第9話
ほんのわずかな隙を狙って、僕らは制服を着用しているのもお構いなしに、急いで高等学校領から抜け出る。
「あぁっ」
校門を走り抜ける最中、彼女は膝から崩れる。つまづいたというよりかは、やはり先ほどの負荷のせいだろう。
「佳奈!」
常日頃から凛とした佇まいで卒なくこなす彼女が、一瞬でもよろめくと、どうも僕は自分で認識している以上に強いショックを受けているらしい。
「あの」
「大丈夫か!?」
「呼び捨て」
「あ」
二人して気の抜けた顔をしあっていた。依然、僕らの方では、敵対心や闘争心というものはさほど成長していないのだろう。
「
「
「……
彼女に肩を貸し、初めて僕らは同じ方向を見つめていたのだった。
「やっぱり代償はあるんだね」
「ええ。時空を歪ませるとき、時空もまた私という個を歪ませている。それが圧縮。いっさいは急速に、そう、光速で近づけられる。だから私には負荷がかなる。全ではなく個に過ぎないから。それが
「高速で近づくのは時間?」
「速いって意味じゃないよ。光の速度、すなわち約30万km毎秒。1秒間に地球を7周半回ることができる速さであり、太陽から地球まで約8分19秒でゆくことができる速度。そして」
「うん………」
「私の目で圧縮された時間はどう流れているか。もし瞬間移動であるなら、さっきみたいに意図的に圧縮を停止させることはできず、言わば念じた箇所に転じることになるはず。そしてこれはタイムトラベルでもない」
僕はもう知っている、彼女が自身の能力について講義するとき、僕の中での認識が大きく揺らぐということを。
「強烈な重力によって圧縮された時間軸は、オウムアムアの推進エネルギーへと保存変化されるの」
「推進エネルギー?」
「オウムアムアは2017年に観測された当初、未確認飛行物体と勘ぐられたこともあった。何故だと思う?」
「他の銀河系から飛来してくるのは初めてだから?」
「ふふ、それもあるかもしれない。それはね、オウムアムアが太陽に接近し、離脱する際に、不自然な加速を行ったとして、太陽の放射圧を利用した地球外文明の探査機である、と疑われたからなの」
「その加速の理由が、君の瞳であると?」
「私はその時、時空間を歪ませ、新海佳奈としての精神を
「………少しずつ分かってきた気がする」
「私が国家の敵として狙われる理由は、時空を圧縮すればするほど、オウムアムアが高速度で地球に引き寄せられるから。そして力の代償は、切り離したはずの精神が、高エネルギーを帯びつつ近づくことで、人格分裂にも似た矛盾が発生するから。その対価は個である私に請求される。だから―――」
「だから
「…………」
これまでの行動が結局、ヒロイズムに過ぎず、直面している物事の複雑さに僕は情けないが、英雄にはなりきれなかった。
そんなとき、暗雲たちこめる校外に、凄まじいサイレンが何かを訴えかけてきた。
その嫌な音階は、アナウンスではなく、危険信号であるのだな、と聞く者に一瞬にして知らしめる作用が確かにあるものであった。
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