第三章 八話 「惨劇の集落」

 幸哉達を乗せたピックアップトラックはサシケゼの集落を出発した後、ランディングゾーンとは全く正反対の方向へと向かい、数十分間に渡ってサバナの草原を走り続けた。


 目的地への移動の間、自分がエゴを貫いたことで仲間達に迷惑をかけてしまった事を自省していた幸哉は項垂れたままだった。そんな青年の心境を理解していたのか、それとも自分達の作業に集中していただけか、トラックのルーフ上に機銃を据え付けて周辺を警戒するエネフィオクも、また幸哉と対面して荷台に座り無線機を操作するソディックも一言も言葉を発することはなく、一同の間に初めて会話が生じたのは車が目的地に到着してからだった。


「ここから先は車を降りて、入念に偵察する」


 運転席から降りた狗井がそう指示するよりも先に、自分達が次に為すべきことを察していた三人は荷台から飛び降りていたが、それでも事前の説明を殆ど受けていない幸哉は心許なげに落ち着きなく周囲を見回していた。


 トラックがフロントを向けて停車した先にはサシケゼの集落で幸哉が目にしたのと同じサバナ特有の小規模家屋が赤土の大地の上に等間隔で立ち並んでいた。


(ここにもサシケゼみたいな集落が……)


 眼前に広がる村落をぼんやりと見つめながら、そう思った幸哉だったが、彼の眼に映る村落にはサシケゼの集落とは明らかに異なる部分が一つだけあった。


(人が……、人が誰も居ない……)


 人の気配や雑音は勿論のこと、家畜の一匹すら見当たらない集落の様子に幸哉は薄ら寒い気味悪さを感じて思わず後退りしてしまったが、兵士としての経験が長い他の三人はこんな場所にも慣れているのか、臆すことなく村の方へと足早に歩いて行った。


「幸哉!早く来い!」


 部下がついて来ない事に気付き、振り返って叱咤したエネフィオクの声で我に返った幸哉は自分では経験が豊富になったと思っていた己がまだまだ未熟であることを痛感しながら、先行する三人の後を追ったのだった。





「五メートル間隔で散開しろ。必要のない音は絶対に立てるな!」


 集落に進入する直前、部下達を振り返って釘を刺した狗井の指示に従い、定間隔で散開して戦闘隊形を取った幸哉達は村落内部を丁寧に偵察して周った。村の外からは全く気配を感じなかった人間の姿はやはり皆無だったが、偵察を進めていく中で幸哉は村の外観を目にした時に自分が感じた不気味さの正体が何だったのか、すぐに理解した。


 生々しい血痕のこびり付いた土壁……、壁の一部が崩れ、葺の屋根の一部に焼け焦げた形跡のある住居……。


(ここには殺しの跡がある……)


 目に映る数々の動かぬ痕跡、そして集落全体に漂う重苦しい沈黙、絶望と恐怖の残影とも言えるような不気味さに幸哉はこの場所で何が起きたのか、目の前で背中を見せる狗井にすぐにでも問いたい気分だったが、ここで余計な声を出しては再び仲間達に迷惑をかけてしまうと思い、逃げ出したくなる感情を必死に抑えながら、命令された通りに偵察を続けたのだった。


 だが、そんな幸哉にとって一つだけ幸運なことがあった。全てではないが、幾つかの住居の内部を簡単にクリアリングした四人は惨劇の痕跡を幾つも目撃することになったが、それでも死体だけには一つも遭遇しなかったのである。


(ここは一体、何なんだ……?)


 今までに経験した戦場でも何度か感じたことのある、殺しが行われた場所独特の殺気が漂う村の雰囲気……、それに反して生物の死を証明する痕跡は家畜の骨すら無い集落の奇妙な静けさに幸哉はますます強くなる不気味さを感じていた。


 早くこんな所、抜け出したい……。


 得体の知れない不快感からの逃走願望に苛まれながらも、仲間達と偵察を続けた幸哉が村の中を進んで行ったこと十数分……、四人は村に進入した場所とは反対側の集落の外縁部に行き着いた。


(何事もなく、終わって良かった……)


 敵の姿は勿論、死体の影すら見つけることができなかったにも関わらず、まるで激戦の中を潜り抜けてきたかのような緊張感と疲労感に幸哉は身震いしていた。溢れ出る恐怖感を落ち着かせるようと無意識の内に両腕を撫でる動作を繰り返し、落ち着きのない幸哉の様子に気付いた狗井は安心させるように青年の肩に手を置くと、先程まで歩いてきた村の方を向き直り、幸哉が疑問に思っていた集落の事情について語り始めた。


「ここは半年前、政府軍に襲撃され虐殺を受けた村だ」


(やっぱり……)


 心のどこかで奇妙な納得感を感じる一方で狗井の言葉に自分がズビエに来たばかりの頃、難民キャンプで受けた政府軍の襲撃と虐殺の惨劇を思い出した幸哉は突然込み上げてきた嘔気にもう少しで喉元まで昇ってきた吐瀉物を赤土の上に撒き散らすところだった。


「遺体は遺骨も含めて全て回収したが、そんな惨劇があった場所では新しく住みたがる者も現れん」


 いずれ、この家々も取り壊されることになるだろうな……。そう言った狗井は隣で青年が抱いている複雑な感情など知る由もなく、自分達が今しがたその中を歩いて来た集落の家々をまるで遠くを見つめるような目で眺めていた。


「軍曹、会議終了まで時間がありません。急ぎましょう」


 FN MAGを抱え、周囲を警戒しながら発言したエネフィオクの言葉に呆然としていた意識を現実に引き戻された狗井は、


「そうだな……」


と部下達の方を向いて頷くと、集落とは反対側の草原を振り向いた。その視線の先、人間の身長よりも高さのある長草が生い茂る藪の中には小さくはあるが、獣道のような細道があった。


(ここを行くのか……?)


 いつ藪の中から敵が飛び出てくるか分からない草原を偵察する危険を想像し、微かに恐怖した幸哉だったが、部隊長である狗井が青年に与えたのは別の任務だった。


「幸哉、ソディック、お前達二人は俺達がこの先を偵察する間、もう一度この集落の中を丁寧に探ってくれ」


 視界の利かない茂みの中を行軍することにも躊躇は感じていたが、それ以上にゴーストタウンのような不気味さを醸し出す廃村を再び巡らなければならない命令を与えられた幸哉はたじろいだ。


「心配するな。どうせ、敵なんていやしない。さっき周って見てきたばかりだろ?」


 憂鬱な心情が顔色に出ていたのか、狗井に笑顔で励まされた幸哉は慌てて表情を引き締めると、了解の念も込めて敬礼を返した。


 今ここで任務を完遂することにより、自分の手前勝手で迷惑をかけた仲間達に報いることができる……。


 仲間にかけた迷惑を挽回したいという幸哉の意思を感じ取っていたのかは分からないが、青年に微笑で頷き返した狗井は大型の汎用機関銃を抱えたエネフィオクとともに獣道の中へと消えていったのであった。

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