パーティー追放女に憑依

もぬ

 宿屋の一室で談笑していると、一人でとろとろ荷物整理をしているあいつの姿が視界に入ってしまった。

 あーあ、不愉快ったらないわ。


「ねーミゼル。はやくあたしのお茶くらい入れて来なさいよ」

「……え? う、うん。わかった」


 要領悪くまだ終わっていない作業を中断し、食堂に向かおうとする雑魚くん。

 あたしのすぐそばを横切ろうとしたので、足をかけてやる。

 盛大に転び、無様に這いつくばる姿は滑稽で、見下ろしていると胸がすく気持ちがした。


「あはは! ごめーん。でも、あたしの半径3メルトに入っちゃだめでしょ?」

「………」

「あ? なぁに、その目つき」

「おいおい、やめてやれよアスリカ。ミゼルだって雑用で忙しいんだから」

「んー、カイトがそう言うなら」


 カイトの声が耳に入ってくると、役立たずの変なゴミのことは頭から消えた。

 今日の冒険で、あたしたちは最高の活躍ができた。報酬もまとまったものが手に入ったし、名前も売れていくはず。結成以来の大祝勝会だ。

 聖女候補のヒーラー、ソフィア。リーダーでAランクの剣士で、あたしの恋人のカイト。大魔法使いとして才能が開花したこのあたし、アスリカ・フェリアーナ。現時点でも、拠点にしている王都では最高の冒険者パーティーだ。

 カイトのとなりに腰を下ろして、身体を寄せる。彼はあたしの気持ちを察して、頭を撫でてくれた。ソフィアはやれやれといった様子で見ているけれど、別にいいじゃない。

 これからは、もっと輝かしい未来がやってくるんだ。王城から貴人の護衛依頼の話なんてのも来ているし、Sランクの未踏迷宮への調査も許可される。

 冒険者になったときに夢見た、輝かしい成功譚。すてきな恋人、不自由のない生活。ぜんぶぜんぶ、これから現実になるんだ。


 あとは――いらないものを処分して、きれいになるだけ。



「ミゼル。今日でこのパーティーを抜けてもらえるよな?」


 あたしからしてみれば当然の通告。それを受けた役立たずは、ずいぶんと打ちひしがれたような顔をしていた。

 そんなに意外なことかな? でも、なんだか気持ちいいな。だってあたし、ミゼルのダメっぷりにはイライラしてたんだから。魔力が全然なくて弱いし、荷物持ちと準備くらいしかろくにできない。やっとこの汚点を正しく追放できるんだから、せいせいするってものね。良い顔だわ。

 これからあたしたちは、王都の冒険者の看板になるんだから、サポーターならもっとふさわしいプロを雇うの。


「何か意見でも?」


 ソフィアは優しいから、わざわざ相手の言葉を聞こうとする。悪い癖だと思うな。

 ほら、聞きたくもない声が聞こえてきたじゃない。


「僕は……その。たしかに、役立たずだと思うけど。みんなが最初に誘ってくれたから、一生懸命、できることを……」

「ああ、助かったよ。君は雑用が得意だ、これからなんだってできるだろ?」

「……強い魔物の囮にだってなった。皆の装備も手入れした。入手品の売買もちゃんと……」

「ベストな采配だと思うがな」

「げ、手入れなんかしてたの? きもーい、勘弁してよ」


 これまで溜め込んでいた正直な気持ちを、最後なので素直に言ってあげるようにする。

 やがてミゼルは、ぐっと目を閉じたあと。


「……いままでありがとう。さようなら」


 踵を返し、部屋を出て行こうとした。


「あ、ちょっと待った」


 カイトが声をかける。振り返ったミゼルの目には、卑しい期待が残っているように見えた。


「その腕輪――魔物の注意を引きつけるマジックアイテム、置いてってくれよ。高く売れるんだ」


 ミゼルは腕輪をテーブルに置き、今度こそ宿を出ていった。

 ……風が胸を通り抜けるような気持ちだ。きれいに片が付いた。もうあいつの名前も忘れてきた。

 ソフィアと、カイトと顔を合わせる。これからも一緒に戦う、真の仲間たちだ。

 あたしたちは、結束を新たにした。


 テーブルを囲み、笑顔を、杯を打ち付けあう。ここからが本当のスタートなんだ。光る未来のために――。

 やがて酒が回ってきて、熱くなった体で、カイトの腕を抱く。

 ソフィアは一時席を外している。我慢できず、耳元で想いをあふれさせた。


「ね、カイト」

「ん?」

「……すき」

「俺もさ」


 嬉しくて思わず、腕を抱く力を、もっと強くした。


「夜、部屋に行っていいでしょ?」

「え? う、うーん」

「いいでしょ? ね、ね?」

「あ、ああ」


 幸せだ。

 人生で一番幸せで――、


「――あぇっ?」


 強烈な悪寒と頭痛がして。さっきまでのことが全部、思い出せなくなった。


「あ、が……っ!? あ、頭、が……」

「アスリカ? アスリカっ!! しっかりしろ!」


 頭をおさえる以外に何も出来ず、空気をたくさん吸おうとしてあえぎ、床にうずくまる。

 いたい、いたい、いたい。

 こわい。

 あたまのなかが、胸の奥の大事な何かが、誰かに犯されている。しらないものが、あたしのなかに入ってこようとしている。

 いやだ。

 冒険者だからわかった。わかっちゃった。

 手足から感覚が消えて、意識が朦朧としていく。これは。

 これは、自分が死ぬときの感覚だ。


「い……や……たすけ……はいって、こないで……」


 消える、消える、消える! 自分が消えていく。なんで? なにもわるいことなんてしてないのに。

 どうして? かみさま。


「あ、あたし……あた、あた、あっ、あっ、あっ」


 脳みそがぐちゃぐちゃに掻きまわされて、新しいものを詰め込まれていく。

 そうだ、新しいものが頭に焼き付いていく。だからあたしは消えるんだ。涙と鼻水になって、古いあたしが出ていくんだ。


「お、お、ご……あた、しは……ぼくは――」


 あたしはこれから――“僕”になるんだ。



「……。ん、あれ……」


 頭痛に耐えながら目を覚ます。身体を起こすと、窓から入る月明かりで、自分が宿屋の一室にいることに気が付いた。

 慣れた手つきで、ランプに魔力の灯りを入れる。王都でもそこそこの宿だ。あたしにはこれくらいの部屋じゃないと相応しくない。

 僕にとっては、空調もないし、電灯もないし、テレビも冷蔵庫もないし、そう大した宿であるとは思えなかった。


「?」


 何か違和感がある。

 立ち上がろうとベッドの縁へ移動すると、上半身のバランスがおかしかった。

 いや、おかしくない。

 いや、おかしい。


「!? なん、これ……」


 自分の身体を見下ろすと、服の胸元が大きく膨らんでいた。まるで女性のようだ。

 立ち上がり、こけそうになりながら、胸を揉みつつ鏡の前に移動した。

 そうして、その姿を見た途端、脳みそを二つの記憶が走った。


こいつあたしは……」


 さっきまで読んでた漫画に出てきた、最低のやられ役キャラクター。

 / 大魔法使いの卵、才能と器量を生まれ持った、最高の自分。

 アスリカという魔法使いの少女が、鏡には映っていた。


 鏡を覗き、そこそこ大きさがある柔らかいそれらを揉みつつ、現状について想像してみる。

 このアスリカという女は、僕がさっきまで流し読みしていた小説原作コミックの登場キャラのひとりだ。

 タイトルは……正直、ちゃんとは覚えてない。やたら長いからだ。でも絵は良かった。女の子キャラは可愛く、男もそつなく描けてる。

 話の内容は……まあ、なんだ。

 「所属していた冒険者パーティーのメンバーから長いこと嫌がらせに遭い、ついに追放されてしまった主人公が、ひとりになったことをきっかけに真の力を目覚めさせ、成功の道を駆けあがっていく。しかしその一方、主人公を追放したパーティーは……」

 という感じだ。よくあるスカッとする感じの成功譚。友人はつまらんと言っていたが、僕は結構好きで読んでいる。とくにこのコミックは作画が大当たりだったから。

 そして。

 今自分のいる、日本のどこにでもある賃貸アパートメントの学生部屋とはかけ離れた、レトロというかオールドな宿屋の一室。さっき手癖でつけた魔力の灯り。頭の中にある、自分ではない誰かの記憶。

 鏡の中の美少女。

 ……推測するに。僕の好きなジャンルのコミックやノベルによくある展開……現実の世界から、ファンタジーのキャラクターに転生してしまった、乗り移ってしまった。そういうことが起きているのだと思う。


「っ……」


 鏡の中の少女が息を呑んだ。

 どうしよう。

 もう戻れないのか? 家族には、友人には会えないのか? これまでの人生はどうなるんだ。これからどうすればいい?


「……は。ハハハ……」


 いけない。悲劇にひたる前に、笑いが漏れた。

 正直、わくわくせざるを得ない。これまでの人生より、こんな非現実的な世界の方が楽しいに決まってるさ。多少なりともそう思ってなきゃ、あんなジャンルは読まない。夢である可能性が非常に大きいが、目覚めるまでは精いっぱい楽しみたい。

 ただ、性別が変わってしまったことと……

 よりによって、“これから死ぬやつ”になってしまったことが大きなマイナスだが……。


 アスリカ・フェリアーナ。

 生まれは良いところの家柄だったらしいが、魔法の才能と英雄譚へのあこがれから出奔し、冒険者へと身をやつす。出会いに恵まれ、心を許せる仲間とともに成功を積み重ね、いよいよ冒険者として得られる最大級の栄誉が見える位置へと到達した。英雄譚に名を刻んだら、カイトと結ばれて、幸せな家庭を築くんだ――。

 とまあ、そんなやつだったらしい。僕としては、この女の名前も覚えていなかった。今のはアスリカの、夢いっぱいの脳みそから流れ込んできた情報だ。

 ここからは、僕の読んだ漫画の記憶。

 主人公ミゼルの貢献度に気付かず彼を追放したパーティーは、これまでとはうって変わって立て続けに仕事に失敗してしまう。だんだんと落ちぶれていき、一発逆転にと挑んだ困難な依頼では、知能を持った魔物に敗北し、アスリカは巣に連れ去られ、凄絶な蹂躙を受けながら死亡する。

 普通にかわいそう。

 とはいえ、相当性格が悪かったようだから、因果応報だという描き方になっている。


 さて。

 彼女の悲惨な晩年は、読む分には作画の綺麗さもあって特殊なシチュエーションだなあと思ったものだが、これが自分の未来の話となればとんでもない。

 断固回避すべきだ。

 このまま今の仲間とパーティーを組んでいれば、いずれその末路に行きつくだろう。さてどう身を振るべきかな……。


「それにしても……」


 わざと鏡に向かって声を出したが、この声がまたかわいい。アニメ化したらこんな声だったのかも。

 作画が良かったせいか、顔もいい。

 つまりかわいい。

 家柄よし、才能よし、外見よし。性格以外の全部を持っていたわけだ。魔物の楽しいおもちゃにされるには勿体ない人生だ。僕のおもちゃになった方が良い。きっと大事にする。

 記憶をたどったところ、さっきの酒宴では人生で最高級の喜びを感じていたらしい。すごいな。人ひとり罵倒して足蹴にして、路頭に迷わせといて、心から気持ちよく生きられるものかね。ちょっと理解できない人間性だ。まあ原作者の頭から生まれた物語のキャラクターなのだから、この世界にはどんな人間だっているのだろう。怖いね。

 まあ、しかし。そんな人生の絶頂を味わうなかで、僕なんかに人生を奪われるのだから、ともすればのちの死に方より悲惨な末路だったかもしれない。流石に哀れに思うが……

 特に罪悪感はない。こっちだって突然の出来事で、夢かもしれないし神様の悪戯かもしれないんだ。この子には悪いことをしたなとは少し思いつつ、なんとかして身体を返したい! みたいな思いは1ミリだってない。

 むしろ、謝ってほしいね。この世界は僕のいた日本より生活が不便だろう。そんな人生を押し付けることを謝罪してくれよ。


「ご、ごめんなさい……えへへ……あたしが、全部悪いです……すみませんでした……」


 よし。

 鏡に向かって卑屈に笑うと、なんかぞくぞくした。やっぱり見た目はかわいいな。カメラで録画できたのなら、全裸土下座でもしてみたかったところだ。

 やっぱりこの身体は僕が使うよ。どうせ君は無残に死ぬんだ、僕にこれからの未来を譲ってくれたっていいだろ?


「は、はい! 私、アスリカ・フェリアーナは、あなたの手足です。血肉はあなたの血肉です。魔力はあなたの魔力、脳はあなたの脳みそですっ。好きに使って下さい!」


 キャラクターとかけ離れた満面の笑みをつくって、恐ろしいセリフを言う。言い切ったとき、顔は火照って赤らんでいた。自分がこんなことで興奮するとは知らなかった。とんでもない性癖に目覚めそうだ。

 ああ、可愛い。やられ役の無能としか認識していなかったが、好きになってしまったかもしれない。これが死ぬなんてもったいない。

 だって、顔も声も、本当はヒロインとしてやっていけるポテンシャルがある。こんな性悪女より、僕の方がこのスペックを活かせるだろう。

 とうにパーティーリーダーの男に手を出されているのも頷ける。娯楽のなさそうな世界だ、自分を求める男とのあれやこれは、さぞ気持ちよく心を満たしたのだろう。

 まあ。

 今日からのアスリカは、もうあれと関わることはない。

 方針は大体決まった。


 今夜部屋に行く――そんな約束をしていたようだが、今の僕あたしには関係ないことだ。

 真の仲間たちとやらも心配しているだろうが、大丈夫。今のアスリカは、靄が晴れたようなとてもすっきりした気分でいる。

 明日が待ち遠しく、再びベッドにもぐりこむ。目を閉じて、ブランケットの中の自分の肢体を撫でて、かたちを想像しながら、眠りの到来を待った。



「ごめーん、あたしもパーティー抜けるね」

「え?」


 本来のアスリカならば口にするはずのない言葉を耳にし、二人の元お仲間は目を丸くした。


「じゃ、そういうことで」

「な……ま、待ってくれよ!」


 カイトというやつが、大きい手でこちらの腕をつかんできた。

 ふーむ。アスリカであればこういう触れあいは嬉しいのだろうが、僕としては不快だな。自分よりガタイの良いやつに近寄られて良い気持ちはしない。


「なんでだ!? 名が上がってきて、これからが勝負なのに、お前が抜けたら……! それにアスリカ、俺達いままであんなに……」


 恋人としてベッドの上でいちゃいちゃしただろ、とでも言いたいのかな。

 僕は腕を振り払う。アスリカの表情は今、とても恋人に向けるものではなくなっているだろう。まあ気にしないでほしい、女心は昨日と今日で180度変わるものだ。

 それにこの男、恋愛感情に訴えているようだが……


「ソフィアにも手ぇ出してるでしょ? 聖女とか言うけど無駄に乳デカいもんな。ちょうどいいじゃない、ふたりくっつけば?」

「な……!」

「どうしてそれを……」


 おいおい、あっさり認めるか。アスリカの記憶を覗いて、本人が見て見ぬふりをしていたそれっぽい場面から、適当に関係を想像してみただけなんだが。

 まちょうどいい。3人パーティーでこんなことが発覚したなら、抜ける口実としては十分だ。本来のアスリカも、抜けるまではいかなくとも、大きなショックは受けるだろうさ。随分ふたりを信頼していたようだからな。

 僕としては、彼らの顔なんか今日で忘れていいと思っているが。


「じゃ、カイト。あんたとは別れるわ、じゃーね。ソフィアもお元気で」


 今度は腕を掴まれなかったので、いい気分で宿の出口に向かう。

 扉に手をかけたとき――、


「お、おいっ!」


 振り返った顔は、たぶん、おそろしく冷たい表情をしていたんじゃないかなと思う。


「なに?」

「……指輪、置いていけよ。レアなマジックアイテムなんだ」


 おお、ぶれないなこいつは。主人公のミゼルを追放したときと同じやりとりだ。

 左手にした指輪のひとつを眺める。細い指に、精緻な文字細工の刻まれたリングがはめられている。魔力の流れを加速するパワーアップアイテム。

 ……ああ、どうもこれ、彼からアスリカに、とてもいい雰囲気で贈ったものらしい。将来を誓う婚約指輪代わりのような。

 そりゃあ返してほしかろうな。ん~。


「ほら。か、返せよ。でも、もし、返せないって言ってくれるなら――」

「うるさいな。ほらよ」


 薬指からそれを外し、投げてよこした。

 カイト青年は茫然としている。ちょっと態度が悪かったかな。少し意識すれば僕の身体であるアスリカの言動など容易に再現できるようだが、思わず素が出ることもあるみたいだ。気をつけよう。


「ふたりとも。Sランクの仕事とかやめて、今後は手堅く働いた方がいいよ。……じゃ」


 最後に、まあ、元仲間のおふたりに、悲惨な死を遂げない道を示す。アスリカが抜けたのだから、すぐに無茶はしないだろう。それなりの仕事をしていく中で、ミゼルがいなくなった影響に気がつけば長生きできるかもしれない。

 これで後腐れはない。荷物を持って、新しい気持ちで宿屋を後にした。


 ▼


 王都の門に数日張り付いて、ようやく。

 探していたやつが通過しようとしているのを、捕まえることができた。


「あ、見~つけた」

「……!? 君は……」


 馬なんかを借りる金もないのか、大荷物を一人で背負って、下を向きながら歩いていたそいつ。

 バカだな、商隊の護衛役でも買って馬車に乗せてもらえばいいんだ。いや、それほどの実力が自分にないと思っているのか。

 ま、歩き旅もいいだろう。

 僕は咳払いして、なるべく甘ったるい声を意識して出した。


「……あたしもパーティー抜けたんだ。ね、ミゼル」


 笑顔をつくり、上目遣いで媚びながらその少年に話しかける。本来のアスリカなら自尊心が悲鳴を上げる行動だろうが、まあ、この身体はもう僕の道具だ。好きに使う。


「一緒に連れてって? ね、いいでしょ」


 命の危機を回避しつつ、ほどほどに成功し、ほどほどにスリルを楽しむのなら、主人公ミゼルに取り入るのが一番いいと思った。

 浅はかな発想かもしれないが。せっかく読んでた漫画の世界に入り込んだのに、主人公の近くに自分がいないんじゃつまらない。

 僕は困惑するミゼルの腕を取り、しがみついた。やわらかい胸を押し当てるのを忘れない。


「あのさ……」


 耳元に顔を寄せ、ささやく。

 どんなセリフを、嘘を言おうか考えるうちに、体が熱くなってくる。僕の興奮に、このアスリカの身体はしっかり反応してしまうようだ。


「あたし……本当は、ミゼルのこと、すきなの。ね、胸がドキドキしてるでしょ……」


 実際、動悸がいつもより激しい。自分が美少女の身体を操って、年端もいかない少年を誘惑するような真似をしていることが、どうにも倒錯的な夢のように思えた。そういうのに目覚めてしまったかもしれない。

 そうして、鼓動は速度を増していき――、


「きゃっ!」


 自分の喉から、思ったより女子っぽい声が出て、おや、と思った。

 突き飛ばされてしまったらしい。ミゼルは、怒りをあらわにした表情でこちらを睨んでいる。


「……半径3メルトに入っちゃ、駄目なんだろ。またそうやって、僕を貶める気なんだろう」

「んー。そんなことしないよ、もう」

「近づくなよ! 僕は君が一番嫌いなんだ。せっかく気持ちを切り替えて、なんとか受け入れてたのに……!」


 ……ふうん。

 思春期の男なんてエロく言い寄ればそれで終わりだと思っていたが(僕ならこのレベルの美少女に言い寄られたらデレデレする自信がある)、さすがにそうはいかないようだ。今までの積み重ねがあるからなあ。

 ミゼルは踵を返し、王都の正門を抜けるべく、ひとりで歩き出してしまった。

 しかし、これくらいのことで僕が諦めることはない。

 そのうち攻略しきってやるさ。これはゲームだ。最初の目標は、あいつに取り入ること。僕はアスリカという少女の人生を、そう決定した。


 門を抜け、街道を、少し距離をあけてついていく。たまに振り返るミゼルの顔からは、困惑と苛立ちの色が見える。

 思わず笑いそうになったので、こらえることはせず、きれいな笑顔を作って手を振ってやった。

 あたしに何も裏なんてないよ? 楽しい冒険にしようじゃない。

 ね、主人公くん。

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