第四章 二十六話 「それぞれの政略」

「くそ……、何故。我々に秘密で和平交渉などと……!」


 国王は何をお考えなのか……、と続けたセイニ隊長の憤る姿をカートランド要塞攻略のための指揮所で見つめていたマハマドゥはその場にいる他の士官達に目配せすると、


「君達は外に出ていてくれ」


と命じた。


 何か大事な話が指揮官にあるのだと察知し、士官達がテントから出て行った後、指揮所にはマハマドゥとセイニ、そしてマハマドゥの忠実な腹心であるタンジャとハマの四人だけが残された。


「何か、私にまだ御用ですか?」


 同じ政治屋達が勝手に決めた攻撃中止に苛立っているセイニの思いを受け止めつつ、マハマドゥは傍らのタンジャを見やった。その視線を受けた経済省大臣はセイニを見つめると、ゆっくりと口を開いた。


「国王の政策に不満があるのだな?」


「死んでいった兵士達の思いを無下にすることは国王のお考えでも同調できません!」


 見れば分かるだろう、と言った表情をして答えたセイニに今度はハマが口を開いた。


「実は我々、一部の政治幹部達も昨今の国王の行動には不満を抱いている」


 その言葉に何かマハマドゥ達が良からぬことを企んでいるのを察知したセイニは表情を強張らせると、目の前の政治幹部達を睨んで、「何が仰りたいのですか?」と不審な視線を向けた。そんなセイニに今度はマハマドゥが口を開いた。


「君達も今回のことで実感したはずだ。国王とその支持者達、とりわけ"アドバイザー"が現場の兵士の命など何とも思っていないことをな」


 二週間前、自らの私兵達を砲撃の雨の中、突撃させた"アドバイザー"の冷徹な行動を思い出したセイニは息を呑んだ。


 あの時は他人の兵だったが、今度は自分の部下かもしれない……。


 セイニの目に一瞬の意思の揺らぎが走ったのを長年、政治という戦場で生きてきたマハマドゥの鋭い視線は見逃さなかった。


「このまま国王の政治が続けば、今回のように君の部下達が政治のつけを払い、犠牲を被り続けることになるぞ」


 沈黙したままの指揮官を見て、彼が決断に迷っていることを察したマハマドゥは心の中で勝利を確信した。


(この男は我々の側につけることができる……)


 そう確信して浮足立ちそうになる内心を押さえ、厳しい緊張感を腹心とともに作りながら、マハマドゥはセイニに迫った。


「隊長。決断する時は今だ」


「決断……、しかし、私に国王を裏切ることなど……」


「セイニ!」


 大事を前にして決断を決めかねるセイニにマハマドゥは厳しく一喝した。


「腹を括れ。ここで決めねば、犠牲になるのは君の部下だぞ。それに……」


 マハマドゥは更に続けた。


「我々が忠を尽くすべきは国王ではない。この国だ。この国を正しい道に導き直すために君の力が必要だ」


 三人の政治幹部達に詰め寄られ、加えて先程までの国王に対する怒りに押されてか、暫く沈黙していたセイニはやがて大きな溜め息をつくと、震える声で答えた。


「分かりました。私も協力しましょう……」


 クーデター、国家転覆……、発覚すれば死罪は免れない行為の重さを理解していたセイニは彼の同意が得られて、満足げな笑みを隠し切れなかった政治幹部達に今度は逆に詰め寄った。


「ただし!あなた方が我々、現場の兵士達を思った政治を行わないと私が判断したなら、その時点で協力は無きものとお考え下さい!」


 協力の同意が得られ、緊張を緩ませかけていたマハマドゥ達はセイニの厳しい視線と口調に一瞬虚を突かれて慄いてしまったが、すぐに政治屋としての表情を取り戻すと、「ああ、当然だ」と返した。


(こいつを取り込んだなら、後は敵を味方にするだけ……)


 表情には見せないものの、交渉が成功して嬉々としているマハマドゥは再び敵の要塞が立つすり鉢山を見つめて、これからの計画を思案するのであった。





 その頃、カートランドから数百キロ離れた首都ジークでは"アドバイザー"が政府官邸の国王執務室で国王のヤシン・エンボリと対面していた。


「解放戦線との直接の御会談、お疲れ様でした」


「あぁ、大したことはない。向こう側は驚いていたがな」


 和平交渉自体はナシム・ジード・エジンワを始めとする解放戦線側からの打診で行われたものであったが、その場に国王自らが現れ、加えて彼が和平に賛成よりの意見を持っていたことは予想の範疇外だったようで、解放戦線側はひどく驚いた様子だったのをエンボリは思い出していた。


「あのエジンワの驚いた顔……、若造の様子を君にも見せてやりたかったよ、可能ならな……」


 執務椅子に座り、満足げな笑みを浮かべた高齢の国王は"アドバイザー"に意味ありげな視線を送った。


「私が彼と会えば、解放戦線と政府の両方……。いや、この国が転覆しかねませんので……」


 真面目な顔をしてそう答えた"アドバイザー"にエンボリは「生まれの縁は消えぬものだからな……」と部屋の片隅を見つめて呟いた。


 そんな国王に、「国家の転覆といえばですが……」と口を開いた"アドバイザー"はエンボリが「何だ?」と興味ありげに顔を向けると、続きを話した。


「この政府の……、国王の権威の転覆を狙っているものが政治幹部達の中にいるようです」


「ほう……。そんなけしからん動きがあるかね……」


 驚いた様子も動揺した素振りもなく、余裕そうな笑みを浮かべたエンボリに"アドバイザー"は続けた。


「軍部にも一部、彼らの反乱になびこうとしているものが居るようです……」


 腹心の報告に、ふん、と鼻を鳴らしたエンボリは反乱者達の顔ぶれを想像したのか、「だからこその和平交渉よ」と言うと、先を続けた。


「解放戦線との休戦中に政府の中に巣作った腐敗を消し去るつもりだ、わしは」


 高齢だが、全く抜け目も油断もないエンボリの力強い視線に"アドバイザー"は頭を下げた。


「和平交渉はしたが、動かせる部隊はある」


「イガチ族の私兵団ですか……」


 聞き返した"アドバイザー"の言葉にエンボリは満足げに頷いた。


「チェスターとその私兵達に命じて、反乱者になびきそうな軍の部隊を監視させろ。同時にお前自身は反乱者のさらなる動向の監視を続けるのだ」


 エンボリからの直接の命令に「かしこまりました」と返して、執務室を後にする足を踏み出した"アドバイザー"の頬は笑みを浮かべて歪んでいた。


(マハマドゥなど、あんな無能の計略などに敗れるものか……)


 既に反乱者達の首脳陣のメンバーを押さえている彼は謀反者達を追い詰めるため、次に取るべき行動を考えていたのだった。

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