第11話

「作戦行動開始。一斉に放ちたまえ」

 近衛寮中将・蘇我そがのアベルトは無数のコンピュータを扱う数十名の部下に強く命令する。

『オウムアムア』への一斉爆撃。

 完全に破壊できずとも、ある程度のサイズにまで崩すことができれば、たとえ地球に落下しようとも、その途中で空気摩擦によって燃え散るのである。

「永遠の陽射しの頂こそ、我ら人類がこの世界の君主である印なのだ。この大空を覆わんとする下賤げせんの小惑星など破壊してしまえ」


 ******


 深部シェルターであるのに少し揺れる。そして何より凄まじい爆音。やはりミサイルが発射されたのだろう。

「あのさ」

「なに、智和は怖い?」

「怖くはないとは言わないけど、そうじゃなくて。もし本体?が破壊されたら、佳奈はどうなるの」

「分からない。そんなこと、想定された事は一度もないもの。いつも私が還元されてきた。でも大丈夫だよ」

「え?」

「届かないもの」

 古来、そう『日本帝国』以前の話だが、その頃、日本人は以心伝心というものを尊んでいたらしい。第六感は現代科学で否定されているから、僕にはよく分からないが、おそらくそれに近い感覚が、彼女とオウムアムアの間にあるのだろう。

 だからこそ、時空が歪むことで互いの違いもあやふやになって、最期は強制的に還元される。



 <市民の皆様、甲種警戒態勢は解除されました。誘導にしたがって順次、地上界へお戻りください>


「急ごう」

 深深部の人々が深部に達するまでに、僕らは再びどこかに潜伏する必要がある。


 <なお、まもなく官報放送がございます。市民の皆様はご予定に差し支えないよう、お気を付けください>


「官報放送?」

 嫌な予感は的中した。あの高官の顔がモニターに表示されたのだ。


 <市民の皆様、私は近衛寮中将であり国家安全保障理事・蘇我アベルトであります。この度は突然のご退避、まことに恐縮です。しかし、市民の皆様には更なる混乱をこの度、残念ながらお伝えせねばなりません>


「まさか……」


 <地球歴史学の幾多の権威が仰るように、私たちの、すなわち人類の誕生は小惑星『テイア』が地球に衝突した結果、原子核的な化学変化が発生し、人類種の祖先が誕生したとされます。一般に恐竜という種を滅ぼしたのも隕石であり、かつまた我々を生みだしたビッグバンも隕石が由来なのです。

 ですが、今再び人類には未曾有の危機が迫っているのです。そう、新たな隕石が刻一刻と地球に近づいているのであります。

 これは由々しきことです。地球市民が安定期に入ったとさえ評価される今次文明が潰えるのみならず、いっさいの生命が絶滅する質量とエネルギーを備えているからであります>


 僕は人類が滅亡する瞬間の想像よりも先に、佳奈が国家の敵と学生全員に通達されたあの瞬間の、大義名分だけの憎悪を思い出していた。


 <そこで我々近衛寮は、その小惑星のに対し、超質量爆撃を行いました>


 僕は正直戸惑っていた。こういうは触れないものだろうと思っていたからだ。でも甘かった。


 <作戦の第一弾は成功いたしました。我々が『オウムアムア』と呼称しているその小惑星の予想軌道付近は今や地雷原です。皆様には今後も本日のような避難を強いるかと思いますが、人類が一致してこの有事を切り抜けましょう!>


「彼らの目的は惑星わくせい摂動せつどうね」

「なにそれ……?」

「摂動というのは、重力などの作用によってその軌道が乱されること。きっと科学的に言えば私の能力もその一つかもしれない」

「引力か」

「彼らが破壊したのはオウムアムアじゃない、別の小惑星だったのよ。そして破壊されたその小惑星が辿る道は」

「どうなるんだよ!」

「ブラックホールに変化する」

「ブラックホールって………」


 オウムアムアの最期。それは新海佳奈の最期に違いない。

 だが、彼女を生かせば、オウムアムアはいずれ地球に衝突し、その結果、人類は死ぬ。


 ――ある時は文明を興隆させる存在として。ある時は一方の善の象徴たる天使として。そしてある時は民間において『国見』をする女生徒として――


 彼女はこう説明したことがあった。

 まさか。いや、でも。


「遠方からの初めての使者・オウムアムアである君は、何を人類に示す為に新海佳奈になったんだ」

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