第七章 四話 「三次退路」

 時は十二月の中旬、下士官達には素性を知らされていない重要人物とエジンワとの会談は予定通り行われることとなった。


 サシケゼの任務の時と同じようにエジンワと三十人弱の護衛を乗せた"エンジェル・バード"は本拠のプラ周辺から飛び立つと、数時間のフライトを終えて、セーダの街の郊外にある荒野へと降り立ったのだった。


 周辺を森林に囲まれた空き地を整地して造られた簡易飛行場には先行して現地入りしていた二十人の解放戦線兵士が会談場所までの移動に使う八両の車両とともに待機していたが、エジンワや幸哉達を待っていたのは彼らだけではなかった。


「へ~い、活かした兵隊さん達よ。帰りはうちの飛行機を使っていかないかい?」


 "エンジェル・バード"から降りた幸哉達に陽気な声を上げながら、小柄なサングラス姿の男が近づいて来たのだった。


 エジンワを護衛する親衛隊員達に接近を封じられながらも、自分の商売を売り込もうとする男は武器は携帯していないようだったが、彼の背後には幸哉達が乗ってきた"エンジェル・バード"よりは一回り小型のレシプロ輸送機、アントーノフAn-2が尾部を向けて待機していた。


「駄目だ。あっちに行ってろ。近づくんじゃない」


 親衛隊の兵士達に押し戻されながらも、売り込みを止めない男の姿を見て、一つ妙案を思いついた幸哉はエジンワとともにショーランド軽装甲車に乗り込もうとしているヤンバ少佐に自分の考えを耳打ちした。


「いや、しかし、それでは作戦の機密が……」


 幸哉の提言にすぐには首を縦に振らなかったヤンバだったが、意向を確認するように彼が顔を向けたエジンワの言葉が決断を促した。


「どのみち、姿は見られている。退路のことは幸哉に一任しているから、彼の考えに任せよう」


 落ち着いた様子で静かにそう言ったエジンワの言葉に頷いたヤンバから同意の意思を受けた幸哉は親衛隊の兵士達に動きを止められているサングラス姿の男のもとに歩み寄ると、売り込みを受ける条件を話し始めたのだった。


「良いだろう。だが、確実にあなたの機体を使うとは限らない。賃金は我々があなたの飛行機を使った場合にだけ支払う。それで良いか?」


 幸哉の提示した条件は少々乱暴だったが、全く話を聞いてもらえないと思っていたサングラス姿の男は笑顔を見せると、何度も頷いた。そんな調子の良い男に幸哉は携帯していた地図を広げて見せた。


 今、幸哉達がいる簡易飛行場はセーダの街の北に位置しており、二次退路は飛行場とは反対方向の南にある河川からボートを使って退避する方針を取っていた。幸哉はその二つの退路のどちらとも重ならないセーダの街の西側の一点を示した。


「この空き地で待機するのは可能か?」


 飛行機が離着陸するにはやや狭い空き地だったが、それでも自身の仕事を売り込みたい男は笑顔で頷いた。


 考えたくはない事態だが、もしも二次退路さえも使えなくなった場合に備え、三次退路として男の飛行機を使おうというのが幸哉の考えだった。


 売り込みが成功すると、上機嫌な様子で自分の飛行機の方へと戻って行った男の背中を見送った幸哉は踵を返すと、車列の方へと戻った。


 退路の確保を一任されている彼が総指揮官のヤンバや親衛隊に昇格したエネフィオクとともに乗るのはエジンワが乗車する軽装甲車だった。


 彼の心の中では不安と緊張が渦巻いていた。


 ヘンベクタ要塞での自分の罪をエジンワに告白するには今がまたとない好機ではあったが、本当に自分が罪を告白できるのか、断罪を受けることができるのか、不安に僅かに震える青年を乗せて、軽装甲車は他の車両とともに会談場所のあるセーダの街へと発車したのであった。

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