第19話

「君を御所たる『月宮つきのみや』へと連れて行って何のメリットがある」

「オウムアムアは一勢力にくみしはしないと佳奈は言いました」

「今ここで発言してもらいたいとこだがね」

「オウムアムアの進退を決めるのは佳奈だけです」

 彼は最初、癖なのか賢明なのか、苛立ちを小さく拳を握ることで抑えていたが、目だけはやはりこちらを向け続けていた。まさに指導者の姿のようで、もともとの高官ぶりを思い起こさせる。


「時すでに遅し、だよ君」

「そんなことはありません!」

「君は知らないことが多すぎる」

「それは………で、でもだからこそ僕は行かなくてはならないと思うんです」

「君は大局観というものを?どうも話を聴いていると、物事を簡潔に構図化しているらしい。しかしだよ、『月宮』は単なる離宮などではない。そしてまた我ら帝政派が科学的調査機関であるのと同様に、上帝陛下もまた、単なる一派閥に属する皇帝位請求者などでもない」

「教えてください、その訳を」


「我々が月に御所を築き、科学機関を呼称し、帝政を復古させ、そしてオウムアムアの動向を調査する。これらは不可分な関係にある。私が近衛寮シビリアン大公ロードとしてではなく学者ドクターとして専門とするのは『王権神授』なのだ。そう、ではない」

「オウムアムア、ですか」

「いいや、違う。君もよく知っているだろう、オウムアムアは使者であると。ではその神は」

 彼はまっすぐ上空を指す。まさか天国という意味ではあるまい。

「月に………」

「そうだとも。天動説を長らく信じてきた我々は、月の誕生に対しても、まず地球ありきで考えてきた。だが正確にはそうではない。衝突時、地球も月も単なる石に過ぎない。だが双方が超越的天文数値に干渉を及ぼし、地球には生命の源が、月にはそれを可能とした錬金術式が示されたのだ。それは諸科学の法則の上位にある理であり、それにあやかることによって、ある者は狼男に、またある者は皇帝に」


「上帝はそこで何を」

「錬金術式の研究と応用法の模索。オウムアムアを用いた秘儀だよ」

 部下貴族が閣下と呼びかけ、何かをささやく。そうだ、この突拍子もなく、絵空事のような話を聞いている最中も、近衛寮政府は爆撃してくるかもしれないという緊迫の中にあるのだ。

「『科学を信奉する』というのはおかしな表現だとは思わないか?そこに法則があるのだ、地球が回っているのだ。そこに信仰心は関与しない。それと同じように、帝政もまた、必然。オウムアムアに君は忠誠の契りでも立てたのか?」

「僕はただ」

「新海佳奈を守りたい、かね?それは結構な騎士道精神だよ。だがしかし、オウムアムアは何をもたらす?ただ文明の破滅を見届けるのみであって、思念体といえどもカルマは止められないのだ」

「それは」

「よかろう、月へ参内するがいい。そうすれば君は新海佳奈という女を守りたいだけで、オウムアムアによる惑星破壊を止めたい訳じゃなくなる。そうだ、君の目的と理念は必ずしも一致していないのだから。それでもなお、王権神授理論は公民・臣民の動向を予測し『新約社会契約論』をもたらすだろう」

「それがあなたにとってのユートピアですか」

「ユートピアなど存在しない。もちろんディストピアもだ。あるのはただ地獄的な現世と、それを幾分かマシにした分、腑抜けた楽園パラダイスだけだ。あるいは」

「閣下、侵入者です!」

 小さなモニターには、近衛寮政府の治安維持部隊の制服を着た者たちが一斉に発砲する様子が表示されていた。


「あるいは何なんですか!?」

「第三ラインを通って、レーザー照射部へ行きたまえ。そこに科学領域である宇宙の扉がある。君はまだ幼い。上帝のおわすところへ連れて行ってくれるだろう。地球は今次対戦で破滅する。さもなくばオウムアムアはここには来ない。いいかよく聞け!君が特別全権大使として、地球の人間を選別するのだ。さもなくば46億年の地球史は無に帰することとなるぞ」

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