第五章 十五話 「非正規部隊の強襲」

「お前はそっちに行け!俺は西側の防衛線を支える!」


 夜営していた自分の小隊を襲撃した敵部隊は野営陣地の南と西の二方向から集中して攻撃をしかけていると情報を部下から聞いた狗井は幸哉に叫ぶと、コルト・コマンドーを抱えたまま西側の防衛線へと走って行った。


 その背中を見送った幸哉は激しい銃撃の応酬が繰り広げられている南側の防衛線へと、迫撃砲の攻撃であちこちから硝煙と炎を上げる野営所の中を駆け抜けたのだった。


(まだ死ねない……、この罪を償うためにも……!)


 休戦協定中に自分達を攻撃してくる敵の正体は分からなかったが、それでもある程度の戦力を擁した部隊の奇襲を受けていることを銃撃の激しさから察した幸哉は仲間と敵が顔の見える距離で戦闘を繰り広げている防衛線へと滑り込んだのであった。


「おお!来たか、幸哉!そこの正面から三時の方向の防衛を頼む!」


 倒れたドラム缶の上にバイポッド(二脚)を展開したFN MAGを据えて掃射しているエネフィオクが叫ぶよりも先に幸哉は隠れた木箱の陰から僅かに顔を出して、戦闘の様子を把握していた。


 奇襲の迫撃砲砲撃とともに虚をついて突撃してきた敵との距離は僅か十五メートルほど、顔の表情もしっかりと見えるほどの近さであり、相手も幸哉達と同じように野営所に転がったドラム缶や積み上げられた木箱、破壊された機銃陣地の土嚢を盾にして銃撃を仕掛けてきていた。


(やはり、イガチ族の戦闘員か……)


 赤外線暗視装置の赤色の目をした敵が正規軍の戦闘服に見を包まず、動物の毛皮や角を被り、漆や泥を全身に塗りたくっている姿を見て、幸哉は納得した。非正規部隊の彼らなら休戦協定を破っての攻撃もあり得たからだ。


 だが、敵の正体が分かったからといって何かが解決する訳では無かった。後方からの機銃掃射で幸哉達の頭を押さえている内に死をも恐れずに突撃してくるイガチ族戦闘員達に向けて、FN MAGを掃射しているエネフィオクが叫んだ。


「幸哉、フラググレネードを投げろ!」


 その声を聞き、戦友に頷き返した幸哉は戦闘服の胸に吊るしていたミルズ型手榴弾を手に取った。


 安全ピンを引き抜き、信管を作動させた手榴弾を敢えて二秒間投げずに置くことでグレネードを投げ返される危険を事前に排除した幸哉は十五メートル離れた敵の少し後方に向けて、イギリス製の破片手榴弾を投げつけたのであった。


 その二秒後、敵の間で手榴弾に動揺したと思われるざわつきがあった直後、ミルズ型手榴弾が内部の炸薬を爆発させ、幸哉達と銃撃戦を展開していた数人のイガチ族戦闘員をまとめて吹き飛ばした。


「よくやった!」


 敵の前線を崩壊させた手榴弾の爆発に勢いづいたエネフィオクはFN MAGを掃射して更に敵を追い込もうとしたが、爆発の炎の後ろに揺らめいた影を見て毒づいたのであった。


「くそ!RPGだ!避けろ!」


 イガチ族の後方支援員がロケットランチャーのRL-83ブラインドサイドを構えているのをエネフィオクが叫ぶよりも先に視認していた幸哉は後方へと腰を屈めて走り、回避姿勢を取っていた。その僅か二秒後だった。


 彼らの先程まで身を隠していた障害物の手前に八十三ミリ対戦車榴弾が直撃し、すぐ背後で生じた爆発の衝撃波に幸哉達は地面の上に押し倒され、転がされたのであった。


 朦朧とする意識、激しい耳鳴りとともに歪む視界の中に幸哉は立ち昇る炎を背景にして突撃してくる敵兵士の姿を見た。


(俺は……、俺はまだ死ねない……!)


 体はまだ痛み、意識は完全には戻っていなかったが、自分の償うべき罪の重さをバネにして起き上がった幸哉はフランキLF-57短機関銃を乱射してくる敵に向かって、シリーズ70を二発発砲したのであった。


 正面の敵の頭蓋に.四五ACP弾が命中したのを確認した幸哉は続けて、十一時の方向からベクターR4を構えている別の兵士に二発、背後で別の解放戦線兵士に銃撃をかけていた敵兵士に三発の銃弾を撃ち込んだ。


「ぎぇーっ!」


 弾倉の中の七発の銃弾を全て撃ち切り、スライドのホールドオープンしたシリーズ70に新たな弾倉を装填しようとした幸哉にシロサイの角を頭に被ったイガチ族戦闘員が動物のような寄声とともに銃剣突撃をかけてきたが、追い込まれたはずの幸哉は冷静だった。


(銃剣なら当たらなければ良い……!)


 集中によってスローモーションに見えた敵の銃剣突撃を紙一重の動作でかわした幸哉はそのままシロサイの角を被った敵兵士の顔面に頭突きを打ち込むと、構えられた五六式自動小銃を奪った。


「うぎゃっ!」


 鼻の骨を砕いた頭突きに間の抜けた悲鳴を上げたイガチ族戦闘員はすぐに体勢を立て直すと、奪われた自動小銃の代わりに木の枝を鋭利に研いだ暗器を幸哉に投げつけようとしたが、その瞬間には幸哉が構え直した五六式自動小銃が連続するマズルフラッシュとともに七.六二ミリ弾をイガチ族戦闘員の体に叩き込んでいた。


 目の前の敵が血飛沫を上げて倒れる中、更に背後に走った気配に振り返った幸哉は突撃してくる最後の敵を三人、立て続けに撃ち倒した。


「お前、すごいな……」


 その幸哉の様子に傍らで馬乗りになったイガチ族戦闘員の顔面にFN MAGの銃床を振り下ろしていたエネフィオクが驚愕した表情で呟いた。


「いえ……、別に……」


 上官に褒められたものの、新たに数人の命を奪い、より重くなった自分の罪の重さを感じた幸哉の顔は晴れなかったが、


「西側の防衛戦がやばい!押し切られる!」


と何処かで叫んだ味方の怒声に彼は我に返ると、再び戦火の中を走り出したのであった。


「おい!待て!一人で行くな!」


 負傷した右腿をかばいながら何とか立ち上がったエネフィオクがその背中を呼び止めたが、何としても狗井を守ることしか頭に無かった幸哉の意識に彼を制止する声は届いていなかったのであった。

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