第六章 三話 「救い」

「まぁ、こんなところで話すのも何だからよ。三人でどっかに食べに行こうぜ」


 そう言った健二の言葉に頷いた一行は都内にある和食の個室レストランに入った。


 店を提案したのは健二だったが、幸哉の好み、そして何よりアフリカの発展途上国で親友が食べられなかったであろうものを気遣っての選択だった。


 自分のわがままのせいで大変な事態に巻き込まれたにも関わらず、それでも自分を気遣ってくれる健二の心遣いに幸哉は感謝してもし切れなかった。


 そして同時にアフリカの戦場に居た時はまともな料理を食べているつもりだった幸哉であったが、いざ日本に帰ってきて平和の中で作られた食事を喉に通すと、信じられないほど美味なその味に驚いたのであった。


(日本の料理って、こんなに美味しかったんだ……)


 思わず涙が溢れ出しそうになる懐かしい味に感動している幸哉に健二と優佳は青年が日本に居なかった間に自分達に起きた出来事を話してくれた。


 二人とも研修医として働き始め、大きく成長したように見えた幸哉は自分だけが取り残されてしまったような焦りを感じたが、それでも二人が日本で幸せな時間を送っていたことを聞いて安心した。


 そして何より、自分達のことは話しても、幸哉の身に起きたことは無理に聞こうとしない二人の心遣いに青年は感謝したのであった。


「健二、その傷……」


 料理を食べ終わり、店を出ようとした時、幸哉は再会してからずっと気になっていた親友の額の傷について聞いた。


「ああ、これか?お前と一緒に軍に襲われた時にズビエ人の奴につけられたんだよ」


 あの時は死ぬかと思ったぜ……、そう笑いながら付け足した健二の言葉に幸哉はもう消えない親友の傷を見つめる勇気もなく、項垂れて謝った。


「ごめん、俺が無理を言ったせいで……」


「何でお前が謝るんだよ。それに……」


 幸哉の肩を優しく叩いた健二は満面の笑顔を友人に向け、額の傷を指して続けた。


「意外とこういうのが女の子にモテんだよ」





「アツアツな二人の邪魔をするのも気が引けるからな。俺はここで失礼するよ」


 そう茶化しつつも、親友としての最大限の心遣いを見せてくれた健二と別れた後、幸哉と優佳は離れ離れだった時間の寂しさを埋め合わせるかのように二人で東京の各所を歩き続けた。幸哉にとって半年ぶりの故郷の街の景色は恋人の存在とともに明るく暖かいものであった。


(ずっとここに居よう……)


 長い間、抱え続けていた重石が胸から取れ、何かから救われたような気がした幸哉は漠然とそう思ったのであった。恋人の手を繋いだまま……。





 夜になり、二人のマンションへと帰った幸哉と優佳は半年ぶりに体を重ね合わせた。暫くの間、触れていなかった恋人の肉体の感触を肌で感じた幸哉の胸の中には静かな安堵だけがあった。責任感や無力感や罪悪感など何もない静かな安堵感だけが青年を包んでいた。


「向こうでどんなことがあったか聞いて良い?」


 全てが終わった後、腕の中で問うた優佳の言葉に幸哉は少し胸の鼓動が速まるのを感じた。


 いずれは語らなくてはいけない。だが、今はこの暖かな情調を壊したくはない……。そう切に思った青年は自分の腕の中で眠る恋人に答えた。


「今は……、まだ話したくない……」


 震えるその声に優佳は幸哉の顔を見上げたが、それ以上問うようなことはしなかった。


「そう……」


 ただ小川のせせらぎのような優しい声で青年の答えを受け止めた優佳は恋人の腕の中で静かに目を閉じた。


「おやすみ、幸哉……」


 自分の恋人の心遣いを言葉に表されなくても肌で感じ取った幸哉もまた腕の中の小さな体を抱きしめて答えを返した。


「おやすみ……」


 そしてありがとう……。そう言いたかった青年の言葉はしかし、声にならずにそのまま彼の意識は眠りの中へと引き込まれていったのであった。

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