古墳時代の武蔵野

信仙夜祭

放浪の旅

「はぁ~」


 今私は、目の前にそびえ立つ山を見て、ため息を吐いていた。

 仕事で失敗したからと言って、『100年前に出て行った奴らの状況を確認してこい』はないと思う。


「くたばってるに決まってるだろうに……」


 まあ、体の良い厄介払いなのだろう。

 それならば、私もあの都に留まる理由などない。

 新しい村を見つけて、移住したいと思う。

 できるだけ、あの都から遠くに行こう。

 もう二度と関わり合わないために……。

 硬く決意して、山へ入る。


 山の稜線に沿って進んで行く。

 理由は単純だ。水を得るためである。

 今は、種を蒔く時期である。季節的には一番良い。これから雨の時期を経て、日が長くなる時期へ移って行くであろう。

 今の内に進めるだけ進んで、新しい村を見つけたい。

 そして、できれば定住したい。

 放浪の旅など時間の無駄だ。畑を作り種を蒔きたい。西の方から伝わって来た"栽培"という技術を、私は持っている。

 種も持参して来た。きび、あわ、ひえ等、森に自生している物だが、纏まった量を収穫できるとなると、冬を越せる人数が大きく変わる。

 そして、米だ。西の国では主食になっているらしい。私みたいな身分の低かった者には、大した量は食べられなかったが、とても美味しい。

 この技術を披露して、新しい村では私が権力を握ってやろうと思っている。


「……そろそろ、晩飯の用意をするか」


 今は、未開の土地を進んでいる。

 森に入れば、動植物は多い。

 耳を澄ませる……。ガサガサという音が聞こえる。

 その方向を見ると、兎の耳が見えた。

 私は、鉄製のナイフを抜いた。





「ここは、狭いが平地があるのか……」


 もう、何日歩いているのかさえ不明だ。戻ることも出来ないであろう。

 だが、新しい発見もあった。山の中に、平地を見つけたのだ。ただし、誰もいない。


「川が流れていれば、良い土地なのにな……」


 治水工事と言って、川の整備に駆り出されたことがあったな。

 あれは、大変な作業であった。

 しかし、誰もいなのであれば、留まる理由はない。

 私は、未開の地をさらに奥へと進んだ。


「また、山か……」


 左右対称の美しい山が、目の前にそびえ立っている。山の麓の森も深い。

 経験で知っている。あんな、大森林に足を踏み入れれば、方向が分からなくなり、抜け出せなくなるだろう。

 そして、人が住んでいる可能性など、まずありえない。


「うん。迂回しよう」


 川を見つけたので、下流方向に進んだ。すると、海が見えた。

 しかし、本当にこの先に人が住んでいるのであろうか?

 100年前に移住したとか言っていたが、それすら怪しい。

 草の上に横になる。


「ここまで、住めそうな土地はあったのだが、人は住んでいなかった。いや、住んでいたのかもしれないが、噴火でもあったのだろうな。あの高い山が噴火したら、この辺は大惨事であろう」


 噴石と思われる石を掴み、手で転がしてみた。

 目的地が見えない旅。そして、誰もいない。一人だ。

 やる気が出るはずもない。

 だが、タイムリミットはある。雪の降る季節になったら終わりだ。それまでに、定住できる場所を見つけなければならない。


「さて、行くか……」


 私は、歩を進めた。





「……なんだこれは?」


 どれだけの日数が経ったかは分からないが、今は森に多くの実りのある季節になっていた。

 海岸線を進み、とても広い平地に出た。ただし未開の地だ。背丈よりも高い草が生い茂っている。

 そのまま進んだのだが、そこで、思わぬ物が目に入った。

 そして、私の目の前には、大きな集落が広がっていた。

 一面に広がる、金色の畑……。

 古墳も見える。

 昔、住んでいた都と呼ばれる集落を彷彿とさせた。


「なぁんだ~、おめぇは~。何処から来たんじゃ~?」


 声をかけられた。

 言葉も通じる。少し訛っているが、コミュニケーションは可能であろう。

 私は、今までの経緯を説明して、集落への滞在を求めた。



「ふむ~。西から来たのか~」


 今は、村長宅と思われる建物で取り囲まれていた。

 話を聞くと彼らの祖先は、湧水を見つけてここに集落を作ったのだそうだ。そして、私みたいな放浪者が次々に集まり、一大集落にまで発展したのだとか。

 この集落は、治水工事まで行われており、稲作も行われていた。そして、古墳まで作られている。

 技術面で、私の優位性はなにもないほどの発展を遂げていたのだ。


 私は、自分の技術をアピールしたのだが、どれも彼らは知っていた。いや、私の知らない技術まで持っていたのだ。

 私は確かに田舎者だったのだが、都で働いていた経験もある。こんな、遠くの土地でここまで発展している集落に出会うとは、思ってもみなかった。


「なぜ、西と交流しないのですか?」


「あ~、途中に大きな山あっただろう~? あの山が噴火してな~。麓に住んでた奴らがここに逃げて来たんだ~。それと、山を越えるのが面倒でもある~」


 道を寸断された? いや土地を捨てなければならなくなった?

 確かに、あの山が噴火したら大災害となるであろう。


「それにな~、争いが嫌なんだよ~。西の奴らは、戦争ばかりでな~。知られずに平和に過ごしたいと言うのが本音だ~」


 ……暗に私は帰さないと言っている。

 私が、大きく息を吐き出すと、全員が笑った。

 これで、私の移住先が決まった。





 もう何年過ぎただろうか?

 毎日が平和だった。冬場も食べ物を分け合って、餓死者も出なかった。

 西の都では、権力争いにうんざりしていた私には、この平等な集落は理想的と言える。

 ここに移り住んで良かったと思えた。


「さて今日も頑張るか」


 そう思った時であった。

 地面が揺れた……。


 その後、大きな音と共に、大気が揺れた。

 遠くに見える、あの高い山が噴火したのだ。噴煙と火柱が見える。

 空が、黒い雲で覆われて行く。


「ここまで被害は来ますか?」


 私は、この集落で生まれ育った人に聞いてみた。


「さあなぁ~。前回の噴火はかなり昔だ~。誰も知らんのよ~」


 大丈夫だろうか?

 夜中になっても、音は静まらなかった。そして、それが起きる。

 私の家の屋根が吹き飛んだのだ。

 私は、慌てて家から飛び出る。

 そして、集落の光景に驚いてしまった。


「空から、燃える石が降っているのか?」


 火災が広がって行く……。


「逃げなければ……」


 だが、何処に?

 自問自答している暇はない。

 集落の村民も、王族さえも右往左往している。

 私は、昔この光景と近い状況に陥ったことがある。昔住んでいた都近くで噴火があったのだ。

 まあ、ここまで酷い状況ではなかったが……。

 とにかく私は、森へ入るべく走った。

 数人が付いて来てくれた。とりあえず、風向きを気にして噴石を避けるルートを模索する。

 結果的に北の草原に辿り着くと、噴石の被害は避けられた。


「他の皆は、大丈夫だろうか?」





 何日も続いた噴火も収まった頃、私達は元集落跡に向かった。

 他の村民も同じであったらしい、元集落跡に皆が戻って来ていた。


「もっとあの山の遠くに集落を作るか~。ここは、水も綺麗だし豊富だったので住みやすかったが、埋まっちまったしな~」


「俺は、北に行く~」


「なら、俺達は東だ~」


 こうして、この集落は解散となってしまった。



「何処に行きますか~?」


 行動を共にしていた人に聞かれた。

 少し考えて、こう答えた。


「西以外の……、どこかに集落があるはずです。そこまで行き迎え入れて貰いましょう」


 また、放浪の旅の始まりである。

 だが、私の隣には愛する人がいる。そして、背後には私を慕ってくれる人が続いている。

 もう一度、始めからだが、前回とは異なる。


 私は孤独ではないのだから。

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