眠るさつりくオランウータン

かわはた りな

眠るさつりくオランウータン

わたし、かさは窮地に立たされていた。居候させてもらっている、推理小説好きの先輩の鍵山さんの部屋で昼寝をしていたはずが、起きてみると見知らぬ部屋にいたのだ!



「助けてください!さっきまで鍵山さんの部屋で昼寝してたのに、起きたら『セックスしないと出られない部屋』にいるんです!」

電話の向こうで先輩がゲホゲホとむせる声が聞こえる。

『セッ…?は?笠さん、ちょっと落ち着こうか。まって、あの、今セックスしないと出られない部屋にいるの?は?』

「壁にそう書いてあるので……。窓は無いし、ドアの鍵が閉まってて、外に出られないし……」

『待って待って、セックスしないと出られない部屋に連れてかれてるって、普通に拉致監禁では?警察に通報した方がいいのでは?でも、今どこにいるのかわからないってことか。まあ、俺と電話できてるし、無事みたいだから通報はまだ先でいいか……。俺の方が落ち着かないんだけど。セックスしないと出られない部屋って言うことは、他にも誰かいるってこと?』


電話越しからも、先輩が慌てている様子がわかる。先輩が慌てすぎて、逆に落ちついてしまう。


「鍵山さん、びっくりしないでくださいね」

『わかった』

わたしが声をひそめたのが分かったのか、先輩も静かに私の次の声を待つ。

「ベッドに寝ているんですよ、さつりくオランウータンが」

『は?』

「さつりくオランウータンが寝ているんですよ」

『オランウータン?変わった名前の人だね 』

「現実逃避しないでください。現実逃避したいのはわたしの方です。動物のオランウータンですよ。首から『さつ りく オランウータン』っていう名札っぽいのを下げて、ベッドで寝てます」

先輩が絶句しているようで、返事がない。何も言わないのをいいことに、わたしはまくし立てる。

「鍵山さん、助けてくださいよ!セックスしないと出られない部屋が仮に現実だとしても、相手はオランウータン!?せめて人間が良かった!!!欲を言えば!イケメンが!よかった!!!!!」

『……とりあえず、オランウータンが今も寝ているなら、静かにして起こさない方がいいのでは?』

起こさない方がいい、それはそうだ。これからは声をひそめて電話しよう。


先輩のひとりごとのような、『それにしても殺戮オランウータンかー。セックスしないと出られない部屋って、要するに密室だからなー』という声が聞こえる。さつりくオランウータンって有名なんだろうか。


『とりあえず、俺もどうすればいいか考えてみるから、5分くらい電話切るわ』

そういうなり電話が切られる。ただ待っているのもなんだから、出られないなりに、静かに部屋の捜索をしよう。


とはいっても、ほんとうに何も無い部屋なんだよね。8畳くらいのフローリングの一室で、オランウータンの寝ているベッドと、壁にコンセントくらいしかない。ドアも一軒家にあるような、よくあるドア。部屋の外からしか鍵が閉まらないことを除けば普通のドアでは?ほんと、部屋の中から窓があれば、入居したての普通の家なんだけどなあ。



オランウータンがいること、家具と窓が無いこと、鍵が閉まってることに気を取られて気が付かなかったけど、もしかしてここは一軒家の一室なのでは?



わたしが思い至るのと同時に、ポケットでスマホが震える。鍵山さんからの電話をとると

『今から動物園の人と警察の人が来るから!近所の動物園から、オランウータンが逃げて探してるんだ。通報したから、落ち着いて静かに待ってて』


ドアから、オランウータンを刺激しないような小さい「トントントン」というノックの音と、カチャリと鍵が開く音がして警察が入ってくる。



セックスしないと出られない部屋からの脱出成功!





と、話が終わらないのが現実で。


そこからのわたしは、一応、拉致されて監禁されたという事で警察に話をし、念の為病院に行き、と慌ただしく過ごした。

警察の人から聞いたのは、「最近この家に引っ越してきた家主が、荷物のない部屋と外から鍵のかかる部屋を見て、『セックスしないと出られない部屋』に友人をいれて驚かせよう!と思って、壁に張り紙をしたり、窓を板などで隠したりした」らしい。

鍵を閉め忘れて買い物に行ったタイミングで、動物園から逃げたオランウータンが玄関から入り、誘拐された私が部屋に入れられ、それに気が付かなかった帰宅した家主が部屋の鍵を閉めたんだとさ。



夜に、やっとのこと帰宅した私を、先輩が出迎えてくれる。

「おかえり。とにかく無事でよかった。大変だったでしょ」

「ただいまー。すっごく疲れたー!ところで鍵山さんはなんで居場所がわかったの?」

ああ、それはね、とスマホを出す。

「笠さんに何かあった場合に居場所が分かるよう、お互いの場所が見れるアプリ入れてあるじゃん?」

なんか、そんなアプリ入れたような気がする…。

「セックスしないと出られない部屋で動揺して、殺戮オランウータンと密室にいるなんて思ったらもっと動揺してしまって。すぐに気がつけなくて申し訳ない」

先輩が、頭を下げて謝ったあと

「Twitterとカクヨムを賑わせている殺戮オランウータンが現実に!?って1度考えたら、なかなかさつりくが名前だと思い至らなくて。そうだよね、名札には名前が書いてあるものだし、現実のオランウータンは動物園にいるもので殺戮はしない」


そういって先輩はとあるネットニュースを見せてくれる。


『○✕動物園からオランウータン サツ 莉玖リクくん逃げる』

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眠るさつりくオランウータン かわはた りな @rina_kawahata

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