Chapter1

Chapter1. 魔術師と改人1

虚実というものに実体はない。

だがそこにこそ本質はある。

本質なき中間体であるという事に。


青森若葉『虚実と完成について』



 浅倉明里あさくらメアリの朝は早い。朝食の仕込みが意外に楽しいのもあるが、毎朝大学に通う前に一つ下の妹、絵理えりの様子を見ているからだ。

 メアリは二回生だが、病弱な妹は家で永年療養中で、安静にしなければならない。

 だが恐らく妹は座学が遥かに優秀だった。学問も魔術のそれも同じように。


 彼女たちの生まれは魔術師の家系にである。

 父親は論文を本家に提出し、会誌にコラムを持つほどなのだが、浅倉家の研究はどうやら父親の代では果たせそうにないらしい。日中は銀行員として働く紳士的な父親の君英きみひでだが、デジタル化の波には生来の機械音痴が災いし、日々苦労の連続だ。


 その父親の影響か、メアリは経済学部に通う。

 同じ大学に通う同級の友人、広瀬久生ひろせひさおが薬学部に進学したように、自分も手に職を付けることを一考したが、やはり魔術師として父を継ぐ想いが強かった。


 この久生という女性に絵理は淡い恋心に似た憧れを抱いている、と本人は無自覚なのに姉のメアリは敏感に察知していた。そんな風に女性から日々ラヴコールを受ける久生を称賛しつつ、絵理と特別仲良くしてくれているのを心からありがたいと思う。


 さて、とメアリは素早く着替えに移る。

 秋口なので白のブラウスの上にブラックレッドのチェックシャツを羽織る。下着はいつも青か赤の色で暖かい生地がお気に入りだ。

 スカートも心の底では好んでいるが、カッコイイと評判の久生よりもクールだと見做されるメアリは、イメージを固定されるのを嫌い、滅多に履かないと決めている。

 それに加え、スカートはどうしても段差のある場所では、下からの視線を常に意識させられる。それがどうにも窮屈で、個人的な意地も手伝ってか毎日メンズのチノパンツを着用する日々に落ち着いた。ポケットが広いのもこれには重宝するポイント。


 実はブランドにも彼女の音楽趣味に由来する好みがあるが、それを彼女は深くは他人に語らない。深い仲の友人には聞かれれば答えるという程度。

 彼女の着こなしはラインがスッキリ際立ち、彼女のスラリとした足も美しく映る。

 ポケットには王冠ロゴがデザインされ、中心にブランドの名前が刺繍されている。


 そんな彼女も、髪型だけは昔妹の絵理が褒めてくれた、ただそれだけの理由で、ずっと幼いと周りから揶揄されてもツインテールで通している。

 二つ縛りにすると、気分が引き締まるジンクスにもいつしかなっていった。

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