永遠の潜在性

第13話

 ディナーデートを断る高嶺の花であろうとも、あのように淡々と答えはしないだろう。

「断る」

 蘇我アベルトは引き攣った笑みを浮かべて照準を合わせた。そして瞬時にとどろいた発砲音は鼓膜を振動し、右足を撃ち抜いた。

「あぁああ!!」

 彼女が並みの女なら、泣いてくれたかもしれないけど、僕の名を叫ぶことさえしなかった。

 彼女は一方の権力分布ではない、斥候であり使者であり、そして地球の利害からかけ離れた裁定者なのだ。僕の存在でその使命が歪められることはない。

「安心したまえ、旧時代の産物ではないのだから、痺れに反して、後遺症はさほどあるまい」

 彼も気づいているはずだ。佳奈とアベルトの間に戦争行為は成り立たないが、僕を引き合いに出せば、戦争的な構図が完成するということを。

 だから心臓や頭を打たずに、足という威嚇的な部位を選択した。


「あなたの演説はもう結構。今度は私から二三お尋ねする」

「なんでしょう」

「あなたは近衛寮高官。なのにどうして独りで会いに来た」

「交渉はあくまでも対等に」

「それは建前。あなたのような人間であれば、戦車に乗ってここに現れてもおかしくはない」

「それほど派手好きに見えたかな?」

「あなたは私の力を利用して、クーデターでも考えているのでは?」

 わずかに彼の拳銃を持つ手がピクリと動いた。


「長らく人類は宗教儀礼によってその地位を高めた。すなわち己が行為に意義を与えたのだ。そしてそれは科学へと転じ、一時は『優生学』として偏った技法も用いられもしたが、およそ今世紀には完成し、今一度人間は哲学という解釈の付与へと方向を変えた」

 彼には生まれながらにして演説的な話法が身についているのだろう。そしてそれが今のポストへと導いたことは言うまでもない。

「だがしかし、それで人々は幸福を享受できたのか?答えはノーだ。私たちは認めたくないが気づきつつある。『圧倒的な支配者が欲しい』と。それが近衛寮を創設させ、そして言うなれば、オウムアムアという国難をのだ」


 この言い分も世論の一つであることに間違いはなかった。急進派かそれとも保守と言うべきか。

 帝政の復古、すなわち新たな時代の、新たな皇帝を即位させようという主張は日に日に高まりつつあった。曰く、『科学的に哲学的に市民が統制できる現代の皇帝を』。

 そして蘇我アベルトもまた、どうやらその一人であったようだ。どの報道局も報じていないビッグニュースだ。


「それで?」

 佳奈は興味がないのを隠しもせず、その両眼で真意を探っていた。

「オウムアムアは地球に来る。そして科学兵器では止められない。と思った矢先、オウムアムアの思念体であるが登場し、その巫女のよって選ばれた人間が協議の末にオウムアムアと地球を衛星という姉妹惑星とし、その信任に基づいて新たなる時代が幕を開けるのだ!」

 高らかに笑う彼には、既に皇帝の姿が脳裏を支配しているらしい。それは見事でもあり、哀れでもあった。


 あれ…………?


 *****


 気づけば目の前には佳奈がいた。

「あの人も一瞬、狼狽うろたえていて面白かったよ」

「ははは……」

 どうも貧血で倒れたらしい。撃たれておいて、またしても情けない。もっとカッコよく退場できないものだろうか。

「てかどうして家に!?」

『またの機会に』などと持ち出すとは思えない。ならば、強行採決によって、彼女に不利な未来が選ばれたはずだ。

「本当に、ごめん」

「私はただのクラスメイトじゃない」

「そうだけどさ」

「問題をするような悪い子だよ」

「……え、っていうことは、また?」

「うん。ここはあの日の君にとって数日先の未来だよ」

「それはさ、その、いい未来なの?」

「勿論。智和が無事な未来だもの」

 ずっと?彼女は見守ってくれていたのだ。僕の傷を見て心配はしないけど、それでも無視することはないんだ。

 彼女は全ての事象を瞳に焼き付けているのだから。


「結果、オウムアムアは疑似ブラックホール防衛線を加速によって突破。今はさらに地球に近づいている。彼の言う通り、原子爆弾による最終防衛機能の運用も近いかもね」

 そうなると、彼女の命が危ぶまれるのはもちろんのこと、この大地も数百年は封鎖になるはずだ。


「あと、蘇我アベルトは失踪したみたい」

「えっ」

「そして彼の言う、帝政派も動き出しつつあるらしい」

 地球と小惑星オウムアムアの命運だけでなしに、国体まで変容しつつあるとは。まさに文明の黄昏、暗黒時代の到来と言っても誇張には思えない。

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