第15話

「え………」


 ――古多智和、あなたに思念体としての適格をオウムアムアは認めます――


 彼女は厳かにそう告げると、僕にハグしてきた。

 初めてだ。ハグが、ではない。

 こうも彼女を身近に感じた瞬間がだ。

 比喩じゃないが、彼女の視界の周りには特殊な時間が流れている。ずっと一緒に行動していたのに、今ほどいとおしく思ったことは無い。


「か、佳奈!?」

「使者としての目的は一つ果たされました」

 主としてハグというものは親愛の印だ。だが今回の場合、あえて表現するなら親善といったところか。この瞬間、一賛同者から親善大使みたいな立場に変わったのだ。

「実はもう、残された時間は少ないの」

 そんなはずはない。彼女にとって時空は文明が潰えようとも続くモノ。

 強いて言うならば、この宇宙そのものが理論上、無の状態となり、時間の経過というものが人間文明と動物本能、そして惑星の一生という如何なる形式においても観測できない状態が来ない限り、彼女は地球を食い破っても時を駆け続ける。

「オウムアムアはどうして地球や太陽系の惑星のように、恒星を中心に定住していないと思う?」


 それは考えたことがなかった。

 オウムアムアがどうして地球に向かっているか、それは地球に今居る佳奈の瞳の能力による推進的引力のせいだ。

 ではどうして佳奈は地球にいる?

 さっきのドキッとしたハグの一件で言った『使者としての目的の一つ』とは、思念体としての適合者を見つけることだった。

 ではそもそも、どうしてオウムアムアは、佳奈は、太陽系外からはるばる何千光年もかけて飛来し、原子爆弾による最終防衛ラインも顧みず、こうして歴史的一瞬を共有しているのか。


「オウムアムアとは、文明の大規模変革に対する斥候せっこう

「君はそれを知らせる為に来たってこと?」

「いいえ、オウムアムアが引き寄せられるその第一の目的は、利害を超越した使者・裁定者として『オウムアムアティック・アポカリプス』を完成させ、来たるべき重篤的文明衰退に備えること」

「ちょっと待って、君は何を」

「『オウムアムアティック・アポカリプス』とは文字通り、オウムアムアが編纂する黙示録のこと。文明崩壊・大規模変革を記す情報媒体」

「君はその現地調査員なの?」

「そう、かもしれない」

「佳奈はさっき、『来たるべき』と言ったよね」

「えぇ」

「それはつまり、やがて宇宙は………終わるのかな」

「それについて、具体的に答える叡智はオウムアムアをもってしても無い」

「それじゃあ」

「でも。でも、この広大な宇宙において崩壊せず、繁栄し続けた文明はかつて一度だってない。そう、いわゆるビッグバン以来、一度も」

「だから、宇宙も無くなると?」

「そこは論点ではないの。オウムアムアはその文明への尊厳に重きを置いている。『高度に発達した技術は、魔法と見分けがつかない』と誰かは言ったらしいけど、的を射ているわ。私たちはそのの火種を途絶えさせず、来たるべきときに、しかるべき者に継承する。それが時代を超越し、いかなる恒星にも支配されない機構オウムアムアの義務であり特権」


 凄い話だ。

 彼女が落ち着き払っている訳がようやく全て理解できた気もする。つまり彼女は本能的に知っているのだ、『今はまだ自分が死ぬ重篤的文明衰退ではない』ということに。

「『機械の中の幽霊』という感覚を称賛したのはそのため」

 まさにオウムアムアはにピッタリ該当している。

「佳奈には、アルベルト大公などというものは茶番でしかないんだろうな」

 僕らにとって明日と歴史を大きく左右するクーデターであろうとも。


「あのさ、一つ聞いてもいい?」

「なに」

 まるでさっきまで親しく話していた先生が、有名な専門書の著者であることを知った後のように、僕はどぎまぎしつつ、彼女に尋ねた。

「神様はいる、のかな?」

「ふふ、智和は面白いね」

「で、でも、僕と同じ立場になったら誰でも聞くと思うけどなぁ」

「今の私の話が、本当の話か探るためにも?」

「まさか!」

「神は

 失礼だが、ほんのわずかに、彼女の笑みは祖母のような懐かしみがあった。

「今は……」

「神は世界を超越する創造主、そこは間違いない。でも、そもそも神の権能は世界の創造に限定された『国事行為』で、創造されたあとの世界は、もはや神のしろしめすものではないの」

「……えぇと」

「神は時計のねじを巻いた。すると世界は動き出し、その後は歯車というあらかじめ定められた自然法則に従って展開される。オウムアムアは神ではないからこそ、その時間を進めることは出来ても、巻き戻したり、止めたりすることは出来ない。そして今、神はいないのだから、啓示も奇跡もなされない。だからこそ、オウムアムアは啓示ではなく文明という創造物の最期に対する膨大な知恵を蓄え、そして重篤的文明衰退の折には、諫言かんげん、つまり畏れ多くも神をいさめる唯一無二の存在なの」


「そうなんだ…………」

 鳥肌が立っている。

「『聞いちゃった』みたいな顔してるよ」

「そりゃぁ」

「だから、アベルトが言っている『上帝』という人物も、本当に神託しんたくによって選出された皇帝かと言えば、そんなことはないと思うの」

「はは」

「?」

「物凄く壮大な話を聴いたおかげで、なんだか怖くなくなったよ」

 もう僕は何も怖れない。僕の為すべきことは為すまでだ……!

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