王都を出たミゼルの、あてもない旅路はゆっくりと進む。

 ついでに、その後ろにつかず離れず歩く僕の道程もまた。


 王都から周辺の人里へつながるこの街道は、残念ながら特に異世界みのある景色でもない。こういう見どころのない道を歩くのは非常に退屈なもので、いろいろと考え事をしてしまう。

 このあとこいつはどこにたどり着くのだろうか。原作のあらすじは、コミック第1巻の分はある程度把握しているのだが、それでも先のことは明確にはわからない。

 何せ自分というキャラクターはあの漫画にはいなかった。果たしてこのまま、原作通りに行くかどうか。

 本来なら、そうだな。……そろそろ一人目のチョロいヒロインでも出てきて、旅の道連れが増える、ってところだろう。新たな出会いをきっかけに人生の転機が……みたいなのは、追放モノで何度か読んだ。

 そしてそれはいわゆる、ハーレムものにも繋がっていく展開だ。主人公を慕う女の子の数が物語を通して増えていき、いつの間にか希代のモテ男状態に。このミゼルの物語もまた、それに分類されるお話になるだろうと思う。読者としての勘だ。

 しかし、うーん。

 そうなると僕はいずれ、こいつのハーレムの一員にでもなってしまうのか? 女の身体を利用して取り入ることを企んでいるわけだし。

 それは……イラつくなぁ。せっかく男を手玉に取れる美少女になったのに、女同士で男ひとりを取り合うとか、どうにも嫌だね。僕は自分が人より優位でいるのが好きなんだ。トロフィーのように侍らされる側になるのはごめんだ。

 むしろこいつを僕の美少女ハーレムに入れてやる。顔は美少年で可愛らしいし、女装姿で部屋の隅っこの方に置いてあげよう。


 ……なんてな。

 僕ってこんな趣味だったかな。もしかすると、異世界での冒険に高揚していることに加えて、僕の内面はアスリカの脳やら魂やらに、多少影響を受けているのかもしれないな。記憶も覗けてしまえるし。

 自分の内面が不自然な変化をする、というのはあまり歓迎したくないことで、対処すべきことなのだろうけど……

 まあしかし、どうでもいいな。アスリカの人間性空っぽの脳みそなんかに、僕の根っこの部分までは変えられやしないだろう。



 そうして歩き続けるうちに、なんと夜になった。


 おいおいおい。向こうが無視するものだからずっと黙っていたが……、こうなる前に野営地でも見繕うのが、冒険者のセオリーってもんだろうに。

 この暗闇を行動していい人間は、いろいろと承知しているベテラン冒険者か、夜盗みたいなやましい連中くらいだ。夜行性の魔物も出て、夜闇の中では非常に厄介だ。日中から歩き続けのミゼルがこのまま夜の街道を行くのは、自殺行為というものだ。

 見失わないように、いや、さすがに声をかけようとして距離を詰めたとき、ミゼルはきょろきょろと辺りの暗闇を見回していた。そして、唐突に通りから外れ、藪と林の中に足を踏み入れていく。

 森の中に自殺スポットでも探しに行く気かと、一瞬思った。

 魔導杖の先に灯りを出して、あとをついていく。やがてミゼルは、木々に囲まれたやや開けた場所に辿り着き、そこで足を止めた。

 ……ああ、ここならキャンプでもできそう。ようやく休憩か。

 ミゼルが大荷物からいろいろと引っ張り出し始めるのを眺め、僕は大きく息を吐いた。



 しばらく経つと、もう完全に夜。

 でも、明るい炎があたりをぼう、と照らしている。温かいそれを眺めていると、なんだか安心できた。


 ミゼルが地面に設置した小さな折り畳みの椅子に、勝手に腰掛け、彼の作業をじっと観察する。

 僕はこういうのは素人なもんで、てきぱきと小テント設営だの火起こしだのをこなす手際の良さには、素直に感心する。

 そして、素人なのは僕のみの話ではない。アスリカも冒険者なんだからこれくらいできるだろ、と野営作業の知識を探るべく頭をうんうんと捻ってみたのだが……どうもこの女、魔法以外のことはてんでダメだ。

 元が魔法の教育を受けられるような家の、箱入り娘であったこともあるのだろう。「こういう雑用は誰かにやらせればいい」、という甘えた意見を脳みそが発信している。まあ、僕はいまそれに乗っかり、こうして適当に休んでいるのだが。


 町の外や迷宮内を活動場所とするのがいわゆる冒険者たちである。こういった野営のスキルは絶対に必要で、それができるミゼルは、サポーターとして働ける、ちゃんとした人材であるように思う。

 ……そして、アスリカが元いたパーティーでは、そういった作業のほとんどをミゼル任せにしていたようだ。

 そんなやり方でよく、これを追放しようだなんて短慮に走ったものだ。どうしてそうなってしまったんだろう。

 ………。頭の中の奥深くを探ってみると、アスリカも、最初の頃はちゃんとミゼルに一目置いて、自分にできないことができる彼に感謝していたらしい。本人も忘れていたようだが。

 人に歴史ありだな。コミックや原作小説を読み進めるだけじゃわからなかった事実かもしれない。

 けれどパーティーが名をあげて、自分たちのレベルが上がっていって、ミゼルがついてこられなくなってきて……そんな道のどこかで生じた凹凸が、どんどん大きな溝となって、最終的にこうなった。

 天狗になる、ってやつかね。人間誰でも陥ってしまいがちな間違いだが、アスリカはそれを省みることなく死んだわけだ。

 そういう愚かなところ、とても可愛いと思う。


「よっと」


 面白い記憶を参照できたので、重い腰を上げる。

 アスリカは少女らしく華奢な体型に見えるが、尻とか割と重い。冒険者の割にいい暮らしをしていたんだろう。バトンを引き継ぐ僕のために、この身体を健康に育ててくれていたわけだ。いい子だ。

 寝起きのときのように、うんと伸びをして調子を整える。

 さて。こういうときのサボりこそ人との遺恨になるものだ。ミゼルからの好感度を稼ぐには、これまでとは逆の行動をしなければ。

 すなわち、


「ねえ、手伝おうか?」

「………え……?」


 優し気で印象の良い笑みを、アスリカの顔で作ってみせる。

 うまく作れたかな? ミゼルはたぶん、この少女にこんな顔を向けられたことはなかっただろう。

 ……固まってしまっている。手伝いを申し出ることがそんなに意外だったのか、それともこの顔がかわいいことに気付いたか……。両方か? いや、むしろ後者だろうな。いやはや、美少女の身体を手に入れると、愛想を振りまくことが楽しくてしょうがない。


 僕はその場をはずれ、長い魔導杖を手に取る。元の僕はこんなものを振り回したことはないが、しかし今はしっくりと手に馴染んだ。“使い慣れたもの”だから。

 さてさて。手伝うといっても、キャンプの心得は僕の記憶にもアスリカの脳みそにもない。しかし、“この世界”の人間が野営を行うのに必要な、あるものについてのスキルが、ミゼルにはなく、アスリカにはあった。

 さっそく、実践してみよう。

 杖の先に魔力の光を灯し、野営地を囲むように、地面に大きな光の図絵を描いていく。魔法を発動する手段のひとつ、いわゆる魔法陣の作成だ。

 刻んだ図や文字に込めた意味は、「守り」。すなわち、魔物や敵対者の襲撃を防ぐ、障壁・結界の魔法である。

 このように魔法による魔物除けを設置するスキルは、ミゼルにはない。パーティーではいつも、光属性の魔法を扱うソフィアという女が担当していた。

 そしてアスリカもまた、大魔法使いの卵を自称するだけあって、この技能はしっかり修めていたらしい。

 きっと僕がこうして使うときのために、寝る間も惜しんで勉強してくれていたんだろうな。ありがとう、アスリカ。これからも大事に使ってあげるからね。


 結界を完成させ、なかなかに上等な安全圏が確立できると、いつからか作業を再開していたミゼルは、またその手を止め、こちらに視線を向けた。

 なので、またにっこりと笑って見せる。どうだ、ちゃんと働いてやった。いつまでも僕を無視はできないだろう。おまえひとりじゃ、この夜は結界のないテントで魔物の恐怖に震えて、眠れもしなかったはずだ。


「あの」

「んー?」


 ついに、向こうから口を開いた。どんな言葉が出てくるのだろうか。


「……結界。ありがとう」


 ……ふうん。

 このアスリカに、ありがとうなんて言えるのか。


「いいよべつに、これくらい」


 にっと笑って返す。これは我ながら、含みのない表情だったと思う。いい演技が思いつかなかった。

 少年はそれを受けて、不思議そうな顔をしていた。


「……えっと。その代わり、あたしもテントに入れてよね。眠るとき、屋根くらいは欲しいから」

「あ……わ、わかった」


 続けたセリフは軽い気持ちで言ったものだったが、割と重く受け止められたらしい。ミゼルは、わかった、と口で言いつつ、しかし一人用の小さなテントを眺めるその表情は渋く、いかにも本意ではなさそうだった。

 パーティーを組んでいた頃のように、アスリカがぐーすか寝ている間、自分は外でつらい見張り仕事……みたいなのを想像しているんだろうか。

 バカだな。もうその必要はない。

 あと、詰めれば二人で寝られる。



 しばらくして。

 小さなテントの陰、結界の範囲内にて。

 衣服を脱ぎ、水と清浄の魔法を使い、身体を清める。

 これはいい。生まれ変わった先が魔法使いでよかった。本当に便利な身体だ。

 僕はやはりこういうジャンルを読んでいるような奴だから、“主人公”に転生することに憧れがあった。でも今は、ミゼルじゃなくてアスリカになれてよかったなと、心底思う。

 魔法使い最高だ。あと顔もかわいいし、この通り体つきも割といいし。アスリカ自身は、ソフィアという仲間の女より胸が小さいことを不満に思っていたようだが、これは十分巨乳の範疇なのでは。お尻やふとももだって服を脱ぐと大きいし、魅力的な肉体だ。ファンタジー異世界の人間なんてろくなものを食べていないはずだと思っていたが、これはちゃんと栄養を摂れている人間のプロポーション。

 ……そうだ。

 ちょうどいい。このまま、このテントの向こう側にいるあいつを、誘惑でもしようか?

 長くパーティーを組んでいた美少女が、ずっと見られそうで見られなかった服の下をさらけ出して迫ってくるんだ。あの年頃の男子には耐えられない攻撃だと思う。

 ……いや、まだ早いか。ミゼルは僕を追い出そうとはせずとも、警戒はしている。あからさまなことをするとかえって激昂するかもしれない。

 夜這いはもう少し後にとっておくか。

 焦らなくても、ミゼルはすでに、僕にほだされつつあるはずだ。あいつは僕が旅についてくることを、困惑しつつも受け入れてしまっている。

 攻略計画の初日の成果としては、十分すぎる手応え。何が主人公だ、ちょろい、ちょろい。

 じっくり時間をかけて、僕無しでは生きられないようにしてやるのも面白いかもな。


 旅人・魔法使いとしての装備から、ラフな夜着に替える。テントの表側、火の前に戻っていくとき、ミゼルがこちらを一瞥して、すぐに視線を逸らしたのがわかった。

 夜にこんな格好の美少女と二人きりになってしまったら、いくら疑わしくて嫌いな相手でも、効くだろう。

 ときおりこちらを見てしまうミゼルの様子が、僕には楽しくて仕方がなかった。



 ふと、眠りから目が覚める。

 テントの外に顔を出してみると、まだ空は明るくない。肌を撫でる厳しい寒さからして、明け方近くくらいの、一番冷たい時間帯だろうか。

 そんな寒さの中で……ミゼルは、結局寝床を僕に譲ったこともあってか、屋根もない場所にひとり、座ったまま寝ていた。

 結界の出来はそこそこのものだから、見張りや火の番をする必要性はあまりないはずだが。マジメなのか、僕がいるせいなのか、それともこういう、貧乏くじを人に押し付けられる日々がしみついてしまっているのか……。

 別に僕はこの狭いテントに無理やり二人で入っても良かったのだが、まあ、気遣いには素直に感謝しておこう。

 顔色からして寒そうにしているし、火を起こして温めてやるか。

 それに加えて、僕の体温でぬくくなったこのブランケットでもかけてやる、っていうのが、王道の優しさアピールかな。いや、後ろから抱き着いて色仕掛けを兼ねるというやり方も思いついた。

 どっちにしようか。

 ……前者にしておくか。また突き飛ばされでもしたら腹が立つから。


 うとうとしながら昇ってくる陽を待ち、魔法で灯した暖かい炎にあたる。火の番は交代というわけだ。

 ミゼルの寝息が深くなってきたように思え、目で様子をうかがう。

 青年というよりは少年、童顔で、この顔ならかっこよく活躍すればモテるだろうなという感じはする。異世界ファンタジーノベルの主人公らしい風貌のひとつだ。

 しかし、こういうハーレム主人公(かもしれない人)のことは、感情移入できれば何とも思わないが、こうして赤の他人として認識するとどうにも妬ましい。こいつが複数の美少女に囲まれている様子を想像すると、面白くはない。

 ……もてあそんでやりたい。このアスリカの身体で。

 ほくそ笑む。やっぱりそういう方向性で関わっていくのが楽しそうだな。

 これからの接し方をいろいろと考えながら、僕は野外で火にあたる気持ち良さを堪能した。



 ▼


 この世界で町の外を歩くというのは過酷なことで、どんなに整備が進んでいる道路でも、命の危険がある。

 "魔物"がいるからだ。

 彼らと我々人間は大昔から天敵同士らしく、基本的には出会えば殺し合いになる。だからこの世界では、キャンプをやるなら魔物除けとなる何かが必要だし、魔物の侵入を防ぐような対策がとられた広大な敷地のことを“町”と呼ぶし、魔物を退治することで生計を立てる職業があるし――、

 そして、ああいうふうに弱い人間は、ひとりで町を出てはいけない。


「くっ、くそっ!!」


 ミゼルは安物の剣を必死に振り回し、大きな黒い鳥の魔物を相手に苦戦している。

 まあ、でかいカラスだ。アパートの表に出した燃やすゴミの袋をやつらに引き裂かれ、原付に白いクソをべちゃりと落とされた日から、僕はあの害鳥が心底嫌いである。そんなカラスが二倍くらいのでかさになり人間を積極的に襲っているのを見ると、さすがに恐ろしいが……、怒りと、アスリカの魔物退治経験が、恐れをうやむやにしてくれた。

 そしてアスリカの知識によると、あれはこの辺りでは弱い魔物だ。動きは素早いが、厄介な特殊能力などもなく、冒険者・退治屋ならば難なく倒せるはずの相手。

 そんな敵に、ミゼルは相当に手こずっている。

 現代日本人くらいの身体能力しかないように見えるな。たしかにこの体たらくならば、アスリカの性格なら見ていてイラついてしまうんだろう。


「………」


 助けを求めることもしないミゼルを、やや離れたところからただ眺める。

 僕は知っている。彼があんなに弱いのは、“魔力”に乏しいからだ。


 魔力とは、素の身体能力に劣る人間が、強靭な魔物どもに対抗するために有用なもののひとつである。

 この不思議なエネルギーは、例えば武器を振るう兵士の筋力をオリンピック選手以上に引き上げたり、肉体を岩のように頑健にしたり、魔法という特異な現象を引き起こすための燃料になっていたりする。

 つまり、戦うために必要な力だ。

 しかし扱える魔力の量や質には個人差があり、“才能”のない人間はとても魔物とは戦えない。ミゼルの今のありさまは、そのわかりやすい具体例だ。

 肉体を強くするための魔力が少なく、魔物の動きに敵わない。1年以上剣を握っていてこれなら、誰が見ても魔物退治の素養はない。元仲間たちもそう思っていただろう。


 だが、コミックをある程度読んだ僕は知っている。

 こいつはひとつ、ある“異能”を持っている。

 自分の魔力を周囲の人間に分け与える、というものだ。

 それを自覚できていないし、コントロールもできていない。実はミゼルはこれまで、パーティーメンバーに魔力の大部分を分け与えていたのだ。だから、こいつが抜けたパーティーはわけもわからず弱体化するし、ミゼル本人も、ひとりになってようやく、自分の身体を流れる魔力の強大さに気付く。

 それが、こいつを主人公とした成功譚の、からくりだ。


「っ! 剣が、当たらない……」


 とはいえ、自分が“今までの自分”だと思っているうちは、ああいう体たらくになる。

 秘めた力に相応しい思い切った動きができていないし、そもそも魔力の扱い方もよく知らないのだろう。魔力も通っていないあんなちゃちい剣と腕で、ちまちま、ちまちまと……。

 ゲームが下手なやつのプレイを後ろから見ているような感じで、少しいらいらする。だが、ミゼルは一度絶体絶命にまで追い込まれ、死に物狂いになることでようやく覚醒するのだ。

 僕はそのときを待つべきだろう。

 だから、こうして手は出さないのが、正解のはずだ。


「!! 魔物の数が……ぐああっ!?」

「………」


 気配を消す魔法を使って、新手の加わった魔物たちから、ミゼルが袋叩きにされるのを眺める。獣人の魔物に殴られ、カラスに引っかかれ、岩の人形に蹴とばされ……

 あー、ほんとに弱いんだから。はやく雑魚くんを脱却しないと、死んでしまうよ。

 あちこちにつくった傷から流れた血と、砂埃で、ミゼルは汚れていく。実に惨めだ。今が彼のどん底だろう。だが、跳ね上がるまでもう少し、もう少しのはずだ。


「が、ぐ……」


 ミゼルは吹き飛ばされ、立ち上がることができず、いよいよ地面に膝をついた。

 魔物たちが、とどめを刺しに迫っていく。意識がもうろうとしているのか、ミゼルは剣を構えもしない。

 僕は――、


「……“エクスフレア”」


 掲げた杖から巨大な熱光線が飛び出し、魔物たちをいっぺんに薙ぎ払う。

 それだけで、彼らはみな絶命し、消え去った。

 ふう。

 やってしまった。僕にもこう、日本でつちかった道徳心というか、目の前で死にそうになっているやつをつい心配してしまうような人間性はあったわけだ。

 杖を肩にかつぎミゼルに歩み寄る。僕はそのまま膝をつき、治療の魔法をかけてやった。この身体は、治療は攻撃魔法ほど得意ではないようだが、気休めにはなるだろう。

 あちこちケガだらけの身体を目の当たりにし、ややグロッキーな気分になっていると、ミゼルが茫然と僕の顔を見ているのに気が付いた。

 頭からの流血、ボコボコに腫らした顔。たった一回魔物に挑んだだけでこれは悲惨だ。泣けるほど弱い。

 しかしミゼルは、そんな現状を嘆く気持ちより先に、驚きを感じているらしい。表情がそうなっていた。


「……どうして、助けたんだ? それに、治療までかけてくれるなんて……」


 どうしてって。

 おかしなことをきく。


「別に。キミが弱いから」


 つい、アスリカのように、嫌われそうなことを言ってしまった。正直すぎたな。

 ……僕は次にこいつが追い詰められても、また同じことをしてしまうだろう。まあ、みじめすぎると見ていられないというか。

 言葉選びには失敗してしまったが、そろそろ、アスリカは純粋に改心したんじゃないか? とか思ってくれないかな。その方がやりやすい。実際、僕が企んでいることなんて、こいつがハーレムを築く前にいろいろと遊んでやろうと思っていることくらいだ。

 そんなことを内心で思いながら、治療をかけ続けていると。

 ミゼルは、声を絞り出して、言った。


「……。命を救ってくれて、ありがとう」


 素直にそう言われると、多少気恥ずかしかった。

 まあ、ここまでしてもらって礼も言えないようなやつは、主人公なんてやっていけないだろう。


「礼はいいから、もっと強くなりなよ」

「うん。ありがとう」

「また言った」

「あ、えっと、ごめん……」


 動けるようになったら、またどこかを目指して歩き始める。

 僕はミゼルに、自分に流れる魔力を意識してみるように助言した。これでこいつは変わってくるかもしれない。せいぜい原作みたいに、僕をどんな魔物からも守れるくらいにはなってくれよ。

 ……このときから、たぶん。

 僕たちは一応、“パーティー”になった。

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