五 再起


――5日後――



 鏡の前で前髪を整えようとした奥山情まこは、ふと動きを止める。

 艶めいた黒髪にしょう色の瞳……。涼しい面立ちの若人がそこにいた。

 普通と違うのは、左腕から背中にかけて、墨絵で一気に描き上げられたような一匹龍王の刺青。それと、体の節々の鱗のようなもの。それが、雪の結晶が染み込んだみたいな白い肌に浮き上がる。



 もう曰く、あの時奥山を喰った龍はその後すぐに憑依したつめによって逆に”喰われた”のではないか、これはその後遺症みたいなものではないかと云うことだ。こういうものは代償印、と呼ばれているらしい。

 話の途中で天羽は自身の孔雀の刺青を見せてくれた。背中から両腕にかけての大きなそれは、羽の丸い模様が目みたいにキロ、と動く。驚く奥山に天羽先生は「これは”契約印”。詳しくいうと難しくなっちゃうけど、まあ、360度のカメラが付いているみたいな感じ」と言った。


 それにしても、まさか今生でこんなに派手な刺青が入るとは。僕もヤクザみたいな見た目になっちゃったなぁと奥山は大きな龍の目をつん、と突く。孔雀みたいに動いたりはしなかった。



 天羽が買ってくれた黒一色のスーツ、オーダーメイドのそれはぴったりとフィットして動きやすい。

 腰にはうちがたなに打ち直した無門天文字。こしらえもボロボロだった朱塗りのものから新たに作り直し、「”奥山”ってあれだよね、紅葉に鹿だよね。そういう和歌あるじゃん」と言う天羽の勧めで、黒漆に紅葉鹿蒔絵の雅な風貌に変えた。

 鯉口を切って刀身を確認する。見事に打ち直され、刃もきれいに研がれ、細部まで丁寧に手入れした刀は生き生きとした鋭い光を放っている。サァ何を斬りましょうご主人!と言いたげな雰囲気だ。とりあえず鞘の中で眠ってもらうことにする。


 最後に、背中に小さく満月が刺繍されている絽の黒羽織をまとって、額の傷を撫でた……。

 縦に走った刃傷のようなその奥に目があると知ったのは、鍛錬の最中、に言われてからだ。えっ、と咄嗟に触った時には傷口しかなくて、それから何をやろうとも開くことはなかった。

 難しい顔をした天羽が「無爪のカメラじゃないといいね」と言ったので、しばらくはガーゼをして隠していた。そういえば視界が二重に見えたことがあるが、その時に開いていたのだろうか。

 

 コンコン、とノックがした。


「奥山くーん。そろそろ行くよー」

「あっ、うん! 今行く!」


 夏世だ。慌てて前髪を整えて傷を隠し、部屋を出る。


「先生、急に出張だってさ」


 そう言う夏世もまた、ミニスカートの可愛らしいオーダースーツにニーハイブーツを身につけて、羽織を羽織っている。廊下を並んで歩きながら話す。


「そうなの? じゃあ、僕と夏世ちゃんだけで行くってこと?」

「ううん。奥山くんには言ってなかったけど、天羽班にはあと3人いるの」

「えっ」

「あたしたちと同じ新人さんだよ。みんな別の獄に入ってたんだけど、一昨日戻ってきたの」


 ふぅん、と頷く。


「玄関で待ち合わせしてるから、急ごう」

「わかった」


 歩みを早める。







「テメェが初日に一人で獄を片したって野郎かッ!!」


 玄関口で、ざっくばらんとした短い髪にスーツを着崩した青年が吠える。


「しかもその腰のやつ、天文字だそうじゃねぇか!! 腹立つぅぅぅ!!」

「えっ…と……」

「奥山くん、こいつはがりきょうすけ。基本的に無視してればいいから」

「え。あ、うん……」

「おい! テメェ! 今のうちに俺にその天文字よこしやがれ!」

「えっ」

「でね、奥の長い髪の子がさくらで、隣の小さいのがやまのぎ

ねえ、小さいはやめて」

「事実じゃん」


 俠介の後ろに立っていた少年少女がよろしく、と頭を下げる。慌てて奥山も頭を下げた。

 背後に白波が立ちそうなほど堂々とした風格の俠介が大声で言う。


「いいか! テメェら! たつ寿ひさがいねぇ今、俺が年長者だ! 俺に従え!」

「何が年長者よ。同い年じゃない」

「ウルセェ! 俺がお前より数ヶ月先に産まれてんだ、俺が一番上だ!」

「はいはい」

「車に乗りやがれ、クソども!」


 そう吠えると、ヨタヨタとおじいちゃんみたいに車に乗った。


「えぇ…?」

「俠ちゃんはね、車が苦手なのよ。乗ったら絶対に吐くわ」

「えぇ……」


 遊衣子が困ったように眉を下げてニコ、と笑みながら言い、俠介の後を追って車に乗り込んだ。


「前途多難だ……」

「あたしもまだ俠介たちと入獄したことないから、不安は同じだよ、奥山くん」


 大丈夫、一緒にいてあげると笑顔で言われ、へら、と笑った。まったく、天羽にも夏世にも助けられてばかりだ。

 車に乗ると、一番後方でシートベルトをギュッと握りしめて震える俠介に、芒都が


きょうにい、手がめっちゃ震えてるよ。ビビり過ぎじゃない?」

「黙れ! 俺がビビるわけねぇだろ! これは武者震いだ!」

「無理あるよ……」


 そんな会話を聞きながら夏世の隣に座る。助手席の職員と話をしていた遊衣子が

「天羽先生がサンドイッチ作ってきてくれたそうよ」と言ってお弁当を配り始めた。

「わぁい! 先生のごは〜ん!」


 末っ子の芒都が歓喜して真っ先に蓋を開ける。


「俺に先によこさねぇか!」

「あんたはやめときなさいよ、絶対戻すわよ」

「ウルセェ! こちとら腹減ってんだよ!」


 男の子にはスクランブルエッグとアボカドが入ったボリュームたっぷりのBLT、女の子には合鴨ロースのお洒落なサンドイッチのようだ。みんな揃ってパクッと口にし、ほわぁと花を飛ばす。


 あいあいとした天羽班を乗せた車は高速に向かう。

 ナビが差す目的地は、群馬県高崎市。



 ――”だる寺”。








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