四 宿命

「あ。起きた〜。……先生ー! 奥山くん、起きましたー!」


 若い女の人の声がする。

 薄々と目を覚ます。天井の細長いLED電球があたりを真っ白に照らしている。


(ここは……?)


 起き上がろうとすると全身に鋭い痛みが走った。


「いっつ……!!」

「あっ、ダメだよ、まだ寝てないと!」

「! すみません……」


 奥山は病院の個室のベッドで寝ていた。黒髪に一房だけ白のメッシュが入った女の人は、ニコ、とかわゆく笑って椅子に座り、携帯を弄り出した。

 ――あの後、どうなったのだったか。屋敷が崩れて…その後は?

 首に手を当てる。ステンレスの首輪がされてあった。


(鬼はどうなったんだろう?そうだ、あもさんは? あっ、あの子が落としたネックレスも……)

「ぁ、あのぅ……」

「ん〜? なぁにぃ?」

「すいません、鬼は……どうなったんでしょうか?」

「えっ。あんたが倒したんじゃないの?」

「そうなんですか?」

「え? 違うの?」

「?」

「「??」」

「――お疲れやまー!」


 二人して首を傾げていると、あもが顔を見せた。ブラックスーツにブラックロザリオ、ブラックフレームのサングラス。いつも通り真っ黒だ。


「俺っちが二人のういじん祝いにケーキを作ってきたのだー!」

「あっ、天羽さん!?」

「わぁああ! 先生の手作りケーキ! あたし大好き〜!」


 ぴょんぴょんと跳ねてテーブルの上の雑誌を片付ける。


(無事だったんだ……良かった……うん? 今、作ってきたって言った?)

「今日はなにー!?」

「桃のレアチーズタルト〜」

「やっばぁ!?」


 桃が丸々一つ使われたまるっこいケーキが艶めいて歓声があがる。


「すっご……」


 奥山も思わず呟く。十代の少女みたいな可愛らしい見た目のケーキと、映画で見るインテリヤクザみたいな見た目の天羽を交互に見てしまう。え、ほんとに?この人が作ったの?


「先生、いっただっきまーす!」

「うんうん。たくさんお食べ」


 ほら、奥山くんも。と、使い捨てのフォークを渡される。

 二人は偶然一緒にパクリと口に運ぶ。

 ピシリ。


「「うっま」」

「良かった、良かった!」


 真顔でケーキを見つめ、二度三度と口にする若い二人を天羽はニコニコと眺める。


「そういえば奥山くん、この子のこと知らないでしょ? たかちょうちゃんっていってね、君の同期だよ。仲良くしてね」

「よほひふー」

「あっ、はい。奥山です。よろしくお願いします……」

「同い年だしタメでいいよ〜」


 そう言うと夏世は二個目のケーキに突入する。天羽の作るケーキは甘さが控えめで気を抜くと何個でも食べてしまうのだ。気に入った様子の夏世をやさしい眼差しで見る天羽は自分を含めて彼らが”自由に外に出られない”分、何でも作ってあげようと思うのだ。


「あのぅ……」

「「うん?」」

「えっと……今お聞きするのはちょっと違うかもなんですけど……」

「なぁに?」


 天羽が聞く。


「その……あの鬼は、どうなったんでしょうか…?」

「死んだよ」


 鬼の最期の姿を思い出して目を伏せる。


「いやぁ〜、奥山くん将来有望だよね〜。まさか一人で倒しちゃうとは思わなかったな」

「えっ」

「でも先生、なんか、奥山くん覚えてないっぽいよ」

「え、そうなの?」


 コクリ、頷く。覚えている限りのことを話す。


「――それで、目を覚ましたらここにいました」

「「……」」


 天羽と夏世は目を合わせて神妙な顔つきで刀を手にとり、座り直す。首を傾げる。


「そっかー。じゃあ早急に手を打つ必要があるね」

「そうだね、先生」

「え。な、なんですか?」

「話を整理するに、鬼を倒したのは君じゃなくて、君に憑依したつめっぽいね。媒体が危機に瀕すると現れることがあるとは聞いたことがある」


 息を呑む。手を見る。


(じゃあ、あの鬼が僕を見て泣いたのは……?)

「逆を言えば、無爪は死にかけなければ現れないってわけだ。どのみち幾ら媒体を壊そうと無爪自身に害はないからね。仲間が無駄に死ぬだけで」

「どうすんの、先生?」

「早急に奥山くんを鍛えないといけないね。これだけ短期間で二度も無爪に憑依されたら”覚えられる”可能性が高くなる。メインの媒体にならないように、三度目は絶対に避けないと。――奥山くん」

「っは、はい!」 

「自爆は無しね。これからは無爪の手を借りずに生き残れるように、頑張って鍛えよう」


 太刀を杖代わりにして、よっこらせと天羽が立ち上がる。


「俺は諸々の申請をしてくるから、高蝶ちゃん、あとよろしく」

「はぁい。いってらっしゃいまし」

「行って参りまするー」


 天羽を見送った夏世が戻ってきて、ケーキを食べながら話しだす。


「えっとね、”協力者”はまず最初に身体能力検査をして、次に刀の扱い方を学ぶの」

「刀?」

「そう。これ」


 夏世が刀身を見せる。晴れた地平線を思わせる直刃の脇差だった。


「あたしはまだ新人さんだから”天文字”は使わせてもらえないけどね。斬るには一緒でしょ」

「天文字?」

「うん」


 鞘に納めて立てかける。


「この世に六本しかない貴重な刀だよ。なかごに天の一文字が刻まれてるから、天文字。これで核を斬ると鬼が二度と復活できないんだってさ、なんでかはわかってないんだけど。――ほら、先生の持ってる太刀見たことない?あれ、天文字だよ」

「あ!」


 獄の中で見た、真夏の空のような太刀を思い出す。


「見たことある、かな」

「でね、天文字を使えるひとっていうのは、うちらの中で一等強いひとたちなんだよ」

「天羽さんは、すごいひとってことだね?」

「そうそう! 先生はすごいんだよ!」


 ニコニコと話す。


「基本的にうちらは天文字を持つひとをリーダーとして3、4人で班を組んで入獄するの。ちなみにあたしと奥山くんは天羽班ね」

「そうなんだ……」

「先生は協力者だけど刑事さんでもある唯一の人だから、うちらみたいな新人をよく預かって鍛えてくれるの」


 ケーキをつついて俯く。


「……先生もあたしたちも”死刑囚”だから、獄以外の外出は許されていないの。携帯なんか持っちゃダメだし、配給されるご飯もしけてるし」


 フォークを置いて話を聞く。


「でもね、先生はすごいんだよ。忙しい中でもうちらのご飯は欠かさず作ってくれるし、ご褒美にケーキだって作ってくれるし、あたしが一人の時に寂しくないように携帯も買ってくれたの」

「……ありがたいね」

「うん」


 桃をパクリと口にする。


「先生がいなかったら、あたし、毎日泣いて暮らしてると思う」


 奥山くんも家族に会いたいでしょ?と、暗く呟かれて頷く。


「僕は……家族はみんな死んじゃったんだけど、幼馴染がいるよ。ノリは軽いけどしっかりしてて、何かある度に相談してたな。――会いたいなぁ」


 うちの笑顔が思い浮かぶ。しっかりはしてるけど片付けはできない奴だから、汚部屋にならないかが心配だ。


「……3年」

「うん?」

「3年生き残ったら、家の前まで行ってくれるって、先生と約束したの」


 オレンヂ色の大きな瞳が真っ直ぐ奥山を見る。


「奥山くんも、頑張って生き残ったら、幼馴染さんに一目会えるかもしれないよ」

「!」


 目を丸くする。もう二度と会えないと思っていたから。


「そっ、か……。うん、そうだね。頑張ってみるよ」

「あたしはね、先生みたいに刑事さんなるのが夢なの。そうしたら……もし、先生が死んじゃっても次の子たちを守れるもの」

「……かっこいいね」


 ニコ、と笑い合う。


「奥山くんも何か目標持ったほうがいいよ。その方が、どんなに死にかけても”絶対生き残ってやる!”って思えるもの」

「目標かぁ。そうだなぁ……」


 考える内に、鬼の少年の最期を思い出す。



『父上を殺して私も腹を切らねばならぬのに』

『嗚呼、悔しい。悔しい』

『気を付けろ。父上は……鬼神・無爪は、まだ生きている!』



 ……あの少年に何があったのかはわからない。わからないが……。

 ふと、彼が身につけていたロザリオのネックレスの行方が気になった。


「あの、さ」

「なに?」

「この前の鬼の遺品ってどうなったのかな」

「遺品?……ああ! 現場に落ちてたものは粗方発掘されて、今、”じゅぶつ”になるかどうかのチェックをされてると思うよ」

「呪物?」

「そう。鬼が媒体にする”物”になりそうなものは呪物って言って、厳重に隔離されるの」


 鬼は媒体がある限り生まれ変われるからね、と付け加えて「そうだ!」と立ち上がる。


「なんなら見に行く? たぶんこの施設内でやってるだろうし、先生から許可貰えれば行けると思うよ。連絡してみようか?」

「あっ、じゃ、じゃあ、お願いしようかな」


 頷いた夏世が電話をかける。



 なぜか締め切っているカーテンの黒を見つめながら考える。

 あの少年が――鬼を父と呼び、必ずその父を殺さねばならないという思いで鬼になったのは確かだ。

 虚しい感じが少ししたから、正体は”無念”ではないかと思っていたが、実は”執念”なのかもしれないと、今振り返って思う。


 結局、”核”はどれだったんだろう。







 夏世に車椅子を押されて辿り着いたのは第4会議室。ここは東京拘置所の地下にある特別施設らしい。さっきの部屋は奥山の自室になる場所だそうだ。

 灰色の扉の前に[青天国家対処係]と張り紙がされている。なんて読むんだろう、と首を傾げていると、夏世がコンコンとノックする。


「失礼しまーす!天羽班の高蝶と奥山ですー」


 返事も聞かずにドアを開ける。



 中では、天羽と同じような格好をした男女が、ロの字型をしたテーブルの上の品々を点検していた。


「天羽から連絡は来ている。好きに見なさい」


 その内の一人が顔も上げずに「触らないように」と厳しく言い含めるのを、夏世は子供っぽく、はぁいと返事をして車椅子を動かす。

 入り口に近いところから順番に回っていく。瓦や襖の断片、傷の入った木材やすすけた本などが並んでいる。大人の背中で隠れたところは覗き込みながら、ゆっくりと見て回る。その途中、何人かが集まって難しい顔をして話し込んでいる場所があった。夏世がぴょいっぴょいっと跳ねてどうにか見ようとする。大人たちは夏世を見て少し避けてくれた。


「あっ!」


 思わず声を出す。あの、ロザリオのネックレスだった。何の変哲もない銀色に、奥山は妙に惹かれていた。


「あ、あの、このネックレス……どう、なるんですか?」

「呪物として蔵行きだが。どうしたんだね?」

「そう……なんですか」


 意を決して聞いてみる。


「僕が、預かったりしちゃ……ダメ、ですよね?」


 聞いてて恥ずかしくなってきた。だって返事が目に見えてる。


「これはダメだが……あれならいいぞ?」

「へっ?」

「ちょうど次の持ち主を探していたところだ」


 指差された方を見ると、そこにあったのはあのひたつらの太刀だった。


「えっ!? いいんですか!?」

「ああ。これはもう折れているからな。媒体としては機能しない」


 車椅子を押してもらって見に行く。

 白いタオルの上に刀身と、折れた切っ先が並べられていた。

 ――もしや。


「こ、これって……”核”だったやつだったり、しますか?」

「そうだな」


 男は寡黙に頷く。


「貰っちゃっていいんですか!?」

「奥山くん、あのね、鬼は一度核にした物を二度は使えないみたいなの。それに、折れてるし」

「あ、へぇ……そうなんだ……」

「それに。呪物として封印するのにはもったいないしな」


 男はなかごを指差す。


「「天文字!」」

「恐らく本物だ」


 夏世が興奮げに身を乗り出す。


「えっ。えっ。すごい! ええーっ。奥山くん、いいなぁ!」

「主が見つかるまで天羽が預かる予定だったが、班員なら構わんだろう。刀の一つや二つ、そう変わらん」


 そう言う男の腰には二本、刀が差してあった。


「僕、まだ刀は持ってないんですけど……」

「む、そうか」


 男は太刀を見て少し考えると、


「なら、打ち直すか?」

「えっ!」

「刀も眠るより使ってくれる方がいいだろう。例えそれが、人斬りだろうと、鬼斬りだろうとな」


 奥山は太刀をじっと見つめた。

 あの、恐ろしい気配は少し鳴りを潜めていた。

 ――幸次の核だった刀。きっとこれで、父を斬るつもりだったのだろう。


「大分刃こぼれが目立つが、研師に頼めばマシになるだろう。天羽に連絡を入れようか」


 まだ十代を少し過ぎたばかりの少年をあそこまで変えさせた鬼。

 班が組めるほどの協力者の数。体を作り替えられた人の数。日常を失った人の数。

 ――無爪。

 ぎり、と歯を噛み締める。

 この太刀をもらい受けるということは、彼の意思を受け継ぐということではないだろうか。


「お願い、します」


 人工灯に照らされる刀身が、きらり、と光った。

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