第三章 六話 「議場」

 ランディングゾーンを出発してから時速五十キロメートルで走る車の上で揺られること一時間、幸哉達は遂に部族間会議の行われるサシケゼの集落に到着した。


 重機関銃や無反動砲で武装した土嚢積みの防御陣地が道の左右に展開する検問を三つ越えた先にあった目的地の集落には熱帯多雨に適応したプラの村に多く見られるような高床式住居とは違い、土壁を一メートル半ほどの高さまで円周状に積み上げて形成した構造物の上にサバナ植物の茅や低木の長枝をまとめて傘状に配した屋根を取り付けた乾燥地帯特有の家屋が多数並んでいた。


「ここがサシケゼの集落……」


 村の外縁部で車を降りた後、幸哉達は集落の案内人の後に続き、サバナ住居が林立する集落の中を最深部へと向かって歩いて行った。各々の家から出てきた村人達が道の左右に並び、客人を出迎える中を十分ほど歩いていくと、来客歓迎のために伝統衣装で身を包んだ村人達の姿は少なくなり、代わりにライフルで武装し、戦闘服に身を包んだ兵士の姿が多くなった。


 会合の場所は近い……。


 そう直感的に思った幸哉は周囲を見回すと、周辺に展開する兵士達の迷彩服が一種類ではないことに気が付いた。一部の兵士は鹵獲した他国や旧政府軍の軍服を着用している場合があるものの、基本的には各部族で統一した戦闘服を採用している解放戦線の中で多種類の迷彩服を着た兵士が集合している現状は今この場に複数の部族の部隊が集結していることを意味していた。


「ここが議場だな……」


 村の最深部へと辿り着き、周辺に展開する兵士の数が一段と多くなったところで目の前に現れた堂舎を見つめたエジンワが案内人の指示よりも先に呟いた。


 他のサバナ住居と基本的な構造や形状は全く同じだが、床面積は五倍ほど、高さは二倍ほどある建物の周囲には集結した各部族の護衛兵達が特に厳重な警備を敷いており、エジンワに同行してきた解放戦線兵士達はヤンバ少佐を始めとする親衛隊の一部を除いて、殆どが建物への進入を拒否されたが、警備兵の一人に何言か口添えしたエジンワはすっかり議場の外で待機するつもりだった幸哉の方を振り返ると、笑顔で手招きした。


「ほら、呼んでるぞ」


「えっ、でも、入っちゃいけないんじゃ……」


 招き寄せられたものの、警備兵や親衛隊兵士達の厳しい視線を受けて、なかなか動き出せなかった幸哉の背中を狗井が押した。


「最高指導者の指示なんだから、誰も文句は言えねぇよ」


 狗井に続いて後ろ盾をくれたエネフィオクの言葉に背中を押された幸哉は入り口を固める警備兵達と目を合わせないように顔を伏せたまま、エジンワの後に続いて議場の中へと入ったのだった。





 外から見た以上に広く感じられる議場建物の中は原始的な外観とは正反対に文明的な蛍光灯の光が室内を照らしており、その光の下では部屋の面積の三分の一を占めるほど大きな円形の机を中心にして、各部族のリーダーと思われる高官達が側近を従えて座っており、その後ろには談議を邪魔せぬよう壁沿いにぴったりと張り付いて直立不動の姿勢を取った各部族の護衛兵達が立っていた。


 何だ、この異邦人の見ない顔は……?


 議場に入ってきたエジンワの姿を見て直立不動の起立とともに礼をした部族長達は皆、エジンワの後に続いて議場に入ってきた幸哉の姿を見て怪訝そうな顔をしていたが、その中で一人だけ幸哉の顔を見るなり陽気な声を上げて歩み寄ってきた老輩が居た。


「戸賀君じゃないか……!元気だったか……?」


 他の族長達の奇異な視線を一点に集めながらも、そんなこと意にも介さず、幸哉のもとに歩み寄り、激励するように青年の肩を叩いたのはカム族の最高指揮官であり、部族長のサヴィンビ将軍だった。


「ど、どうも……」


 二ヶ月前、チェスター達による襲撃の後、数日間昏睡状態にあった幸哉のことをカム族の指揮官が命の恩人だと言って気にかけてくれていたことは幸哉も知っていたが、襲撃後初めて対面した将軍の様子が噂に聞いていた気難しい老将のイメージとはかけ離れたものだったので幸哉は少々狼狽してしまった。


「お知り合いですか、将軍?」


 君が無事で良かった、と幸哉の肩を嬉しそうに叩くサヴィンビ将軍の様子を不思議に思ったのか、族長達の中でも最も入り口に近い席に座っていた男が話しかけてきた。各リーダー達の座っている机の上にはそれぞれの部族名と氏名が記されたネームプレートのようなものが置かれており、話しかけてきた男のプレートに瞬時に目をやった幸哉は男がカワニ族の族長であることを把握したが、サンゴ語と思われる言葉で書かれた名前までは判読することができなかった。


「ああ……、ゆっくりと話す機会には恵まれなかったのだが、わしの命を救ってくれてな……」


 二ヶ月前、イガチ族の不正規戦部隊にカム族の拠点が襲撃された際、チェスターの狙撃に気づいた幸哉がサヴィンビの命を間一髪で救ったことを言っているのだと日本人青年は分かったが、自分自身では敵傭兵に全く太刀打ちできなかったことを悔いている幸哉は、「そんな俺は何も……」と謙遜すると、紹介されたカワニ族の族長に深々と頭を下げた。


 緊張してしまった勢いでつい日本流の挨拶方法を取ってしまった幸哉だったが、エジンワより少し年上に見えるカワニ族の族長は狗井の存在もあってか、日本の礼儀作法も弁えているようであり、全く驚く様子は無く、柔らかい笑顔とともに日本人青年に礼を返した。


 悪い人ではなさそうだな……。


 一ヶ月前にヘンベクタ要塞で出会ったトールキンの印象が強烈過ぎたため、解放戦線の指導者達に高慢な大人の印象を勝手に抱いていた幸哉はカワニ族の族長の柔らかい物腰に安堵にも似た感情を抱くと、既に自分に関心を失って各々の事務作業や隣の席同士での会話に集中している各部族のリーダー達の方を見やった。


 カワニ族、カム族、オツ族、ダンウー族、モチミ族、そしてエジンワが首領を務めるモツ族……、ズビエには政権を握る多数派のフラム族を含め、十二の民族が共生しているが、イガチ族のような政府軍側に味方をする少数民族も存在する上、所要などで族長がこの場にやって来ることの出来なかった解放戦線傘下の民族もあったため、今日の会議に参加している民族は上記の六つの部族だけだった。


「フラヴィオは包囲戦解決の件が忙しくて今日は参加できなかったらしい」


 幸哉からエジンワに視線を移したカワニ族の族長の言葉の意味を事前知識の全く無かった幸哉は一切理解できなかったが、続くエジンワの返答の一部は彼にも聞き覚えがあった。


「カートランド要塞のことか?」


 カートランド要塞……、ズビエ南西部・メネベ州の西の州境に位置し、メネベの州都へと続く要所を防衛する解放戦線の一大要塞が存在すること自体は幸哉も狗井達の話から把握していた。メネベ州の州境に位置しているため、本来はモツ族の守備範囲であるカートランド要塞だが、解放戦線傘下の民族の一つであるレボ族の居住区がその近辺に存在することから、運営と防衛の一切をレボ族の守備隊が行っているということまでは幸哉も知っていた。


 そのカートランド要塞がズビエ政府軍最強と呼ばれる精鋭の第十三独立機動軍を中心とする大部隊に包囲されており、その問題の応対のためにレボ族の族長であるフラヴィオ・ヴォアヴィーは今回の部族間会議に参加できなかったのだという事実を幸哉はカワニ族指揮官とエジンワの話を横から聞いていて理解した。


「なるほどな……」


 エジンワが会話している間、所在無さげな様子で部族長達の方に時折り視線を送っていた幸哉は円机の反対側、部屋の一番奥に座った一人の男が強い視線を送ってくるのに気づいて、思わず視線をそちらに向けてしまった。


 人を殺したことのある者の目……、他の部族長達とは明らかに異質な眼光を宿している男は幸哉と目が合うと、日本人青年の顔を敵意を持った視線で睨みんできた。


(こいつは……!)


 本能的な危険意識とともに感じたデジャヴに視線を逸した幸哉は男の目の前の机に置かれたネームプレートを確認すると、自分の感じた既視感覚が正しかったことを悟って納得した。


 シルバーのスーツを着込んだその男はダンウー族の代表者だった。代表者とはいっても、族長のトールキンともその側近のオヨノでもない代理人だったが、醸し出す殺気や他者に対する攻撃的な姿勢はトールキンのそれと瓜二つだった。


(所詮はトールキンの操り人形のくせに……)


 恐らくは他部族のことなど見下しており、それが故に今日の部族間会議にも参加しなかったトールキンの代理として出席したであろうダンウー族の代表者に胸の内で侮蔑の念を送った幸哉の肩をエジンワが優しく叩いた。


「今日はこの青年の意思を代弁して、私にも皆さんにお伝えしたいことがある」


 憎しみの感情から一転、突然意識を眼前の会話に引き戻されて目を瞬かせる幸哉の方を向いたカム族とカワニ族の族長達は興味深そうな表情を浮かべた。


「ほぅ、何だろうか……」


 サヴィンビ将軍がそう言って幸哉に問うような視線を向けたのと、会議の議長と思しき男が、「それでは会議の方をそろそろ始めたいと思いますので、皆様ご着席を宜しく御願い致します」と声を発したのは同時だった。


 議長の一声を聞き、円形の机の中心に体を向け直したカワニ族の族長、自分の座席へと戻る足を踏み出したサヴィンビ、二人の関心の的から外れた幸哉の肩を再び叩いたエジンワは、


「例の問題の件は私に任せてくれ。君は会議の間、外のことを宜しく頼む」


と一言残すと、自身の席へと歩いて行った。


 歩み去っていく指導者の背中に頭を下げて、日本風に一礼した幸哉はヤンバを始めとする護衛兵達の異物を見るような視線に押し出されるようにして、議場を後にしたのだった。

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