Chapter1. 魔術師と改人7
レストラン〈オーライ・ナウ〉まで来て、メアリは煩い父親に連絡を入れる。
とはいえ電話だとしつこそうだから、メッセージを一方的に送信するだけ。今年メアリは成人したのだから、自分の予定くらい好きに決めていいはずだ。
「さ、待たせたわね。ここでゆっくり話しましょ。奥の方に入ればいいから。ここはハンバーグが絶品なの。ちゃんと鉄板で出て来るんだから」
ニッと屈託なく魔術師は微笑む。もう営業スマイルには少女にも感じない。メアリはすぐに気を許してしまうお人好しでもあるからだ。
メアリの言った通り、奥の座席に案内されて二人は座る。メアリは慣れた様子でコートを脱ぎ手を拭いているが、少女はちょこんと座席の手前に座り所在なげ。
「何でも頼みなさいよ。お金は持ってるんでしょ。別に持ち合わせがないなら、今日は気分的に奢ってあげてもいいけど」
「い、いいえ。自分で出します。じゃ、じゃあホットココアで」
「ふうん。もう夜は食べちゃった? ま、私は遠慮なく自分の食事を取らせてもらうから。あ、すみませーん。注文いいですかー」
小さくなっている少女を
サラダに先程のハンバーグ――セットで白米もついてくる――に辛子ソースの付いたソーセージとポテト。少女が恐る恐る伺うと、どうやら彼女はポテトに目がないらしい。目の色が他の料理に注ぐのと少し違っていた。
「さて、じゃあ怪奇現象を探ってるアナタ。お名前をどうぞ。まさか名乗らないなんて冗談言わないわよね?」
目が笑っていない。強者は誰か分からせる眼力に加え、濃い青色のシャツが余計に彼女を冷酷に映す。気後れして圧に負けた少女は、相手が自らは名乗っていないのも頭に入らず、取り調べを受ける容疑者のように弱々しく従う。
「えと、
「ふうん。あ、私は
「あ、はい。
ふむと腰を落ち着けて少女――天理をメアリは観察する。
全体的に薄汚れていて、茶色がかった髪は無造作に乱れている。さっき揉み合いになったのではなさそう。痩せぎすで肌はやたらと白い。外見の特徴は見るからに東洋人だろうが、何かそこにも事情があるなら触れないでおこうと思うメアリだった。
「それで超常現象、ねぇ。そんなの調べてどうするんだか。テレヴィ局も今時そんなの歓迎しないでしょうに」
「出来るだけ情報が必要で。風変わりな記録は何でも調べるよう指令が来てるの」
ま、いいかとお水をくいっと飲むと、メアリは話を続行する。
順次料理も届き始め、食欲をそそる良い匂いがテーブルに満ちる。
「あ、遠慮しないで先に飲んでて。そうね、どこから話せばいいか」
促された天理は、仕方なく少しだけココアを飲み込む。
甘い味が疲弊した心を慰めるようで、天理は陰った表情の口元を少し綻ばせた。
「あー死神の話でも聞く? 作り話にしても酷い怪談未満の代物なんだけど」
「死神? それって人を殺してあの世へ連れて行くっていう、あの?」
うんそうそうと嬉しそうに頷くメアリ。やはり会話を基本的に好むらしい。
「それがね、なんか馬鹿みたいな恰好をしてるってのよ、そいつ」
黙って先を待つが、メアリは一呼吸溜めてから次を話す。この人は自分のペースに酔うのだろうか。
「いやホントアホかって感じ。体操服と短パンに赤青帽子を被ってるってさ。それで鎖が巻き付いてるって言ったかな」
「鎖・・・・・・赤青・・・・・・」
「アハハ。下らない伝聞よ。ホラ話。怪談とかだって話し手がいるからには、全部誇張や思い込みが紛れ込むもんだし。それが行き着くとこまで行った人間を、絶妙なタイミングで綺麗サッパリ殺してくれるらしいわ」
実際メアリは真の怪奇も知っていたが、まさか天理に内情を話す訳にもいかない。
自分が魔術師だと軽々しく口にしていいはずもなく。たとえ魔術を行使した現場を勢いで見せてしまったとしても。
「もう一つ。自殺した少女の霊ね。これはもう噂にもなってないか。でも不吉な言葉とセットだったのを覚えてる。――――〈ブラックスター〉ってね」
「・・・・・・・・・・・・」
真剣な顔で黙ってしまう天理を見て、これはあちらも何か隠しているな、とメアリは勘づく。しかし深入りすると、逆に火の粉が飛んで来かねない。
メアリだけならいいが、浅倉家の人間――特に絵理に――何かあっては困る。メアリは彼女を観察しながら軽い口調に戻す。
「ま、幽霊騒ぎなんてしょっちゅうよ。どんな地域でも町の情報を探れば、出所の怪しい出来損ないのオカルトは転がってる。それで? ちょっとは参考になったの?」
天理が我に返りハッと顔を上げた時にはメアリはもう食事に取りかかっていた。彼女が呆けている数分の間に、全て品物は到着したらしい。
「えっとこれだけでは分からないけど、また同じような聞き込みをしてみるわ。こういうのってヴァリエーションが大事でしょ?」
モグモグいいながら手を振って、バッテン印を掲げるメアリ。目付きの険しさが怖ろしく天理には感じられて、ビクッと小刻みに肩を震わせる。
「――明里? その、いけなかったかしら」
「んぐっ。うん駄目に決まってるわよ。また面倒な事になるし。私が側にいるんでもなけりゃ。ってそっか。フムフムいいかも。私が一緒に調査してあげようじゃない」
「えっ。でも悪いわ」
「フン。でもアンタ、もう私の秘密を知っちゃったから、黙って帰すワケにもいかないの。記憶を消すのも違う気がするし。ああ、またお父様に軽率だと叱られるなぁ」
汗を掻いて天理は慌てる。状況がよく呑み込めない。自分はいつこの女性の秘密を曝いてしまったというのか。強引な論理にたじろくしかない。
「な、何も知らないわ。でも助けてくれた時のことなら、目撃した事実があるし、言い逃れ出来ないよね。――わかった。指定された時間なら私も行動出来ると思う」
水をゴクリと喉に流し込んでから、テーブル越しにメアリは天理の手の甲をポンと叩いた。まるで二人の間で友情や取引が同時に結ばれたように。
「決まりね! じゃあ連絡先を」
「え、ええ。これどうやるのか良くわかっていないのだけど・・・・・・」
そう言いスマートフォンを差し出す天理。今時機械音痴でもないだろうに。
お父様みたいで笑っちゃうわ、と口元を手で覆い、クククっと忍び笑いのメアリ。
さっさとデータのやり取りをしてしまうのだが、どうやらこの子とならメッセージアプリよりもメールの方が良さそうだ、と一瞬でそこまで思考し操作する。
「うん、いつ食べてもここの和風ソースは絶品ねぇ。アナタも食べればいいのに」
メアリの素早い右手の動きに見惚れていた天理は、ううんと妙な言葉を漏らす。
「食事は決まり通り摂取する規定があるから。勝手すると調整に不具合があるって」
?と微妙な疑念を感じ、メアリは彼女の言っている意味を測りかねた。だが直感が働き、ふぅと諦めたように追及を止める。
「ツルんでる人間にご機嫌伺いばっかりしてるならその挙動も納得。ま、私には関係ないか。でも主張を呑み込んでちゃいつまでも他人に生殺与奪を握られたままよ」
「あっ。え、ええ。そうね。気をつける。別にそこまで厳しくもないんだけど、逆らうとうるさい人で――――」
「――――――――」
なるほど、と顔色を変えずにメアリは思惟する。
彼女はDVでも受けているのか、よっぽど怖がる事情があるらしい。
この分じゃ調査内容自体も彼女には詳細が伏せられている可能性大だ。だがそれもこの調子なら、追々正体と共にボロを出すだろう。
「じゃ、今日はこれで解散ね。天理って言ったっけ。ホテルとかは取ってるの。もう結構遅くなっちゃったけど」
「う、うん。ちゃんと拠点はあるから。気にしないで明里」
後ろめたいことがあるような、ぎこちない笑顔だ。
すぐにも泣きじゃくりそうなほど、行き場を無くした迷子のような作り笑い。
まぁ深追いしたらホントに何か怪しい所に突っ込んじゃいそうだな、とそこで考えるのを一旦思考から追い払う。
メアリは切り替えが早く、浪費となる厄介事は思考から極力排除する性分。
会計を別々に済ませてから、気になってはいたものの、ホテルの名前を聞いたり追いかけたりはせず、「お父様にする言い訳」でその夜メアリの頭は満杯だった。
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