古墳時代の武蔵野
信仙夜祭
放浪の旅
「はぁ~」
今私は、目の前にそびえ立つ山を見て、ため息を吐いていた。
仕事で失敗したからと言って、『100年前に出て行った奴らの状況を確認してこい』はないと思う。
「くたばってるに決まってるだろうに……」
まあ、体の良い厄介払いなのだろう。
それならば、私もあの都に留まる理由などない。
新しい村を見つけて、移住したいと思う。
できるだけ、あの都から遠くに行こう。
もう二度と関わり合わないために……。
硬く決意して、山へ入る。
山の稜線に沿って進んで行く。
理由は単純だ。水を得るためである。
今は、種を蒔く時期である。季節的には一番良い。これから雨の時期を経て、日が長くなる時期へ移って行くであろう。
今の内に進めるだけ進んで、新しい村を見つけたい。
そして、できれば定住したい。
放浪の旅など時間の無駄だ。畑を作り種を蒔きたい。西の方から伝わって来た"栽培"という技術を、私は持っている。
種も持参して来た。きび、あわ、ひえ等、森に自生している物だが、纏まった量を収穫できるとなると、冬を越せる人数が大きく変わる。
そして、米だ。西の国では主食になっているらしい。私みたいな身分の低かった者には、大した量は食べられなかったが、とても美味しい。
この技術を披露して、新しい村では私が権力を握ってやろうと思っている。
「……そろそろ、晩飯の用意をするか」
今は、未開の土地を進んでいる。
森に入れば、動植物は多い。
耳を澄ませる……。ガサガサという音が聞こえる。
その方向を見ると、兎の耳が見えた。
私は、鉄製のナイフを抜いた。
◇
「ここは、狭いが平地があるのか……」
もう、何日歩いているのかさえ不明だ。戻ることも出来ないであろう。
だが、新しい発見もあった。山の中に、平地を見つけたのだ。ただし、誰もいない。
「川が流れていれば、良い土地なのにな……」
治水工事と言って、川の整備に駆り出されたことがあったな。
あれは、大変な作業であった。
しかし、誰もいなのであれば、留まる理由はない。
私は、未開の地をさらに奥へと進んだ。
「また、山か……」
左右対称の美しい山が、目の前にそびえ立っている。山の麓の森も深い。
経験で知っている。あんな、大森林に足を踏み入れれば、方向が分からなくなり、抜け出せなくなるだろう。
そして、人が住んでいる可能性など、まずありえない。
「うん。迂回しよう」
川を見つけたので、下流方向に進んだ。すると、海が見えた。
しかし、本当にこの先に人が住んでいるのであろうか?
100年前に移住したとか言っていたが、それすら怪しい。
草の上に横になる。
「ここまで、住めそうな土地はあったのだが、人は住んでいなかった。いや、住んでいたのかもしれないが、噴火でもあったのだろうな。あの高い山が噴火したら、この辺は大惨事であろう」
噴石と思われる石を掴み、手で転がしてみた。
目的地が見えない旅。そして、誰もいない。一人だ。
やる気が出るはずもない。
だが、タイムリミットはある。雪の降る季節になったら終わりだ。それまでに、定住できる場所を見つけなければならない。
「さて、行くか……」
私は、歩を進めた。
◇
「……なんだこれは?」
どれだけの日数が経ったかは分からないが、今は森に多くの実りのある季節になっていた。
海岸線を進み、とても広い平地に出た。ただし未開の地だ。背丈よりも高い草が生い茂っている。
そのまま進んだのだが、そこで、思わぬ物が目に入った。
そして、私の目の前には、大きな集落が広がっていた。
一面に広がる、金色の畑……。
古墳も見える。
昔、住んでいた都と呼ばれる集落を彷彿とさせた。
「なぁんだ~、おめぇは~。何処から来たんじゃ~?」
声をかけられた。
言葉も通じる。少し訛っているが、コミュニケーションは可能であろう。
私は、今までの経緯を説明して、集落への滞在を求めた。
「ふむ~。西から来たのか~」
今は、村長宅と思われる建物で取り囲まれていた。
話を聞くと彼らの祖先は、湧水を見つけてここに集落を作ったのだそうだ。そして、私みたいな放浪者が次々に集まり、一大集落にまで発展したのだとか。
この集落は、治水工事まで行われており、稲作も行われていた。そして、古墳まで作られている。
技術面で、私の優位性はなにもないほどの発展を遂げていたのだ。
私は、自分の技術をアピールしたのだが、どれも彼らは知っていた。いや、私の知らない技術まで持っていたのだ。
私は確かに田舎者だったのだが、都で働いていた経験もある。こんな、遠くの土地でここまで発展している集落に出会うとは、思ってもみなかった。
「なぜ、西と交流しないのですか?」
「あ~、途中に大きな山あっただろう~? あの山が噴火してな~。麓に住んでた奴らがここに逃げて来たんだ~。それと、山を越えるのが面倒でもある~」
道を寸断された? いや土地を捨てなければならなくなった?
確かに、あの山が噴火したら大災害となるであろう。
「それにな~、争いが嫌なんだよ~。西の奴らは、戦争ばかりでな~。知られずに平和に過ごしたいと言うのが本音だ~」
……暗に私は帰さないと言っている。
私が、大きく息を吐き出すと、全員が笑った。
これで、私の移住先が決まった。
◇
もう何年過ぎただろうか?
毎日が平和だった。冬場も食べ物を分け合って、餓死者も出なかった。
西の都では、権力争いにうんざりしていた私には、この平等な集落は理想的と言える。
ここに移り住んで良かったと思えた。
「さて今日も頑張るか」
そう思った時であった。
地面が揺れた……。
その後、大きな音と共に、大気が揺れた。
遠くに見える、あの高い山が噴火したのだ。噴煙と火柱が見える。
空が、黒い雲で覆われて行く。
「ここまで被害は来ますか?」
私は、この集落で生まれ育った人に聞いてみた。
「さあなぁ~。前回の噴火はかなり昔だ~。誰も知らんのよ~」
大丈夫だろうか?
夜中になっても、音は静まらなかった。そして、それが起きる。
私の家の屋根が吹き飛んだのだ。
私は、慌てて家から飛び出る。
そして、集落の光景に驚いてしまった。
「空から、燃える石が降っているのか?」
火災が広がって行く……。
「逃げなければ……」
だが、何処に?
自問自答している暇はない。
集落の村民も、王族さえも右往左往している。
私は、昔この光景と近い状況に陥ったことがある。昔住んでいた都近くで噴火があったのだ。
まあ、ここまで酷い状況ではなかったが……。
とにかく私は、森へ入るべく走った。
数人が付いて来てくれた。とりあえず、風向きを気にして噴石を避けるルートを模索する。
結果的に北の草原に辿り着くと、噴石の被害は避けられた。
「他の皆は、大丈夫だろうか?」
◇
何日も続いた噴火も収まった頃、私達は元集落跡に向かった。
他の村民も同じであったらしい、元集落跡に皆が戻って来ていた。
「もっとあの山の遠くに集落を作るか~。ここは、水も綺麗だし豊富だったので住みやすかったが、埋まっちまったしな~」
「俺は、北に行く~」
「なら、俺達は東だ~」
こうして、この集落は解散となってしまった。
「何処に行きますか~?」
行動を共にしていた人に聞かれた。
少し考えて、こう答えた。
「西以外の……、どこかに集落があるはずです。そこまで行き迎え入れて貰いましょう」
また、放浪の旅の始まりである。
だが、私の隣には愛する人がいる。そして、背後には私を慕ってくれる人が続いている。
もう一度、始めからだが、前回とは異なる。
私は孤独ではないのだから。
古墳時代の武蔵野 信仙夜祭 @tomi1070
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