第三章 五話 「繁栄の罪」
ランディングゾーンから部族間会議の行われるサシケゼの集落まで数キロ、幸哉達を乗せた車列はサバナの大草原の中を疾走していたが、そこには幸哉が今までの人生においてテレビの中でしか見たことの無かった光景が広がっていた。山頂に雪原の冠を頂いた山岳が遥か彼方にそびえ立つ背景を背にキリンの群れがアカシアの葉に首を伸ばす姿やシマウマの群れが黄色に染まった草原を駆け抜ける情景……、日本に居ては絶対に見ることのできなかった雄大で躍動的な大自然の姿に幸哉は息を呑んでいた。
「肉食動物も見せてやりたいんだがな……。おい、あれがヌーだぞ!」
迎えに来たトラックの荷台に一緒に乗り込んだエネフィオクがいつになく愉しげに指差した方向には、水牛にも似た大型草食動物が数十頭で水辺に集合し、水浴びをする姿があった。
「ワニでも出てこねぇかな……」
弾んだ声を発するエネフィオクに幸哉は微笑を返したが、彼の故郷と比べれば異世界とも言える雄大な自然を前にして感動する情動の裏で青年は複雑な感情も抱いていた。
今、彼の乗っているトラックの荷台の側面には日本の企業と思われる会社名が白いペイントで記されていた。車列の先頭を行く重機関銃搭載の別のピックアップトラックには同じく日本の大手自動車メーカーのマーキングが施されているのも幸哉はトラックに乗る前に確認していた。車両の外観から察するに恐らくは七十年代かそれ以前に流通していたタイプ……。この時の幸哉は知らなかったが、彼がズビエにやって来る七年前に同じアフリカで勃発したチャド・リビア紛争は日本車を改造したピックアップトラックが武装車両として最前線で多用されたことから、戦争の別名に日本の大手自動車メーカーの名称が使用された経緯があった。
設計の時点では戦争を目的とした創造物ではなかったとはいえ、自分の同胞である日本人が創り出した文明物が人殺しに多用されていることは幸哉にとって決して喜ばしいことではなかった。
直接的ではなくとも、日本の平和と繁栄を支える影として他国の悲劇がある……。
戦後間もない疲弊した日本に特需をもたらした朝鮮戦争、日本の大手重機メーカーが輸出したブルドーザーが戦争終結のためのホー・チ・ミン作戦に大量投入されたベトナム戦争……。確かに日常の中に戦争はない。人殺しもしなくて良い。過去の太平洋戦争の過ちを反省し、今ある平和と繁栄を享受する……、それもまた良い。だが、日本がGDP(国内総生産)世界二位の経済的繁栄と豊かさを数十年間維持し続けるために直接的ではないといえ、異国に多大な負担を強いていることを日本人はもっと知るべきなのではないかと痛切に感じ、気分の晴れない幸哉はエネフィオクの楽しげな声にも十分に答えられなかった。
自己の繁栄のために他国に迷惑をかけるくらいなら、たとえ絶望の中にあったとしても貧しさに身を沈めた方が良いのかもしれない……。
出国してきた時に最も猛威を振るっていた、戦後最悪とも言われる経済不況……、明日に希望を見い出せず、お互いに傷つけ合う日本人……、そんな暗澹とした日本社会に嫌気がさして幸哉はこのズビエにやって来たのだったが、今となってはそんな暗い未来こそが他国を顧みず、自らの繁栄のみを追い求め続けて来た日本人には因果応報の結末として相応しいのではないかと思えてきたのだった。
「おお!遂にいたぞ!チーターだ!おい、幸哉!見ろよ!」
傍らではしゃぎ声を上げるエネフィオクの指差す方向を見て、幸哉は微笑みとともに小さな歓声を上げたが、砂利に揺られる日本車の荷台にもたれる日本人青年の心の中は明るくなかった。
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