第三章 三話 「敵か味方か」

 プラの集落から部族間会議が行われるサシケゼまでは直線距離にして五百キロメートルも離れているため、移動手段は自ずと飛行機しか無い。政府軍戦闘機やSAMに狙われる危険性はあったが、それでも車も使えぬジャングルの山々を数週間かけて行軍するというのは現実的では無かった。


 移動手段が決まれば、次は使用する飛行機のことを考えなければならない。解放戦線が空輸での人員輸送に使える大型航空機は十年前に崩壊した旧白人政府よりの接収品であるダグラスDC-3Cが一機のみであったが、その輸送機も収容人数は二十八人と限られていた。


 エジンワと彼の政治顧問を除けば、二十六しか残らない枠を解放戦線の各部隊が擁する優秀な人材が護衛班として埋めていたが、兵士としてはまだまだ新米で秀でた技術も持たない幸哉がこの作戦に参加していることは他の護衛班からすると不承だったらしい。飛行機に乗ってからというもの、サバナの草原に到着した今になっても、幸哉に対する他班の解放戦線兵士達の視線は冷たかった。


 味方からの冷ややかな視線に寄る辺の無い心持ちの幸哉は狗井やソディックとともに傭兵部隊から護衛班に選出されたエネフィオクの傍らに駆け寄ると、周辺を警戒しつつも自分に白い目を向けてくる他部隊の解放戦線兵士達を一瞥しながらぼやいた。


「なんか他の班の奴らの俺への当たりがキツい気がするんだけど、気のせいかな?」


 万一の襲撃に備え、専用のトライポッドに装着した愛銃のFN MAGを南の草原に向けて構えているエネフィオクは機関銃のレシーバー上部のフィーディングカバーを開き、機銃弾の装填を再確認しながら、戦友の不安に答えた。


「仕方がないだろう。お前には外国人っていうハンデも込みだからな……。まぁ、奴らもお前の実力を見れば納得してくれるんじゃないか?」


 作業しながら、ぶっきら棒に返した言葉だったが、幸哉にとっては心強い救いになる言葉だった。一ヶ月前なら同じ不安を幸哉が漏らしたとしても、殴り飛ばすだけだったであろう屈強な機銃手の応対が変わったのはヘンベクタ要塞での人情溢れる幸哉の内面や危機に際して命を懸けられる日本人青年の勇気をエネフィオク自身がその目で目撃したからであろう。同じく狗井の傭兵部隊に属するソディックやオルソジの幸哉に対する心象や接し方も変わっていた。何も出来ない、理想を追い求めるだけの青二才から人情に厚く、戦闘に際しては命の危険も顧みず戦う勇敢で優秀な兵士の卵へと幸哉に対する同僚達の評価は変わっていたのだった。


 だが、そんな幸哉の素性など全く知らない他部隊の兵士達からすれば、得体のしれない外国人が最重要の任務に参加している事に納得できないのは当然であろう。特に今回の作戦指揮官である親衛隊隊長のヤンバ少佐は狗井の率いる傭兵部隊自体に良い心象を抱いていないらしく、四人には命令すらこちらから問うて確認しなければ伝えてもらえない状況だった。


「何だか味方にまで蔑ろにされて嫌な気分だよ……」


「来たことを後悔したか?」


 射手側に伸びたトライポッドの二本脚に両腕を置いて寛いだ姿勢を取ったエネフィオクが隣で五六式自動小銃を抱えて座っている幸哉の顔を覗き込んで問うた。入隊したばかりの頃には絶対に見ることのできなかったエネフィオクの笑顔に微笑を返した幸哉は首を横に振って返答した。


「狗井さんに無理を言って頼み込んだんだ。こういう経験も勉強だと思って乗り切るよ」


 そう言って眼前に広がる黄色の草原に目を移した幸哉の肩を鼓舞するように叩いたエネフィオクは幸哉の抱える自動小銃を指差し、微笑を浮かべた。


「今度は安全装置を外し忘れるなよ」


 愉快そうに言ったエネフィオクのジョークに二ヶ月前の橋を巡る激戦中の失敗を思い起こした幸哉はレシーバー右側面の安全装置を一瞥すると、エネフィオクと目を合わせ、声を上げて笑った。その時だった。指揮官の指示に従い、バオバブの木の上に登っていた親衛隊兵士が駐機したダグラスDC-3Cの周辺に展開した仲間達全員に十分に聞こえるほどの大声で叫んだのだった。


「見つけました!車列です!東の方向!十台以上!」


 迎えが来た安堵感……、それよりも先に幸哉達の胸の中を埋めたのは戦場の緊張感だった。


(敵の車列かもしれない……!)


 カム族の陣地への奇襲からヘンベクタ要塞でのCOIN機による強襲、幸哉達が出向く先では常に敵の奇襲攻撃があった。


「誰かが情報を流してる……」


 ダンウー族の要塞でジョニーから聞いた言葉が脳裏に蘇った幸哉は指示されるよりも先に機関銃を据えたトライポッドを移動させる体勢を取っていた。


「幸哉、そっち持てくれ。俺はこっちを持つ」


 幸哉とエネフィオクが総重量十五キログラムの汎用機関銃とトライポッドを協力して運搬する中、部下が登っているバオバブの木の下に駆け寄った親衛隊隊長は数人の部下にエジンワを西側の窪地に退避させることを命じると、熱帯樹の上で双眼鏡の視線を巡らせている斥候に車列の詳細を問うた。


「車種は何だ!兵員は何人見える!武装は!」


 矢継ぎ早に問うた上官の問いに大樹の上の親衛隊兵士はハンドサインで答えた。


 ピックアップトラックとジープに幌布付きトラック、兵士の正確な人数は不明、しかし確認できるだけでも三十人以上、武装は三台が荷台に機関銃、一台が固定式無反動砲を装備……。


 機関銃を運びながら、バオバブの木の上を見上げ、狗井から学んだ手信号の知識で親衛隊兵士の報告を解読した幸哉は胸の鼓動が速まるのを感じた。


(ただの出迎えに無反動砲など必要ない。やはり攻撃……?)


 誰かが情報を流してる……。


 脳裏に反芻するジョニーの言葉を首を横に振って頭から振り払った幸哉はエネフィオクとともにトライポッドに積んだ機関銃を東から来る車列の迎撃に最適であろう高台の上に設置した。


「さぁ、来やがれ……。クソ野郎……」


 設置と同時に機関銃に組み付き、FN MAGを構えたエネフィオクの照準の先には視界の歪む陽炎の中、数台の軍用車両が砂煙を巻き上げながら、サバナの草原を爆走して来るのが確認できた。


(この状況なら待ち伏せる方が有利……)


 エネフィオクが機銃を構える高台の数メートル脇の窪地に身を隠し、接近する車列に対して五六式自動小銃を構えた幸哉は背後のバオバブの木を振り返ると、その樹上で先程まで斥候を務めていた親衛隊兵士がモーゼルGew98スナイパーライフルを構えて迎撃体制に入るのを確認すると、少しの安堵感とともに再び前方に向き直った。


 まだ敵であると決まった訳では無かったが、既に状況的にも精神的にも戦闘の準備を完了した解放戦線兵士達はサバナの草原を巻き上げた砂煙を背後に一列に並んで疾走してくる車列群に対し、照準をつけた銃のトリガーガードに引き金を引く人差し指をかけていた。

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