第五章 十四話 「償いの戦い」

"それでも生きて……"


 眠りから目覚め、優しかった時間から引き戻された幸哉は隊長付きテントの中で一人、母の幻影が残した言葉の意味を考えていた。


 そこに意味などないのかもしれない。あれは本当の母ではなく、重い罪から逃れようとした自分の無意識が見せた単なる幻影……、心の一部ではそう思っていても、本当の母と出会ったような心緒が残っている幸哉は犯した罪が消えない今、自分に最大限できる償いを考えていたのだった。


(例え、大きなことを成し遂げられなくても……、世界の大きな流れを変えられなくても……、俺は……)


 弱い人達を救いたい……、生前の母に託された言葉をなぞっているだけかもしれないと青年は自覚していたが、それでも彼には自分の罪を償うための埋め合わせが必要だったのであった。


(俺は……、裁きを受ける……)


 自分が裁きを下すのではなく、断罪を受ける覚悟を幸哉が決めた刹那だった。


 薄暗い電球が照らすテントの薄い幕の上から聞き慣れた滑空音が響き、反射的に体を動かした防衛本能に従って幸哉は地面に伏せたのだった。


 直後、地面を震わせる激震とともにテントの幕の向こうに炎の影が立ち昇り、幸哉は反射的に伏せた体をテントの入り口に滑らせた。


「襲撃だー!」


 鼓膜を震わせた悲痛な叫び声とそれに続く銃声、爆発音に、


(俺も戦わないと……!)


と思い、テントから身を出そうとした幸哉はその瞬間、体を強張らせた。


(でも戦えば、また……)


 脳裏に左胸を撃ち抜かれた少年とヘンベクタ要塞の惨劇がフラッシュバックして蘇った幸哉は金縛りにあったように動きを止めてしまい、激しい銃撃がテントの外で行われる中、俯いたまま固まってしまっていたが、そんな青年をテントの入り口を勢い良く開けた狗井が叱責したのだった。


「何をぼうっとしている!」


 頭上から聞こえた怒声に顔を上げた幸哉に向かって、狗井は青年の五六式自動小銃を投げ渡した。


「お前には戦わないといけない理由があるだろう!」


 そう言って、シリーズ70のグリップを向けて渡してきた傭兵の言葉に決めかねていた決意を後押しされた幸哉は差し出された拳銃の銃把を握ると、狗井の顔を見上げて頷き返し、立ち上がったのであった。


「来い!敵は至近距離に接近している!」


 自分の罪の重さに一度は見失いかけていた戦いの目的を再度見い出した幸哉はテントを飛び出していった狗井の背中を追って、激しい銃火の中、再び戦いに身を投じたのであった。

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