第二章

第二章 一話 「"アドバイザー"の企み」

 ズビエ国内で最も人口が多く、多数派のフラム族が多く居住する首都ジークの中心部、政府官邸の王族用執務室では国王であり、政府最高指導者のヤシン・エンボリが電話越しに自身の政治顧問と談論していた。


「"アドバイザー"、今回の失敗は君らしくなかったな……」


 列車事故に見せかけた破壊工作で解放戦線とカム族の協力関係を乱し、続けて戦線に協力的なカム族のサヴィンビ将軍を葬ることでカム族と解放戦線との関係を完全に破壊する……、綿密に練られた裏工作はしかし最終段階で失敗した。将軍の暗殺が失敗したことで現在、カム族と解放戦線の協力態勢は再び盤石なものになろうとしている。


「それで……、次はどうするつもりだ?」


 他の幹部達が失態を冒した際には容赦なく叱責するエンボリだが、"アドバイザー"を相手にする時は違った。静かに打開策を提示するように諭す……、"アドバイザー"の力量を信頼し敬服するからこその態度であった。


「新たな情報を得ています……」


 この日も期待通りの返事を返した政治顧問の声にエンボリは頬を緩めた。


「ほう……、次は何を考えている?」


「ダンウー族の件です。解放戦線への協力を取りやめる予定であるという情報を得ました……」


「なるほど……、モチミ族との諍いがまた原因だろうな……」


 モツ族以外の少数民族も取り込み、多数派の政府に対抗しようとしているメネべ民族解放戦線だが、宗教や価値観の異なる部族同士の寄せ集めであるため、組織内でのトラブルは絶えなかった。ダンウー族とモチミ族との諍いはその中でも特に根が深く、小規模な武力衝突に発展することもしばしばだった。


「それで?どうするつもりだ?」


 部下の返答に期待しながら問うたエンボリに、"アドバイザー"は一拍置いてから答えた。


「奴らはダンウー族の本拠に明日、直接交渉に出向くようです。情報ではそこにエジンワ自身も来るとか……」


「ダンウー族の本拠と言えば、ヘンベクタ要塞か……」


 "アドバイザー"の報告を聞き終えたエンボリは記憶を辿りながらそう独り言ちると、深い皺の多く刻まれた頬に薄笑いを浮かべた。


「それで?国軍で要塞ごと包囲するか?」


 受話器を握った右手とは逆の左手で持ったコーヒーカップを啜りながら、エンボリは電話相手の答えを試すように問うた。彼の信頼する政治顧問は再び一泊の間をおいて答えた。


「余り大きな部隊を動かすと奴らに気取られ、交渉が中止になる危険性があります。やるならば小部隊での強襲かと……」


「なら、君の傭兵部隊が適任だな」


 エンボリはチェスターとイガチ族の山岳部隊に関しては指揮権を"アドバイザー"に完全委任していた。そのチェスター達を敵拠点強襲に再び使おうというのが国王の腹づもりだったが、"アドバイザー"はその意見にも同意しなかった。


「彼らは現在の位置からして距離的に移動が間に合わんでしょう。それに何よりもチェスターが今回の任務を断っています」


「断わった?何故だ?」


 エンボリの声に微かに苛立ちが籠もる。チェスターと彼に指揮を託したイガチ族の部隊に関しては政府軍の正式な指揮系統からは外され、基本的な行動決定などはチェスターの裁量に任せられていたが、自分の指令を無下に却下されては国王が苛立つのも当然だった。"アドバイザー"はチェスターの心情も考慮しながら言い添えた。


「彼なりの事情があるのだと思います。サヴィンビ将軍暗殺の件で大きな失敗をしたばかりですから……」


「失敗は奴自身の責任ではないか……!」


 つい語気を荒らげてしまったエンボリに対し、"アドバイザー"は慎重に報告を続けた。


「その件ですが、気になる話をチェスターから聞いておりまして……」


 そこまで告げて止めた"アドバイザー"の声色は暗かった。何かしらの懸案事項を告げられると覚悟したエンボリは一息整え、心の準備を終えると、部下に続きを求めた。


「何だ?勿体ぶらずに言い給え」


 一拍の沈黙の後、受話器の向こうから返答があった。


「新たな傭兵と遭遇したとのことです。狙撃もその兵士に邪魔されたとか……」


 予想通りの悪報にエンボリは溜め息を吐くと同時に、速まった心臓の動悸を抑えるため、左手に持ったカップのコーヒーに口をつけた。


「奇妙なのがチェスターによると、八百メートルの狙撃に気づくほど感覚は鋭かったらしいですが、戦闘技術に関しては殆ど素人に近かったとのことでした」

 傭兵ではないのかもしれません……、と続けた"アドバイザー"の報告にエンボリは受話器を握った右手の肘をデスクの上につき、今一度大きな溜め息をついた。


「何れにしろ、また面倒くさい邪魔者が解放戦線に組したことは間違いない……」


 老齢の体に心労が溜まるのを感じながら、エンボリが長髪の白髪を掻いた時だった。受話器の向こうの部下から打開策の提示があった。


「内通者の情報によると、その傭兵もヘンベクタ要塞への交渉に向かうとのことなので、エジンワや他の傭兵ともどもまとめて消す予定です」


「どうやるつもりだ?勝算は?」


 期待以上のことを先回りして考える聡明な部下の言葉にエンボリは思わず声を上ずらせた。


「勝算は高いとは言えませんが、やってみる価値はあります……」


 そう慎重に答えた"アドバイザー"の声に再び薄笑いを浮かべたエンボリは手汗の染みた受話器をしっかりと握り直すと、意見具申の続きを求めた。


「話を聞こうか……」

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