 好きだとまで言われたのだから、ゴールはとうに過ぎている。いちいち色仕掛けみたいな真似をする必要も、もうないのだが。

 いつまで経っても女慣れしないこいつの反応には、意外と飽きない。

 ……僕としては。

 いまの毎日が、けっこう楽しい。


 ▼


「ごちそうさまでした、ミゼルくん」

「3日分の生活費が1時間で……」

「うん?」

「なんでもないです」


 先刻より一回り痩せた革袋の財布を大事そうに抱え、ミゼルはしょげていた。

 ここまできたら、僕に貢ぐことに喜びを感じる人間になってほしいのだが、そこに達するにはまだ遠いか。

 歩き姿にやや力がないミゼルを笑い、僕は気分よく商店街を練り歩く。このあたりは飲食街だ。異世界には漫画もアニメもゲームもないが、うまい食べ物はある。バルイーマみたいな広い商業都市だと、新たな味を求めてぶらりグルメ旅という遊び方もできる。

 あと、武器屋・道具屋巡りとかも楽しいけど、今日は気分じゃない。


「おっ、あれは……!?」


 ある露店の前で立ち止まる。今そこを出ていった先客が、歩きながら口にしていた物体には、見覚えがあった。

 ワッフルコーンの上に白いふわふわが乗っているあれは……ソフトクリームだ。

 マジか。本物かな。この世界で氷菓とか作れるものなのか? 異世界人もあれに行きつくものなのか……?

 うーん。たしかにさっき、おなかいっぱい食べたはずだが、あれ食べてみたいな。女の身体になったら味覚も変わって甘いものが好きになる……なんて話も、ウェブ小説で読んだことがあるし。ぜひ試したい。


「ミゼルー、あれ買って」

「ええええ」


 ミゼルが消えてしまいそうな顔で財布から金を捻出しているのを尻目に、店主の男からソフトクリーム? を受け取った。彼の言うには、よその国で流行っている菓子を試しに再現したものらしい。

 ミゼルは、何も買わなかった。満腹だからとのこと。


 僕は戦利品を手に少し歩き、周りを見渡して……。通りの途中にあったアパルトメントの入り口の、小さな階段に腰掛けた。ミゼルは、ひとりぶん距離をあけて隣に座った。詰めないと住人に迷惑だぞ。

 手にした白いそれをじっと見る。ごくりとのどを動かし、ついにそれを、舌ですくってみた。


「……んんん~……?」


 ぺろぺろと舐める。ぱくりとかぶりつく。しかし……、

 冷たいので、アイスクリームなのは間違いないが……あんまり甘くないなあ。がっかり。まだ発展途上か。

 残念だが無駄遣いだった。虚しさを感じながら、僕は虚無クリームを舐め崩していった。

 そして、隣人が、こちらを熱心に見ていることに気付く。


「……? 何?」

「あ、ごめん、なんでも」


 さっき、ミゼルの視線は、僕の口元を見ていた。たいていの場合、こいつの見ているものは僕につつぬけだ。

 食べたいのかね? ……いや、美少女がアイスクリーム食べる様子に、何か催したか? エロいやつだ。


「食べる? あげるよ、あんまりおいしくない」

「え? いいの。ありがとう」

「おごってもらっといてごめんね」


 手渡してみると、大きなリアクションもなく、ふつうに受け取った。本当に食べたいだけだったか……。

 おそるおそる口にしていくミゼル。


「冷たくて、おいしいけどな」

「そう」


 貧乏舌だな。得してる。

 ミゼルはペースよくソフトを減らしていく。お腹がいっぱいだと言うのは財布の状態を考えた嘘だったのか、おやつは別腹なのか……まあ、前者かな。


「ところでミゼル。間接キス……って言葉、知ってる?」

「?」

「知らないかあ」


 ……おー、貪るなあ。未知のグルメへの食欲が上回って、人の食べかけだという事実を忘れているのだろうか。あんなに可愛く美少女っぽく食べて見せたのになあ。

 なら教えてあげよう。人の食いさしなんぞ不衛生である、というのは横に置いといて、美少女のそれはまた別の意味で口をつけてはいけない。僕に遊ばれるからだ。


「説明しよう。間接キスとは、あたしが口をつけたやつにミゼルが口つけたんだから、それは実質キスではないだろうか? という考え方だよ。……意味分かる?」

「………!! んぐっ! んんっ!! ゴホッ」


 気管にでもひっかかったのか、ミゼルはむせた。それで、耳を赤くして表情を歪めている。そうでなくては。


「ね。早く食べないと、溶けちゃうよ」


 至近距離まで寄って、耳元で囁いた。いつものやつだ。

 ミゼルは悶絶して、口元を押さえて背中を丸めてしまった。

 親切な僕は、彼を落ち着かせてあげようと思った。段差を降り、ミゼルの目の前にしゃがんで、下から顔をじっと覗き込んであげた。


 ▼


 人んちの階段でずっと座っているのはあれなので、もう少し歩いた先にあった休憩広場で、僕たちは腰を落ち着けた。ちゃんと椅子と机が日陰にあるところだ。

 ちなみに、机上には、新たにミゼルに買わせたあれこれが並んでいる。

 なかなか宿に帰れないわ予定外の出費をするわで、彼はしなびたナスのような顔をしていた。


「なあにミゼル。せっかくのデートなのに、元気ないのね」

「……えっ。で、デート? これが話に聞くあの……?」

「ふふっ」


 なんだそれ。誰から聞いたどんな話なんだろう。

 まあデートなどと言ったが、僕も別に、今日は人の金で贅沢をしたい気分だっただけで、結果としてデートみたいなものだなと気付いたのは、今なのだけど。

 ともかく、そんなふうにしなびていないで、最高に可愛いアスリカと一緒に町をぶらぶらできた幸福を噛みしめてほしいね。

 望むなら、もっといい思い出にしてあげてもいいし。


「……今日はたのしかったな。ありがとう、ミゼル」

「う、うん。僕も、楽しかったよ」

「何かお礼ほしい? 添い寝でもしてあげようか」

「はっ? いや! それはもう勘弁して……」

「なんで? あたしのこと嫌いなの?」

「そういうわけじゃ……」

「よかった」


 対面のミゼルに、こっそり内緒話を持ちかけるみたいに、口元に片手を添えて小声を出す。


「あたしはミゼルのこと、すきだからね」


 これを言うと、演じると、頬が熱くなる。血がめぐって紅潮してるんだろう。

 それを受けたミゼルは、僕の紅らんだ顔を直視できないのか、視線をよそに逸らした。

 ……気分のいい日は、1日2回くらい言える。飽きられそうなものだが、ミゼルはまだ初心な反応を返してくれるので、演じる甲斐がある。こいつじゃなかったら、例えば女慣れしていてコミュニケーションの得意な男が相手だったら、毎日つまらないだろうなと思う。

 ミゼル。やっぱり、目をつけて良かったな。

 もっと、もっと骨抜きになれ。

 それに、爆発させてもみたい。自分からもっと直接的な誘いをかけてしまうのは簡単だが、絶対に向こうから襲わせたい。ミゼルは感心するほど頑丈な理性をしているが、そんな我慢もできなくさせたい。

 だんだんとエスカレートしている自覚はあるが……、ミゼルといる限り、楽しみは、まだまだありそうだ。



 どろどろの内面を隠して、今度はしばらく他愛もない話題を楽しむ。

 次の仕事はどうする、とか、いつまでこの街を拠点にするのか、とか。長くここでやっていくなら、良い借家があったら一緒に住む? なんて聞いたりもした。

 すると。


「……なあ。あそこにいるの、テトラゴ王国の“赤熱の魔女”じゃないか?」

「あんなやつまで出るのか。本当にレベルが高い大会なんだな……」


 ひそひそ話がへたくそな二人組が、じろじろとこちらを見て、何事か話しながら横を通り過ぎていった。

 ……アスリカが、この街の武闘大会に出場するものだと勘違いしていたようだ。この街に来てから、何回か同じような声と視線を受けたことがある。よその冒険者のことなんてよく知ってるもんだ。

 出るわけないだろ、面倒くさい。自分が楽に勝てそうな戦い以外はやりたくない。


「アスリカ、有名人だね」

「ん。そうみたいね」


 この愚か美少女の記憶をたどると、たしかにアスリカは同業者間では名の通った使い手だったらしく、大層な二つ名まであるようだ。

 僕からしてみれば、実力の2、3割くらいはミゼルのバフのおかげだし、追放するときとざまあ展開のときくらいしか出番のないキャラだし、買いかぶりすぎだと思うねえ。有名なのは実力じゃなくて、このかわいすぎる顔だろ。

 本人も絶頂期にはずいぶん良い気になっていたみたいだが、今夜は鏡に向かって罵倒でもしてやるかな。それで本人の口から、調子に乗ってごめんなさいと謝ってもらおう。


「大会、出ないの? アスリカは強いのに」

「……ふーん。強そうに見える? 出ないよ。出演料がもらえるわけでもないし」

「優勝者には賞金が出るんだってさ。1000万エン」

「へえ! すごい大金」


 それは……単純に欲しいな。まともな都市に家買えるくらいあるんじゃないか。

 うーん。でも、純魔法使いのアスリカの性能で、荒くれの剣闘士どもに勝てるかな。

 ……いや、待てよ?


「ねえ。ミゼルが出ればいいんじゃない?」

「え? あはは、何言ってるの」


 何笑ってんだ。主人公だろおまえ。


「よく考えたらキミが参加しない手はないよ。そろそろ試したいでしょ、自分がどれくらい強いか」

「僕が……?」


 日々レベルアップしている自覚はあるはずだ。なぜ未だにちょっと卑屈なのか。

 そうだよ、よその強者たちと実力を比較できるんだから、いい機会だ。あと、主人公なんだから、さくっと優勝賞金もとってきてくれ。


「うん、決まりね。参加してきなさい。いっぱい応援したげるから、どうせなら優勝してね」

「ゆ、優勝!? 無理だって!」


 そうは言うが、既にミゼルの魔力は覚醒しているし、異能のコントロールもある程度できている。経験値も十分のはず。

 大体、パーティー追放ものの主人公が最強じゃないことなんてあるか? 優勝以外あり得ない。

 僕としたことが、一獲千金のイベントをみすみす見逃がすところだったな。


「ほらほら、参加申し込みに行こう。もう締め切ってるかもしれないけど」

「あ、アスリカ、本気?」


 自信なさげだな。好きな女の前で情けない。

 でも、あんまりにも自信満々で油断してそうなやつよりはいいか。

 とにかく、発破をかけてあげよう。


「そうだな。優勝できたら、ご褒美をあげるよ」

「ご褒美?」

「うん」


 席を立ち、ミゼルの腕を引いて立たせる。そのまま、内緒話をそっと耳打ち。


「……なんでもひとつ、キミのいうこと聞いてあげる……」


 ミゼルは、何を想像したのか、いつも以上に顔を赤くしてくれた。この約束は守るので、ぜひ頑張ってほしい。

 そんなこともあり、我らが主人公は、マンガだと無駄に長引きがちなバトルトーナメントに出場する意思を固めてくれた。

 それでいい。

 僕のミゼルが今回、どこまで上がれるのか、楽しみだ。

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