Chpater1. 魔術師と改人5

 メアリは久生に直近の感情を実直に話すのだった。隠し事は二人の間にはなしという取り決めでもあるし、魔術師である秘密も実は久生とは共有している。

 とはいっても、それは久生が絵理の部屋に来た時に、魔術書の束を隠しきれずに露見したという、単純なミスが発端だったのだが。


 しかしこうやって久生に吐露して整理すると、実際に絵理のことしか自分にはまるで頭にないのが分かる。少しおかしいくらいで笑っちゃうほど。

 ずっと一緒に育ってきた姉妹。凡そ不釣り合いな才能と境遇。

 それを素直ではないメアリは、半ば意地のように姉であるということに縋って、歯を食いしばって走り続けてきた。


 だが本当に浅倉家の魔術師として自分は相応しいのだろうか。父は本来なら家督を妹に譲りたいのではないか。

 そう考えてしまうと絵理にも悪い気がしてくる。絵理に頭首としての役割を任せられるほど、絵理の体は自由ではないから。

 それに絵理にはそんな重荷は背負えないとメアリは思う。絵理は表面では強がるけれど、決して心も強くはないし、姉が彼女よりも優れていると疑う事もない。

 その信念だけは強い心となり、絵理を支えている柱になっているかもしれない。


 時計を見ると三時半。もうこんな時間だ。メアリはサークルの類には所属していないので早々に切り上げ、久生と同じ電車に乗って帰ることにする。

 コートを着ると、まだこの時期はそれほど体に堪えるほどの寒さではない。

 それでも徐々に空模様の暗くなるのは早くなり、紅葉も既に散って久しく、秋とも言えない季節の移り変わりを感じさせる。

 車窓から見える街灯がやけに眩しいのはもう日常そのものだ。

 そうしてホームタウンに戻って来ても、あまり景色は変わらない。なのに何故かやはりホッとする自分をメアリは感じる。


「じゃアタシはこっちだから。あんまり根詰めるなよ。アタシからしたら、オマエだって飛び抜けて優秀だと思うよ。自信持てよ、明里」

「ありがとう。今日は付き合わせちゃったわね。アナタはホントにお節介だけど親身になってくれるから、吐き出すだけで楽になるわ」


 ニカッと久生は元気印の笑顔を見せ、手を振り別れる二人。白い久生の髪も、人込みに紛れるとすぐに分からなくなりそうだ。

 長袖のトレーナーにニット帽の出で立ちでも、遠目ではすぐに身体的特徴など意味をなさなくなる。イヤリングなどここからでは、視認出来るはずもない。


 じゃあ帰りますか、とひとりメアリは駅の脇にある穴場のような立地の喫茶店横を通ろうとする。若干暗くとも人目も周囲にはあり、危険性はほとんどない。とメアリは踏んでいるのだが、今日は違った。

 しかし、メアリは魔術師なので、身を守る術は一般人より豊富に持っている。護身術も師匠から伝授されている。


 そんな狭い通りの影に、彼女は怪訝な光景を目撃してしまう。斜めがけにショルダーバッグ姿で、ボンヤリ突っ立っているメアリが場違いなほどに。

 それに知らず介入して、これからこの物語は始まりを告げることになる。水面下では着々とそれぞれの思惑が動いているのを、誰も知らないままに。

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