第14話

 彼女はタブレット端末からある動画をタップする。

 するとそこには、大昔の礼服を着た仮面の男――おそらくアベルト本人――が両手を広げて現代社会を非難していた。


 <市民の多くは『第三次哲学時代』に生きつつも、デカルトをはじめとする知恵に騙されている!

 デカルトは合理という刃によって、心と身体を切り分けた。

 それによって、心には直観や自由意志という特権的な立場を与え、自己としての同一性の根拠も、心にあるものとして扱った。

 にもかかわらず!

 我々は科学の完遂した当代においてもなお、心と身体の両方をもつ存在としてある。

 そもそも『私』というものは、私の『身体』と関連づけられてはじめて意味をもつ。このような矛盾をどうして諸君は糾弾しないのか!

 …………そう、我々は『機械の中に住む幽霊』なのである!

 それ故に、私は大公として就任し、ここに『臣民』の安全を保障し、そしてへの忠誠を天に明らかにする。

 個々の能力至上主義は文明を破滅させる。それを防ぐには、帝祖ていそ帝宗ていそうの基盤を保持するが第一なのだ>


[アルベルト大公による帝政復古宣言]


「なかなか興味深いけどね」

 僕が複雑な顔をしているのを見たからか、冗談ぽく彼女は横から入って言う。

上帝じょうていというのはオウムアムアのこと?」

「さぁ?あるいは本当にいるのかも」

 それにしても、あれでは王権神授説に基づく公爵というより、頭のおかしな思想家だ。

「アルベルトって表示されてたけど、アベルトじゃダメなのかな」

「政治ってそういうところ、あるから」


 この地球には大きく分けて三つの勢力が出来た訳だ。

 一つは現行の近衛寮政府。

 第二に、帝政を謳う元?近衛寮中将・蘇我アベルトもといアルベルト大公。

 そして、遠方より来たりし使者・オウムアムアと新海佳奈。……とささやかながら彼女に加勢している僕。


 平和的解決策として子どもでも思いつくものは、三つの勢力が共存する、というものだろう。

 だが、一度だってこの世に三頭政治が成立したことはない。

 ましてや名目上の平等能力主義である近衛寮政府と、特権身分を容認するアルベルト大公側とでは対極であるし、彼らにとってしてみれば、佳奈に統治権を与えるというのは、三文映画でよくある『宇宙人の侵略』と大差ないのだ。


 その劇的な構図であるがために、佳奈は舞台の見せ場、そう、一方の政権の正統性演出を目的に、『国家の敵』と断定するのだ。


「痛い痛い!?」

「あ、まだ痛むんだ。応急救護資格は持ってるから、もう安心かと思ってた」

 だからって、わざわざ撃たれた箇所を押さなくても。

「あまり難しい顔してるとダメだよ」

「えっ」

「複雑にするのが、現代病の一つだって、誰かが言ってた」


 事実に対して良し悪しを定めるのが真実であるならば、それを受けて量刑するのが解釈。

 その責務は人智のなせる業であると同時に、人間への呪いでもある。


「どうあっても、私は今ここにいる」

「それって……?」

「オウムアムアはヒトの上位存在である思念体。喧騒を唯一鎮める者」

「だからこんなにも落ち着いていられるのかな」


「ねぇ、どうして智和はあの人みたいにならないの?」

 

 あの人というのはやはりアベルトだ。

 確かに、これほど身近であるなら、僕は彼女を守るのではなしに、むしろ利用してしかるべき立場とも言える。

 その点から言えば、確かに多くの人は『支配されたがっている』のかもしれない。

 だが、彼女は僕を決して駒として動かすこともない。


 ああそうか。そうだったのか。


「僕はからだよ。つまり『The Ghost in the Machine』でしかないんだ」


「智和。あなたならそう言ってくれると信じていた。アベルトは惜しかった。それに気づきつつ、凌駕してみせようと蛮行を繰り返そうとしている。いかに近衛寮政府であっても『自我』を否定することは決してない。それが人間の限界」


 かつてないほどの煌めきを放つその瞳に魅入られた僕に、彼女はそっと告げる。


 ――古多智和、あなたに思念体としての適格をオウムアムアは認めます――

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