第七章 十一話 「最後の希望」

 ただ来た道を戻るだけでは敵に待ち伏せされている……。


 正体は未だ分からないものの、二次退路の存在まで察知してアンブッシュしていた襲撃者達の性格からそう判断した幸哉達は残り少ない人数でエジンワを護衛しつつ、道無きジャングルの中を突っ切り、十分ほどかかってようやくセーダの街へと繋がる国道の一つに辿り着いたのであった。


「止まれ!止まれ!」


 タイミング良く現れた民間人の車を止めるため、護衛の輪から離れたヤンバが銃床を切り落とした五六式自動小銃を空に向けて発砲する。しかし突然現れた軍服姿の男達に民間人は自分の命の危険を感じたのか、乗っていたメルセデス・ベンツ300SDを加速させてその場から逃げ去ろうとした。


(くそ!手段は選べないか……!)


 心中でそう毒づいた幸哉はヤンバの体を避け、高速で走り去ろうとしていたメルセデス・ベンツの運転席に向けて五六式自動小銃を発砲した。


 体に直撃はしなかったものの、窓ガラスを突き破って襲ってきた数発の銃弾に恐れをなし、車を捨てて逃げ出した民間人が放棄したメルセデス・ベンツ300SDにエジンワに肩を貸した二人の親衛隊兵士が乗り込み、更に運転席にヤンバが乗り込むのを確認した幸哉は続いて運悪く自分達のもとへと道を走ってきてしまった二両の車両を止めた。


 一両は日本製普通車のホンダ・シビックAT、もう一両は車種不明だが、側面のスライドドアに"中山福祉事務所"と記されたハイエースだった。


「乗れ!乗れ!急ぐぞ!」


 急かすエネフィオクに背中を押され、幸哉がシビックの後部座席にエネフィオクとともに乗り込むと、運転席には親衛隊兵士、助手席にはオルソジが乗り込んだ日本製の普通車はアクセルを全開にふかして、先に出発したメルセデス・ベンツを追い始めた。


「くそ……、二次退路まで先回りしやがって、奴ら一体何者なんだ!」


 後方からは二人の解放戦線兵士が乗り込んだハイエースが追随する中、想定外に継ぐ想定外の襲撃で多くの仲間を一瞬にして失ったエネフィオクは悪態をつきながら、弾切れになったFN MAGを脇に押しやると、助手席のオルソジから銃床を折り畳んだベクターR4を受け取った。


 完全に逃げ場を失い、窮地に追いやられた状況だったが、他に車の無い道を全速で疾走して揺れるシビックの後部座席で一つの事実を思い出した幸哉は前方の車両に乗るヤンバと繋がっている小型無線機の回線を開いたのだった。


「少佐!三次退路です!あれを使いましょう!」


「三次退路?何を言っている!このまま、陸路で離脱するぞ!」


 無線機から返ってきたヤンバの怒声に幸哉は怒鳴り返した。


「それではすぐに敵に追い付かれます!着陸地点で我々に話しかけてきた私有飛行機の男を使いましょう!」


「しかし……!」


 既に厳重な包囲網を敷いていると思われる襲撃者達を出し抜き、街の外へと出る方法は幸哉が提案した策以外には無かったが、余りにも型破りな提言にヤンバは数秒の間、沈黙した。


「少佐!ご決断を……!」


 無線機の向こうで沈思し、返事を返さない上官に対して、幸哉が急かした瞬間だった。


 小さな車体を震わす激震とともにシビックの後部ガラスが間近で生じた衝撃波により、幸哉達のすぐ後ろで粉々に弾けたのだった。


「何だ!くそ!」


 悪態を吐くエネフィオクとともに幸哉はガラスの割れた後方を振り返った。その視線の先では車体後部を失ったハイエースが損傷部位から炎を吹き上げ、左右に揺れながら何とか走行していた。


「まだ追い掛けて来ていたのか!」


「くそ!」


 お互いに悪態をついた幸哉とエネフィオクの目の前で二発目の対戦車ロケット弾が白煙の尾を引きながら飛翔し、車体の半分を失ってもどうにか走り続けようとしていたハイエースの助手席に直撃した。


 ロケット弾が腹に突き刺さり、内臓の中で炸裂した助手席の兵士は言わずもがな、すぐ間近で爆発の炎と破片の洗礼を受けた運転席の兵士がハイエースの車両ともども紅蓮の炎の中で粉々になるのを眼前で目撃した幸哉とエネフィオは各々の銃の薬室に初弾を装填すると、姿勢を低くした状態で窓ガラスの割れた後方に向けてアサルトライフルを構えた。


「来るぞ!」


 エネフィオクがそう叫んだ瞬間、後部座席の陰に身を伏せ、構えた五六式自動小銃の照門と照星の先を睨んでいた幸哉の視界の中で燃え上がりながら横転したハイエースの車体を押し退けて、二台の小型車両が飛び出してきた。


「ランドローバーか!」


 追撃してきた車両が厄介な装甲車ではなかったことに一瞬安堵した幸哉達だったが、そんな生温い感情など刹那の内に打ち破る勢いで凄まじい量の機銃掃射がシビックに対して撃ち込まれた。


「うっ!」


 防弾性能など無い民間車両に数十発の機銃弾が荒れ狂った直後、運転手の兵士が悲鳴をあげ、後方を向いている幸哉の背中に温かい液体が飛び散った。


(くそ!殺られたか!)


 後方から撃ち込まれた機銃弾の数発がシートを貫いて肺と心臓を貫通した運転手の死を振り向くまでもなく確信した幸哉が心中に毒づいたのと同時にハンドル操作を失ったシビックATは左右に大きく揺れ始めた。


「オルソジ!運転を変われ!」


 機銃弾が荒れ狂う中、後方から追撃してくる車両に対してベクターR4を単連射しながら叫んだエネフィオクの言葉に従い、助手席のオルソジがハンドルを握りながら、死体の座る運転席に半身を入れた。


「くそ……、こんなの……!」


 邪魔になる親衛隊兵士の死体を運転席の扉を開け、外に放り出したオルソジが悪態を吐きながら運転席に座る中、幸哉とエネフィオクは交互に弾倉交換をしながら後方に向けて銃撃を行った。


(追ってくるのは二両。一両は銃架に機銃付き、もう一両は……)


 追撃してくる二両のランドローバーを、五六式自動小銃を発砲しながら分析していた幸哉がそこまで考えた瞬間だった。


 今度は車体がコンクリートの道路から浮かび上がるような激震とともに鼓膜を突き破る鋭い爆発音が幸哉達の後方、逃走する車両の前方で轟いたのであった。


「ああ……、くそ……!」


「何だ、この爆発は!」


 ハンドルを操作し、車体の振動を抑えながら毒づいたオルソジの方をエネフィオクと幸哉が同時に振り向いた。


 シビックの天井に瓦礫のような飛散物が大量に降り落ちてくる中、弾痕だらけになったフロントガラスの向こう、先頭を走るメルセデス・ベンツの更に前方では大きな爆発の土煙が立ち昇っていた。


「砲台か?新たな待ち伏せか?」


 六九式ロケットランチャーのものより一段と大きい爆発にエネフィオクは新たな襲撃者の存在を予想して毒づいていたが、幸哉の方は追撃してくる敵車両を冷静に分析していた。


 追手のランドローバーは二両とも幌布を取り去っており、一両は機銃架に搭載したFN MAGを掃射していたが、もう一両は全く銃撃してくる様子は無い。


「後ろのランドローバーの荷台に迫撃砲が積んである……!」


「は?そんな訳ないだろ!あんなところから撃ったって……」


 幸哉の推察にエネフィオクが反論しようとした瞬間、追撃してくる二両の内、後方につくランドローバーの荷台の陰から白煙のようなものが立ち昇った。


「くそ……!まさか本当に……!」


 FN MAGの機銃掃射を撃ち込んでくるランドローバーに反撃の銃撃を放ちつつ、エネフィオクが悪態をついた次の瞬間、後方のランドローバーの荷台に設置されたオードナンスML三インチ迫撃砲から最大仰角に近い角度で発射された砲弾がエジンワ達の乗るメルセデス・ベンツ300SDの五十メートルほど前方で炸裂し、地面を爆発の衝撃波が捲り上げた。


「馬鹿め!動く車の上からあんなもの撃っても当たるもんか!」


「でも、当たれば一撃で殺られるぞ!」


「そんなことはお前に言われんでも分かっている!援護しろ!」


 幸哉にそう叫んだエネフィオクは日本人青年が撃ち込む銃撃に敵の機銃手が怯んだ瞬間、自身の戦闘服に取り付けていたF1手榴弾の安全レバーを外すと、ガラスの割れた後方へと投げつけた。


 安全装置を外した後、敢えて一秒半置いて後方へと投げられたレモン状の手榴弾は時速百キロメートル以上の速度で走るシビックの車内から放り出されると、固いコンクリートの上で何度か反跳し、一両目のランドローバーの車体の下を潜った後、ニ両目のランドローバーの車底に潜り込んだ瞬間、起爆した。


 小型とはいえ、手榴弾が運転席の真下で炸裂したランドローバーは爆発に突き上げられるかのようにして車体を爆炎の中に浮かせると、次の刹那、荷台に満載していた八十一ミリ迫撃砲弾を誘爆させて粉微塵に吹き飛んだ。


「よし!やったぞ!迫撃砲を……、おわっ!」


 一際大きな爆発を起こして消え去った敵車両を見て勢いづいたエネフィオクだったが、もう一両の追撃してくるランドローバーの荷台から撃ち込まれた機銃掃射がその歓声を掻き消した。


「くそ!あいつを殺らない限り、逃げ切れないか!」


 既に数百発の機銃弾を受け、片方の後輪をパンクさせていたが、何とか走っていたシビックの後部座席で幸哉は敵の機銃掃射に負けない怒声で叫んだ。


「オルソジ!グレネードランチャーを!」


 運転に集中してはいたが、オルソジは仲間の緊迫した声に携帯していたコルトM79をハンドルから手を離した左手で後部座席へと投げ込んだ。


 受け取ったグレネードランチャーの中折れ式銃身を展開させ、薬室の中に最後の一発となる四十ミリ弾が装填されていることを確かめた幸哉は隣のエネフィオクに叫んだ。


「決着をつける!援護を頼む!」


「任せろ!」


 幸哉にそう返答し、ベクターR4を三十メートルほど離れた敵車両に向けて撃ち込んだエネフィオクの銃撃は揺れる車内からの射撃だったが、正確にランドローバーの機銃手の脳天を貫いた。


「今だ!」


 機関銃手を失った追撃車両の乗組員達が反撃するよりも先に幸哉は後部座席の陰から身を乗り出すと、追撃してくるランドローバーに向けて一瞬で照準をつけたコルトM79の引き金を引き切った。


 軽い破裂音とともに筒状の銃身から放たれた四十ミリ弾は三十メートルの空間を飛翔すると、ランドローバーのラジエーターに突き刺さったが、追撃車両の兵士が六九式ロケットランチャーを幸哉達のシビックに向けて構えたのはそれと同時だった。


「オルソジ!ロケットランチャーだ!ハンドルを切れ!」


 幸哉が叫んだ瞬間、グレネードランチャーの直撃を受けたランドローバーは炎に包まれ、同時にその紅蓮の炎の中から置土産の反撃とも言えるロケット弾が白煙の尾を引いて飛翔してきた。


「来るぞ!」


 バックミラーを確認するよりも先に幸哉の指示に従って、オルソジがハンドルを右に切ったコンマ数秒後、六九式ロケット弾の弾頭は回避運動を取ったシビックATの車体のすぐ左脇を高速で滑空していった。


 寸分の照準のズレで標的を捉え損ねた対戦車弾はロケットモーターの推力で飛翔を続けると、エジンワ達の乗るメルセデス・ベンツの脇も追い越し、ベンツの二十メートルほど前方の地面に突き刺さって爆発したのだった。


「くそ……、危なかったぜ……」


 前方で巻き上がったコンクリートの小片がシビックの天井に降り落ちる中、エネフィオクは火だるまになった追撃車両が転がる後方を見つめながら溜め息をついた。


(何とか生き抜いた……)


 エネフィオクの隣で戦友と同じく安堵の溜め息をついた幸哉だったが、次の刹那、隊内無線に弾けたヤンバの悲痛な声に青年は一時の安心さえも失ってしまうのだった。


「幸哉、エジンワさんが負傷している!」


(エジンワさんが……、負傷?)


 にわかには信じ難い、いや信じたくない事実を告げられた幸哉は胸の中に湧き上がってきた動揺に一瞬の間、思考を停止してしまいそうになったが、即座に冷静さを取り戻すと、隊内無線に叫び返していた。


「容態は?」


 二秒程の間を置いて、ヤンバの返答が無線に返ってきた。


「出血がかなり酷い。一旦止まって処置するか?」


 上官に助言を求められた幸哉はその瞬間、頭の中にセーダの街周辺の地図を思い浮かべ、限界まで思考を巡らせた。


 現在地点から第三回収地点までの距離はそう離れていない。他方、今車を止めれば追撃してくる他の敵に追い付かれるかもしれない……。エジンワの容態は心配だったが、作戦失敗の危険性と天秤にかけた瞬間、幸哉は苦渋の決断を下していたのだった。


「いえ!このまま、第三回収地点まで退避しましょう!本格的な処置は飛行機の機内で行うので応急止血だけをとりあえず宜しくお願いします!」


「分かった!それでは、このまま第三回収地点に向かう!」


 度重なる襲撃で追い詰められた十名弱の男達は追撃者の攻撃で弾痕だらけになった二両の普通車両を疾走させ、最後の頼みの綱である回収地点へと全力で退避したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る