第12話

 彼女は『国家の敵』だ。しかし国家もまた何かの、例えば新海佳奈の敵、なのだろう。それでも、何らかの光があてられたとき、正義と言い換えることが可能な部分もある。

 では僕はどうなのだろう。僕は彼女のどこに正義を信じたのだろう。そう思うと、いつしか歩みは止まっていた。

「『自由の要因をなす条件は、自由を廃絶する条件』だよ」

「どういう」

「エミール・シオランって知らない?悲観主義者ペシミストなんだけど。自由は主義でしょ?であるなら、自由を良しとすることは、実は自由ではなく、自由を強制しているのでは、という論題」

「難しいね」

「それでも第三次哲学この時代の人?」

「そ、それがどうしたって言うのさ!」

「何かの為でないと動けないのは人間が動物である理由。私のような思念体は、存在証明を行おうとは思わないものよ」

「存在証明」

「存在価値などというものは、いっそのことレゾンデートルと言い換えればいいわ」

「どういう意味?」

「意味なんてないってことよ」

 彼女は知っているはずだ、それでは人間は生きられないと。


「私はいつだってによって、時には王位おうい簒奪者さんだつしゃとさえ捉えられてきた。でもそれ自体に本当は意味なんてないの。そう、言わば私は高度な文明の傲慢さに対するカウンターカルチャー」

 の人間の性なのか、彼女がハイカルチャーに対するサブカルチャーではなく、もしくは大昔の例だが、ハイカラに対するバンカラといった社会の対立構造ではなく、あえてカウンターカルチャーと表現したのが引っかかった。

 彼女には社会を促進させる機能、いや社会機関としての役目があるに違いない。

 自分ではああいっているが、何の目的もなしに、思念を持つ存在が何万光年も宇宙を漂っていられるものだろうか。

 この問いも人間性から脱し切れていない可能性は大いにあるものだが。


「議論はいったんおしまいね」

「邪魔をするつもりはないのですがね」

「蘇我アベルト……!」

「おや、名前を憶えていただけて光栄だね、勇者殿、いや、古多智和君」

 きっとこの含みのある口調は戦略に違いない。ニヤリとこちらを見つめると、今度は佳奈に語り始めた。


「さて、新海佳奈様、それともオウムアムア閣下とお呼びした方が?」

「お好きに、蘇我そがのとう中将ちゅうじょう』」

「ほぅ、かつての公卿くぎょう官職名とは恐れ入りました。それにしてもは流石の御力、時空を操られては、我ら近衛寮とて、どうしようもない。それこそかつての皇帝は、何よりも暦作成や改元などによって、時というものを支配したがっていた。さすれば、閣下こそ、帝王学の上では正統と言えよう」


 これって、さっき佳奈が言ってた王位の件じゃ……。

「あなたの力を近衛寮のお上に戴けるなら、さぞや世界は安寧でしょう。少なくとも、に対して、ブラックホールともう一つ、原子爆弾を配備しなくて済むのですから」

「原子爆弾!?」

「古多君、アトミックボムは初歩的な惑星防衛対応だよ。現段階でオウムアムア本体を破壊していないのは、思念体であると、このように確認済みだからだ。近衛寮は軍事政権ではない。れっきとした文民シビリアン統制コントロールなのだよ。さすれば、倫理委員会が許すはずもなかろうに」


 今この瞬間にも、佳奈オウムアムアは殺されかねない、ということだ。

 今は蘇我アベルト独りしかいないので、何とも言えないが、スナイパーが潜んでいないとも限らないのだ。実際、こうして居場所がバレている訳だし。


「さぁ閣下、あなたはどのようなをお下しになりますかな?」

 拳銃をどこからともなく取り出し佳奈へ向けて、あくまでも自由意志を尊重するという風に尋ねるのだった。

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