第8話

「随分と楽しそうじゃないか、若人わこうどよ」

「あッ!」

 背後にはいつの間にか、近衛このえりょうの高官服を着た男とその手下が数名、横並びに待ち構えていた。

「新海佳奈、君の未知なる能力の解説、誠に興味深かったよ。流石は准特等生、論理というものを身に付けている」

 値踏みするように彼女を眺めたと思えば、今度はギロリとこちらを見つめる。

「貴様は?」

「気をつけて、それは『呪』よ」

「ほぅ、やるな」

「どういうこと?」

「名前を尋ねられて、それに応えるという事は、相手の支配下になるということ」

「それ故、新海佳奈お姫様は正体を隠していたのだよ、坊や。さて、君は国家の敵であるからして、今すぐ銃殺しても構わない。また、それを命じる権限が実際、私には容認されている。勿論、坊や相手にも、だ。いやはや、権力というものは人を細胞から作り変える。そうは思わないかな、新海女史」

「貴殿のような高級官吏の仰ることは、私には到底理解が及びませんので」

「従順な物言いも悪くないが、その対立的な目線も嫌いじゃないよ」


 男は黒い皮手袋をつけた右手を顔の横まで挙げる。

 すると、手下は拳銃を一斉に構える。まるで映画の世界だ。

 近衛寮。古くは、宮中の警固を担当し、その後、幾多の改造と廃省を受け、数年前、国家の要として正式に再配備された。

 故に、『国家の敵』と銘打たれた彼女と、それを保護する動きのある僕に対して、彼らは発砲したとしても、何の制裁を食らう事は無い。

 まさに近代国家とは、暴力を占有する存在であると定義できるのである。


「大人しく投降しなさい、と言っておく義務が私にはある。さぁ、君たちは以下に振る舞うかね?」

 情けないが、僕は彼女の顔を思わずうかがってしまった。

「ふん、有史以来、一度でも国家に対し、たった二人で革命せしめた試しがあっただろうか?君たちが日々推奨されている『多様なる自由』というものは、国家、いや社会と言い換えるべきかな。ともかく、それらの中においてやっと行使できる権利であるのだ。良いかね諸君、子どもには反抗期がつきものだが、後になって孝行しようと思っても、そう簡単に過去は塗り替えられないものだよ」


 僕は男の演説を聞いている間に、少しずつだが、現状をようやく把握しつつあった。そして気づいたのは、男が思わず手を降ろしているということだ。そして今や説得を試みようとしている。

 つまり、いかに立派な国家様でも、彼女を前にしては、殺すか、諦めてもらうかの二択しか持ち合わせていないということだ。

「そもそも、今世紀の『七つの大罪』を知らないはずはなかろうに。遺伝子改造。人体実験。環境破壊。薬物乱用。他人を貧困にすること。社会的に不公正をすること、そして悪辣に金を得ることだ。新海佳奈の保有する能力はこのを破綻させる影響力を持つことを 」


「佳奈!時間を!」


 僕が叫んだ時には、既に時空は歪んでいた。

 僅かに見えたのは、あの男が狼狽うろたえた瞬間だけで、実際に二人とも兵の銃によって蜂の巣にされることはなかった。

 ただ、数秒で進む時間軸の向こう側には、今でもまだ近衛寮兵が銃を片手に待ち構えている光景があった。


「うッ………」

「まずいな」

 咄嗟に僕は彼女に時間を圧縮させた。

 しかしその代償を僕はまだよく知らなかった。自由に時間を行き来できる訳ではなかったのだ。

「今!!」

 交代なのか、諦めたのか、一瞬、兵が居なくなった。その時を狙って、僕らは言うなればタイムジャンプすることに。

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