黄昏れ時は、少女を大人に変える
第16話
その日、アルベルト大公率いる帝政派は、体制にではなく地球に反旗を翻した。
地殻への爆撃に始まり、近衛寮政府の防衛機構がブラックアウトしている現在、大胆不敵にも彼らは宇宙に向かって、大量のレーザー光線を放ち続けている。
最初、それはオウムアムアへ向けられた『レーザービーム』だと思った。
だが、レーザービームは現代でも近代・先代の空想の所産であり、事実上、攻撃機能を持つレーザービーム的なものはレールガンのみである。
では彼らはレーザー光線を宇宙に放って何をしているのか。
近衛寮政府の公式放送がなければ、僕はもちろん、市民の誰一人として知る事はなかっただろう。
<我らが近衛寮政府に敵対宣言を行った急進的反体制勢力、蘇我アベルトが本日未明、月へのレーザー照射を行いました。防衛大臣の見解によりますと、蘇我アベルトが寮官であった頃に開発を進めていた、『疑似光速による地球外移住』計画であると思われるとのこと。>
「智和、意味わかる?」
「正直、あんまり」
「きっと、レーザーの先に軽い物質があって、光線を当てることで押し続けているんだよ。そしてそれはやがて光速に達する」
「でもそれはあまりにも」
「小学校で習ったでしょ、科学は完成したんだよ」
「そうだけどさ。それならロケットでも」
「当時も彼の管理下にはなかったんじゃない?」
「仮にそうだとして、人間を乗せてレーザー光線だけで
「それは難しいでしょうね」
「だったら」
「彼らは小型の武器や財産を送ってるんじゃないかな、あるいは」
「あるいは?」
「人間の細胞、とか」
「はぁ!?」
「でも現実的にあり得る話だよ」
真相はどうであれ、新月なので視認できないのに、僕らはどこに月があるのかを把握することとなった。
少しばかし揶揄も含まれるが、この出来事は『地球VS.月』『帝政VS.平等的能力主義』という様相を呈してもいる。
そのことにいち早く気づいた佳奈は、時空を歪ませる力を持ち、義眼とも異なる深遠さを秘める瞳にしっかりと刻み込んでいた。
一つの文明が終わることを何よりも明朗に示して。
「あれ……?」
でも僕の視界はさして詳細には捉えることができなかった。それが誰よりも守りたい存在である佳奈であっても。
「佳奈!」
これまで一度たりもその凛とした表情を崩したことはなく、時折見せる笑顔だけが僕の救いだった。
そんな彼女がひいに倒れたのだ。何の前触れもなく。
急いで抱きかかえるも、彼女はただ怯え、指先を震わせていた。一連の出来事の中でも最も異常であると直感した。
「佳奈、佳奈ぁ!」
そしてその瞳は初めて閉じられたのだった。
******
「上帝陛下の作戦はコンマ1も誤差なく遂行されております」
「アベルト大公、それはとりもなおさず、新たな時代の幕開けを示すのだ」
「天子さまのお導きである何よりの証左、わたくしは誠に光栄至極であります」
蘇我アベルトもといアルベルト大公はうやうやしく古典的な礼を上帝と呼ぶ男に示した。
上帝は古代の紋章あるいは楔形文字を思わせるものを刻まれた紫色のマスクをすっぽりと被っており、開けられた目元からは意志の強い男、という風な程度しか推量の余地はない。
彼はモニターに表示された映像をチラリと確認し、マスクの下で微笑した。月面に何かが送られたと報道は持ち切りだが、近衛寮政府もその本当のところを知ってはいない。
側近が手渡したリストにはレーザー照射機や生物細胞など、惑星移住に必要な最低限のものが最初に輸出された。
「陛下、近衛寮政府が今更ながらミサイルを配備しだしました」
「うむ、アルベルト大公!」
「Yes, Your Majesty.」
人類は平等的能力主義を至上とし、それを国家創建の要とした。その論理に帝政はまず最初の障壁となったため、すぐさま多数決によって廃位。
その後数百年、人間は弱体化していった。
なるほど、学問や芸術文化は大いに発展しただろう。しかし、マジョリティが勝者となる政治機構であるのに、マイノリティこそ優位とされる政治思想でもあることが表面化していった。
だからこそ、科学という二進法的答えではなく、多種多様な、ウロボロスよろしく始まりと終わりのない永遠の解釈合戦である哲学が再び台頭するようになった。
しかしそれは彼らにとって自身のアイデンティティを崩すものでもあったのだ。
なぜなら、彼らに帝政を論破することは、その枠組みと思想において、事実上、不可能であったからだ。
その脆弱さが、政府高官にクーデターを起こされる、という旧時代的発端を歴史家に知らせることとなったのだった。
「オウムアムアを地球へ落とすのだ」
上帝は静かに、そして厳かに、数十名の貴族に勅命をくだした。
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