第五夜 噛みつかれた話
「お昼ご飯、一緒に食べませんか?」
と尋ねてきたAに対し、Bは愛想笑いを返した。AとBは職場の同僚同士である。そして、BはAの事が若干苦手であった。
というのも、Aは決して悪い人ではないのだが、仕事の失敗が多く、良く上司に怒られており、そのしわ寄せがいつもBに来るからである。
しかしながら、苦手だからと言って、一緒に食べたくないなどと言えるはずもなく、仕方なくBはAと共に食堂に向かった。
食事中、基本的にAが一方的に喋り、それをBが聞くという形で会話が進んだ。その中で、Aの飼っているペットの話題になった。
「私、実はペット飼っているの。名前は、アイちゃんって言うんだけど。これ、写真。可愛くない?」
「へっ、へぇー……」
Bが微妙な反応を返したのも無理はない。何故なら、Aのペットは、結構大きなサイズの蛇であったからである。
Bは、余り爬虫類が好きでは無かったので、その写真を見て内心気持ちが悪いと思っていた。
そんなBの心情を知ってか知らずか、AはBに他の写真も見せつけてきた。Bはなるべく写真の方に目を向けないようにしながら、とりあえず相槌を打った。
さて、Aは蛇自慢をひとしきり終えた後、
「あーあ。うちの上司、ウザいなぁ。いつも細かいことで起こってくるし、会社に来なくなればいいのに。それにさぁ……」
と、上司の愚痴を言い始めた。本当はAに原因がほとんどあるのだが、Bはそれを指摘すると面倒な事になると思い、その愚痴を聞き流した。
それから、数日後上司が無断欠勤した。更に数日後自宅で遺体になって発見されたという、突然の訃報が会社に舞い込んできた。噂によれば、首に薄い鱗のような模様がある状態で見つかった、とされていた。
Bはその話を聞いたとき、なんとなくAのペットの蛇の事を思い出し、さりげなくAのデスクの方に目を向けた。そこには、身近な人間が死んだ時にふさわしくない笑みを浮かべるAの姿があった。
そんな様子のAに対しBが暫く疑惑の目を向けていると、Aと目が合った。Bはまずいと思い、すぐに目を逸らしたが、Aの双眸はBの方をずっと向いていた。
そして、その日の夜Bがお風呂に入っていると、ふと太ももの内側に鋭い痛みが走った。お風呂から上がって恐る恐る確認すると、血こそ出ていなかったものの、そこには蛇に噛まれたような跡がくっきりとついていた。
Bは、余計な事はするなと遠回しに言われたように感じ、恐怖を覚えた。
次の日、Bは少し怯えながら会社に行った。すると、Aに話掛けられた。Bは、怯えていることを悟られまいと精一杯の笑顔で
「どうしたの、A?何か用事?」
と尋ねた。すると、AはBに負けないくらいの笑みを浮かべてこう言った。
「ねぇ、昨日私の方、見てたでしょ。」
と。そして、Aの首元にはうっすらと鱗模様が見えた。
Bは、次は自分だと本能で感じ取った。
この出来事から間もなく、Bは会社を辞め、Aと物理的に距離を置くことを選んだのであった。
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