刻みネコ③
「やべー!マジ旨い!マジでプロの味!これ最強に旨い!」
孝は大きな声でそう言って私の作った料理を美味しそうに食べている。最強というのは孝がよく使う誉め言葉だ。
最上級の何かを表現する時に孝は必ず最強と言う。
最強に速い、最強に面白いなど、孝にとって最強こそが一番の誉め言葉なのだ。前に孝が最強に速いと言った時に私が「それは最速じゃない?」と指摘したところ、孝は当たり前の様に「今回の場合は最速よりももっと上だから最強に速いんだよ」と答えた。
孝は群を抜いて優れた何かを表現する際に敢えて最強のという言葉を付加し、それによってより強調しているらしい。
その孝が私の手料理を最強に旨いと言ってくれたのはつまりそういうことだ。
「ふふ、ありがと」
「いやいやこっちこそありがとう!マジで旨い!いつも最強に旨いけど今日のは最強のレベルを更に押し上げたよ!」
「ナニソレ?ってことは前のは最強じゃなかったってこと?」
「違う違う。例えるなら富士山が一先ず日本の最高峰だと思っていたらもっと高い山が急に出てきちゃったみたいな感じ」
「いやそれもイミワカンナイ。けど、誉めてくれているのは伝わってるよ」
「それならよかった」
孝は炒飯をおかわりし、麻婆餃子を二十個近く食べた。
よく食べる人は料理する甲斐があって好きだ。
夕食を食べ終わって少し経った頃、私が孝にある提案をしようとした時、不意に孝が口を開いた。
「そうだ凛々、帰る前に少しだけシェアルームにしてみない?人か来るかどうかはわからないけどさ」
それは私が提案しようとしていた事と全く同じ提案だった。
私達は後一時間程度はここで呑む予定だったため、私はその最後の時間をシェアルームにしてみようと思っていた。それを孝が先に言ったのだ。
「それ、今言おうと思ってたとこ」
それから十五分ほどたった頃、私達が利用しているこの部屋に客が来た。客はサラリーマン風の二人組だった。
尤も、私達もこの店の客なのだから彼らを客というのはおかしな気もするが、私達からすれば彼らは来客であり、彼らからすれば私達は先客なのだからお互い様だ。
「あ、こんばんは。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「お二人はカップルですか?邪魔してすみませんね」
「いえいえ、シェアルームにしているのですから大歓迎ですよ。といってもそろそろ帰る予定なのでお付き合い出来る時間が短くて申し訳ないですが」
孝の言葉に二人は揃って「いえいえ」と答えた。束縛や引き留めをしない。それもまた自由食堂のいいところだ。通っていれば顔馴染みになることはあるだろうけど、基本的には友人ではない客同士の関係を保つ。だからこそ、ここの客は互いを尊重し合えるいい距離感がある。
ところで、彼らは一駅先にある会社の同僚らしく、大分前から時たまここへ来ている常連客だった。
背が高いやせ形の坂上さんと、中肉中背に見えて趣味の筋トレにより体脂肪率一桁の中田さん。
二人はとても人当たりがよく、
私達は互いに名乗り、必要最低限の挨拶を交わした後で乾杯した。
そして、彼らが来てからの一杯目を呑み干し、二杯目を呑んだら帰ると二人に告げた時だった。
「もしよかったら俺のカクテル呑んでみません?これでも学生時代はバーテンのバイトしていたんですよ」
「おい坂上、お前それ言っちゃダメなやつだろ」
中田さんの的確なツッコミに全員で大笑いした。坂上さんは現在四十代後半らしいのだが、中学を卒業してから大学に掛けての十代後半の頃に学校の先輩の更に先輩の店でバーテンとしてアルバイトしていたという。
二人によると既に減り始めていたらしいが、それでも当時はまだ坂上さんの様な人が三十年ほど前の世間にざらにいたというのだからなんとも言えない。
この話をしていた時の二人は「明らかに風営法に引っ掛かるが、他人の金を盗ったりヤバい仕事をするくらいならうちで働けばいいという先輩も多くいてそれなりに規律があった。今みたいに上も下もやりたい放題ではなかったよ」と寂しそうに笑っていた。
それはさておき、坂上さんのバーテンとしての腕は確かだった。
大学を卒業して今の会社に入ると同時にアルバイトは辞めたものの、カクテル作りは奥さんとの出会いのきっかけでもあるから未だに趣味で続けていると語った坂上さんは、まるで少年の様な
ちなみに、坂上さんはXYZというカクテルを作ってくれた。
私が「最後の一杯に最適な名前ですね」と感心した一方で、孝は「あの漫画にも出てきたカクテルですね!」と喜んでいた。余談だが、坂上さんと中田さんもその漫画を知っているらしく、私だけが知らないという悔しい様な寂しい様な感覚だった。
そのカクテルを呑み干してから十分後くらいに私達は予定通りに帰った。
別れ際に互いに言った「またね」という言葉が何だか嬉しかった。
私と孝はまたこの自由食堂に来ることを決めた。
人のぬくもりを感じるこの店に…
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