第三章 二話 「荒野への着陸」

 プラの集落からそれほど遠く離れていない位置にある解放戦線支配の簡易滑走路より離陸したダグラスDC-3Cは一時間三十分のフライトの後、目的地であるサシケゼの集落近辺の広大な空き地に着陸した。


 事前にある程度の整地は行われていたものの、コンクリートで舗装された滑走路とは違い、小石や木片が転がる荒れた地面への着陸は操縦桿を握るパイロット達だけでなく、キャビンの中でシートベルトにしがみついて衝撃を耐える幸哉達にとっても過酷な着地だった。


(大丈夫なのか、これ?)


 レシプロエンジンの轟音すらも遮って鼓膜を震わす爆音、十トン以上の重量があるDC-3Cの機体を小刻みに浮き上がらせ震わせる衝撃に幸哉は歯を食いしばったまま、両目をきつく閉じて己の無事を祈った。


「安全確認よし!全隊展開!周囲の安全を確認せよ!」


 苛烈な着陸劇から数分が経ち、キャビンの中に静寂が戻った時、エジンワの正面に座っていた親衛隊隊長がシートベルトを外し、キャビンの小窓やコクピット室から機体の周囲を確認した後、輸送室内の部下達を振り返って叫んだ。その怒声と同時に、戦闘服姿にライフルを抱えて待機していた兵士達がカーボンファイバー製のシートベルトを一斉に取り外すと、直立不動の起立をしてキャビン後部の方を向いた。降機の準備を整えているのだ。先程までの激震のせいで猛烈な吐き気と目眩に襲われながらも、何とか立たねばならないと思った幸哉は自分の体に鞭を打ち、傍らの五六式自動小銃を抱えると、よろめきながら立ち上がった。


「全隊降機!展開して、周囲の安全を確保せよ!」


 いつの間にか、機体後部の両開き扉の前に移動していた親衛隊隊長は後続の部下達にそう叫ぶと、金属製の扉を勢い良く開け、据え付けられたタラップを足早に降りて行った。


 後続の兵士達も続々とその後に続き、遂に自分が機体の外に出る番になった幸哉は背後を振り返って、隊列の最後尾にいるであろうエジンワの顔を見やった。


 特別な意思や思惑があった訳ではない。ただ親と別れる子供が最後にもう一度背後を振り返って親の姿を探すように、幸哉もエジンワの姿を確認したかっただけだ。


 心細さやうら寂しさにも似た感情で自分を振り返った日本人青年にエジンワはしっかりと目を見つめて固く頷いた。そのジェスチャーだけで幸哉には十分であった。


(エジンワは必ず俺の思いに応えてくれる。だから、俺も……!)


 確かめたい事を確信した幸哉は「何してる!遅いぞ!」と機外から急かしてきた親衛隊隊長に「すみません!」と謝辞すると、アルミニウム製のタラップを一気に駆け下りたのだった。





 幸哉が足を踏み降ろしたサシケゼの土地はプラの集落やヘンベクタ要塞とは違い、濃緑色の樹葉で一面を覆われたジャングルは広がっておらず、代わりに黄色の低草が視界一面に生い茂る草原が広がっていた。


「これがサバナ……」


 黄色の草原のところどころには低木が孤立し、北の遠方にはその頂に雪の結晶を被った高山が裾野を地平線に広げてそびえ立っている光景を見つめながら幸哉は呟いたが、その隣で警戒態勢に就く狗井の表情は厳しかった。


「妙だな…,。滑走路は整備されていたのに送迎の部隊の姿がない……」


 コルト・コマンドーを抱えた狗井が周囲三百六十度に警戒の視線を向け、低木の陰や藪の裏に伏せているかもしれない敵の姿を睨んでいる内に、親衛隊隊長のヤンバ少佐は十メートルほど離れた位置に立つバオバブの木を指差すと、傍らの部下に命令を下した。


「あの上に登れ。周辺のより詳しい情報を得たい」


 首から双眼鏡をかけ、背中にはライフルスコープを装着したモーゼルGew98をスリングで背負った親衛隊兵士は直立不動の敬礼を返すと、サバナの草原に悠然とそびえ立つアフリカバオバブの高木の方へと走って行った。その背中を追い、サバナの草原をもう一度見回した幸哉は頭上に輝く炎天の陽光を見上げ、頬に流れる汗を拭うと、


(いつまでここに居ないといけないんだ……)


と深い溜め息を漏らした。

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