Chapter1. 魔術師と改人6
男たち数人に女の子が囲まれている。恐らく女の子はティーネイジャー。露出は少ないが薄着で、微かに肩が震えている。いや、それとも恐怖で竦んでいるのか。
「おい! テメェ、どういうつもりだよ!」
一人の男が何か怒鳴っている。
女子は怯えを見せているが、無気力な声でボソボソと返事をする。
「だ、だから。何か変なことがこの頃ないかって・・・・・・」
「絶対、こいつ売人のルートを探ってやがるんだよ、ヤっちまおうぜ」
どうやら男たちは数人いるのに、少女に夢中でメアリには気づかないらしい。
無意識に足が震えてしまうが、武者震いだと自己認識をハックし、無理矢理口角を上げた笑みを浮かべて、メアリは一歩そちらに踏み込む。
「テメェよ、女が一人で嗅ぎ回ってタダで済むと思ってんのかい。報酬ってのはそういうモンだって、自分のカラダの相場くらいわかってんだろうなァ? それともガキが潜入捜査の真似事のつもりかよォ?!」
まだ誰もメアリに気づかない。ふとその少女と目が合う。少女も状況を良く把握していないのか、キョトンと不意を突かれたような表情でメアリの目を見ている。
仕方なく助け船を出すことにしたメアリである。馬鹿の相手をすると、こっちの優雅さも削られていい気はしないのだが。
「アンタたち、女の子一人に寄って
その声を聞いて、男たちは一斉にメアリの方を向く。心底驚き慌てた顔が阿呆のようで笑えるが、目が血走りが異様で危険性も感じさせる。
フッと少し余裕のある嘲笑込みの挑発をメアリがして見せると、やはり八重歯がギラリと顔を出し、それがどこか滑稽でもあった。
子供っぽいと揶揄されるのが嫌いなメアリだが、緊張した時は無意識に歯を見せて強気な表情を取り繕うのが無意識の癖だ。
「なんだァ。お仲間かァ? これまたちんちくりんの姉ちゃんが来やがったゼ」
ピク、と相手の反応にメアリのこめかみが引き攣る。それでも本性を隠した作り笑いは消さずに、まだ表面上は我慢しているのが分かる。
「ハハッ。イヌみテェな尖った歯のカワイイガキじゃねェか。こいつらまとめてオレらの怖さ、体で分からせてやろうゼ!」
イキがって下卑た笑い声を出す男共。この手の手合いは威勢だけはいい。徒党を組んでいると気も大きくなるのだろう。
単独では足元さえ覚束ないジャンキーに過ぎないというのに、ちょっとした武器で誰でも脅せると勘違いしている。
「ハァ。あっきれた。安い挑発しか出来ないクズどもに絡まれてアナタも大変ね」
「ンだとォ。セーラームーンみテェな頭しやがって。ウルセェぞ。ヤられてェか」
「へへへ。オレはこの姉ちゃんみたいなツンデレを犯リテェな。屈服させりゃあさぞ愉快だろうナァ。カワイがってやろうじゃん」
「誰がセーラームーンよ?! もっと知性派に見えないワケ?! アンタたち、クズの上に女を見る目も節穴ね! 自分本位で低劣野蛮な人間だこと」
とうとう我慢出来ず、売り言葉に買い言葉になってしまう。
実はメアリは、誰ともそう衝突することはないのだが、こうして挑発されるとすぐにプツリと何かの線がキレてしまう。故にいつもはそれを爆発させず、外面だけは隙を見せまいと優等生を演じているつもりだが。
「あ、あの・・・・・・! 私なら何でも言うこと聞きますから。何でもいいんです。異常なことが起きてないか、超常現象でも殺人事件でも思いつくこと聞かせてください」
バチバチ火花散る所へ唐突な少女の一言。これには双方とも虚を突かれる。
「あァ? 超常現象だァ。テメェなんだ、ここがイカれちまってる口かい。ヤクの手配がいるなら、然るべき場所でだな」
「ちょちょ、ちょっと待ちなさいよ。アナタ、取材目的っていうよりフィールドワークか何か生業にしてる人なの? それなら――」
少し含みを持たせた発言をメアリが咄嗟にすると、パッと顔を綻ばせる少女。こうして見ると、無気力そうだった暗い瞳が年相応の魅力に映る。
それだけに危ないヤマだと、理性のセンサーがバチリと警告を発していたのだが。
「お話聞かせて下さい。何でもします!」
「そんなに自分を安く売らないの。釣り上げたなら安売りしないで、上手く交渉して相手を意のままに操るのがポイントよ?」
小悪魔っぽく柔和な笑顔を向けるメアリ。
またも八重歯が悪魔のようなアクセントになり、ますます小悪魔なのか小動物なのか判断に困るシュールさを呈してくる。
多分、こういう妙な塩梅が周りの人間をギャップでノックアウトし、メアリの密かな隠れファンを増やす要因となっているのだろう。
「おいおい! 勝手に盛り上がってンじゃねェぞ! ガキどもがよォ。痛い目見ないとわからねェのか。大人をおちょくりやがってクソが!」
メアリは諦めて首を無言で振ると、少女に目で合図し後ろに庇う恰好で回り込む。
男たちも号令を掛けるやいなや、一斉に殴りかかってくる。だが身のこなしで見るからに素人と分かり、メアリはその一瞬で安堵の吐息を漏らしながら、自然と構えを取らずに改めてスッと軽い動作で対処する。
まるで腰の入っていない蹴りを躱し、フラフラ殴り掛かるチンピラの腕を利用し投げ飛ばす。男たちは厚着ではなかったので、体の位置を把握するのも容易かった。
メアリの師匠は体術の達人だ。
である為、メアリはそれを子供の時分から徹底的に叩き込まれている。魔術師もいざという時に肉弾戦が出来るように、と師匠は豪語して憚らない。
ある意味でそれは焼け石に水のような対策だとしてもだ。それだから師匠が幾ら誘っても父は一向に乗り気でない。
そして、受け身も取れないチンピラは痛みでその場に呻いて倒れ込む。
他の奴には、相手がこちらに拳を振り上げた瞬間、ピンポイントで有効な金的で痛烈な一撃を見舞わせる。素早い蹴りは無駄の多い男たちには有効なようだ。
「ウゲェッ!!!!!!」
相当痛むのか、苦悶の表情でのたうち回るのを見て、メアリは失笑してしまう。
こうも脆いと手応えがなさすぎて馬鹿みたいだ。その痛みを直接体験出来ないメアリにとっては、それを見ていると嗜虐心に満ちた笑いが込み上げて仕方ない。
「チクショウ! ふざけやがって! 死にテェならヤってやるよ!」
突然馬鹿の一人が、サヴァイヴァル・ナイフを片手に興奮し始めた。何やら目つきもピクピクと痙攣しており、こいつらも麻薬の常習者だろうとメアリは推測する。
こんな所にも薬物が蔓延しているのか、と別世界に少しクラクラしそう。
(まったく。今日は
フンと鼻を鳴らすやいなや、瞬時に指を向け精確に狙い撃ちの姿勢。
「呪われなさい! Feuern! Zauberkraft auf eines Ziel schnell! (放て!目標へ魔力を素早く! *以下日本語で記す)」
呪文を唱えると、即座に右人差し指の先から、魔力の集まりが男の手にヒット。
するとナイフは地面に叩き落とされてしまい、男はまるで手首が折れ曲がったかのような衝撃となり、先程までの興奮と打って変わって情けない悲鳴をあげる。
喚き声が響くも周囲に人は来ず、その場は凍りついた静けさに包まれている。
「うわああああ!?? ナニしやがったこの
仲間の事などお構いなしに、もたもた這っては一人で情けなく逃げて行った。
(目も当てられない下らなさね。あーあ、魔力の損だったかも)
軽蔑の眼差しをしながらも、メアリの口からは深い呼吸が自然に発せられていた。
「ま、待ってくれ! こ・・・・・・殺されちまう! 殺さないでくれェェェ!!」
地べたに転がるチンピラを踏み潰しそうな態度で見下ろしたかと思うと、すぐに興味を失った後、視線を外し少女へと観察は移る。
そして、一転して少女にニコリと慈悲の微笑みを見せ(取り繕った営業スマイルが逆に少女には怖ろしく感じられた)、さあと冷静な声色のまま背を向ける。
「ここじゃなんだから。ファミレスに行きましょう。〈オーライ・ナウ〉なら落ち着いて話せるわ。何かワケありなら、事情くらいは聞いてあげる。ね♪」
メアリは不器用にウィンクをパチリ。
そうして、何も言わずテクテクと早足で先に進むので、少女も転がっている彼らにチラリと目を遣り躊躇したものの、見失わないように追いかけるしかない。彼らは全員失禁していたが放っておいて大丈夫なのか、という不安は口には出せないままで。
この夜、少女とメアリは出逢い、この町に虚実機関の手が伸びる端緒となった。
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