第二章 三話 「問えない謎」

 一九九三年四月一日早朝、ブリーフィングを終えたメネベ民族解放戦線の兵士達、八十余名は護衛対象の三両の装甲車を含む合計九両の車両に分乗し、ダンウー族の部隊が拠点を敷くヘンベクタ要塞へと出発した。


 車列の先頭を務めるのは三両のランドローバー、その内の前二台が重機関銃を装備した武装型で、後ろの一台は荷台に幌布を張った非武装型だ。その三両の後ろには何れかにエジンワが乗っている三台のショーランド軽装甲車が続き、隊列の一番後方にはSPG-9無反動砲を搭載したCJ-6ジープと荷台に各二十人の兵士を載せた二両の大型トラックが走っていた。それら九台の車列の中でも二両目のランドローバーの荷台にジョニーやカマルとともに乗車した幸哉は五六式自動小銃を抱えて、周囲に警戒の視線を向けていた。


「狗井があんな風に言ったからって、そんなに緊張するこたぁねぇよ」


 解放戦線の最重要人物であるエジンワを護送するということもあって、張り詰めた面持ちで道の両側のジャングルを必死に睨んでいた幸哉の肩をジョニーが優しく叩いた。


「でも、こんなところで襲われたら一溜りもないですから……」


 自分を安心させようとしたアメリカ人傭兵に不安そうな表情で返した幸哉の言葉は決して間違いではなかった。彼らの車列が今走っているのは両側を山の斜面に挟まれたジャングルの細道であり、もし車列の前後が襲撃を受ければ、部隊は身動きを取れなくなる一列の隊形で移動していたのだ。


「でも、お前が不安に思ってどうなるものでもないだろ。それに……」


 既に作戦を支援する別部隊が幸哉達の通る道を事前に偵察し、地雷の仕掛けられていないことを確かめた上で、一定間隔の要所で警戒についてくれていた。


「心配することはない。俺達は襲撃された場合にだけ体を張れば良いんだ」


 上官の言葉に緊張が少し解れ、小さな溜め息をついた幸哉はジョニーに聞きたいことがあったのを思い出して、右腰のホルスターからコルトMkIVを取り出した。


「今からサイドアームの準備するなんて、よっぽど心配なんだな」


 ハンドガンを取り出した幸哉の様子を見て、ジョニーが茶化し、カマルも微笑を浮かべたが、幸哉には真剣に問いたいことがあった。


「あの……、この刻印なんですけど……」


 幸哉は取り出した自動拳銃をランドローバーの荷台に向かい合って座っているジョニーに差し出した。表面にブルーフィニッシュを施されたスライドに顔を近づけ、目を凝らしたジョニーは遊底の右側面に生産刻印とともに刻まれた異国の言語を見て、


「スペイン語だな……」


と呟いた。


「読めますか?」


 解読を期待したのか、明らかに表情の明るくなった幸哉が矢継ぎ早に問うたが、ジョニーは渋い顔をして首を横に振った。


「いや、フランス語なら少し分かるんだが、スペイン語はさっぱりでな……。それに、そんなに気になるなら狗井に直接聞けよ。あいつから渡されたんだろ?」


 至極当然な答えを返した元フランス外人部隊所属のアメリカ人傭兵に幸哉は言いにくそうに答えた。


「それが……、恩人のものだそうで理由を聞きにくいんですよね……」


 狗井は今、エジンワと同じ装甲車に乗車し、幸哉達とは別行動を取っている。できれば、狗井本人には問いたくない質問なので、本人が居らず狗井に一番身近なジョニーとだけ一緒になった好機に問うた幸哉だったが、ジョニーは厳しい表情で首を横に振るだけだった。


「恩人か、聞いたことないな……」


 唸りながら、ジョニーがカマルに向かって、「お前、何か知ってるか?」と問うた時、運転席に座る兵士が幸哉達の方を振り返って、


「あと十分で着きます!」


と叫んだ。


「了解!」


と返して、それからは先程の会話の内容など全く忘れてしまったかのように無言で下車の準備を始めたジョニーだったが、幸哉にはまだ聞きたいことがあった。今回の任務に関してだ。


「あの……、もう一つお聞きしたいことがあるんですが……」


「何だ?」


 下車に備えて装備を背負おうとしていたジョニーは再び幸哉の方を見やった。


「ダンウー族って、何でモチミ族と対立してるんですか」


 隣にモチミ族のカマルが座っている状況では聞きづらい問いではあったが、命を張る以上、任務について疑問は残したくないと幸哉は思っていた。部下の問いに再び唸り声を上げ、腕を組んだジョニーは、


「全部説明すると話が長くなるから、端的に説明するぞ」


と言うと、今回の任務の要因となったダンウー族とモチミ族の諍いの起源について語り始めた。


 他のアフリカ諸国と同じく、民族の棲み分けを考えない西欧列強が引いた国境線によって形成されたズビエという国には大小合わせて十二の民族が共生する。だが、価値観や宗教観の異なる部族が集まれば、すれ違いや対立が生じるのは必至であり、ズビエには多数派のフラニ族とその他の少数民族という単純な対立構造以外にも、少数民族同士の諍いも絶えなかった。ダンウー族とモチミ族との対立はその一つであり、少数民族同士での闘争としてはズビエ国内でも最も激しいものであった。


「でも、カマルとエネフィオクは仲良いですよね?」


 一通り説明を聞き終え、問題の表層を理解した幸哉は話を聞きながら疑問に思っていたことをジョニーに問うた。


「エネフィオクは例外だよ。あいつは今が少数民族同士で協力しあわねぇといけない時だということを理解している。でも、皆がそういう人間ばかりじゃないだろ?」


 ジョニーの諭すような言葉に幸哉は静かに頷いた。


(皆がエネフィオクみたいな例外だったら、この戦争も無いのかも……)


 自分自身で甘いと思いながらも、幸哉がそんな感慨を抱いた時、彼らは目的地のヘンベクタ要塞まであと数百メートルの地点に到達しており、車列の通るジャングルの小路の十数メートル先には積み上げた土嚢と重機関銃で構成された警戒所が道の両脇に見えていた。


「気を付けろ。ダンウー族の奴らは血の気が多い。すぐに銃をぶっ放してくるからな」


 そう言ったジョニーは幸哉の方を向いて意味ありげな笑みを浮かべると、スパス12のフォアエンドをコッキングして初弾の十二ゲージ弾を薬室に装填した。


(味方の陣地なのに戦闘態勢を取るのか……)


 ジョニーの様子にこれから行く場所が単なる"味方の陣地"ではないことを悟った幸哉は慌ててコルトMkIVをホルスターに戻すと、緊張した面持ちで自身も戦闘態勢の準備を整えるのだった。

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