刻みネコ②

 パチパチと油の跳ねる音が響いている。

 私はこの音が好きだ。

 料理は目で楽しみ、鼻と口を通じて味わう物と言われているが、私の実家では料理は耳でも楽しむ物と教えられた。

 私の実家は祖父の代から続く中華料理屋だ。

 中華料理と言えば油。油の跳ねる音は聞く者の食欲を刺激し、想像を生む。

 油の跳ねる音だけではない。料理中の音というのは特別だ。その音は様々なを生む。音に由ってどんな料理を作っているのかを想像させ、それにより味をも想像させてしまう。

 料理は味覚や嗅覚だけでなく視覚はもちろん聴覚でも味わえるのだ。


 一番乗りで来店した私達は八畳ほどの部屋を選択し、私達はそこを一先ずプライベートルームとして二人きりの時間を楽しむことにした。それから三十分くらいしてから私は自由食堂へ来た目的である料理を開始した。

 事前にたかしから出ていたリクエストで今日作るのは中華スープと麻婆餃子と炒飯に決まっていた。

 美味しい炒飯を作るのにはどうしても高火力が必要だった。もちろん一般家庭の火力でも作れるが、私のの炒飯を作るためには高火力でなくてはならない。

 まだ二度しか来ていないので全ての部屋のキッチンを確かめたわけではないが、前回の部屋も今回の部屋も自由食堂のキッチンはとても充実している。恐らく仕込みが必要のない範囲ならばほとんど何でも作れると言っていいだろう。仕込みに時間がかかる物となると流石に作れないが、会員になっておけば高い技術が必要な仕込みでなければ事前に予約する事で準備しておいてくれるらしい。例えば生魚を捌けない人のために切り身を用意する事も可能らしい。

 私は捌けるが、捌けない人にとってはありがたいと思う。切り身で買ってくるよりも使う前に捌いた方が新鮮で美味しいのは間違いない。

「いい音。実は俺、この餃子の焼ける音がすごく好きなんだよね」

「ふふ、私もこの音好き。って言うのかな?なんか聞いているだけで美味しそうだよね」

「あー、早く食べたい」

「これはもうすぐ出来るけど、次は炒飯作らないといけないから少しだけ待ってて」

「わかってるって。炒飯と一緒に食べたいから待ってるよ。その音聞いてたらまた呑みたくなって来た…でも今日は凛々の手料理を食べに来たから凛々の前に作り置きは食べたくないしなあ」

「あら?私は気にしないわよ。まだ作り置きが何があるのか確かめてないから何があるのか見てみてよ」

「いや、いいよ。今から作るよ」

「アレ?アレってどれ?」

「ん?これとこれを使う料理」

 そう言った孝の手には長ネギと袋詰めの塩昆布があった。どうやらアレを作るらしい。

「ふーん。今日はそれなのね。えっと…なんだっけ?」

「何って料理名?えーっとボウルボウル…」

 孝は長ネギを持ったままボウルを探して彷徨いている。長ネギを持ったままなのが妙に間抜けでかわいい。

「そ。孝が付けるヘンナ料理名。今日のやつはネコ何とかだよね?そっちの棚にガラスボウルが入ってるよ。あ、ネギ切ろっか?」

「自分でやるから大丈夫だよ。おっ?本当にあった。事前に調べたの?」

「まあね。料理する前に何があるか確かめないとね」

「ふーん…つかヘンナ料理名ってひどいな。端的で分かりやすい名前にしているのに」「だってヘンじゃん。料理名に半殺しとかネコ何とかっておかしいよ」

「ネコ何とかじゃなくてな。ネコが後だから」

「そうそう刻みネコだった。そのネーミングセンスは絶対おかしい。というかネコを刻むみたいで普通なら命名するのにちょっと躊躇ためらうんじゃないかしら?」

「そう?そんなもんかなあ…さてと、ネギ切るか」

「大丈夫?切れる?」

「……いじるのやめてくれ」

 孝は拙い手付きでネギを刻み始めた。

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