第4話 自由都市ガザフへの道3

 僕は、幌馬車の荷台の中で小さくなって座り込んでいた。


 暫くそうしていたのだが、何もする事が無く話す相手もいないとなると、馬車のガラガラという音だけを聞いている事になる。


 今朝は朝が早かったし、慣れない旅の緊張からくる疲れで、そのうち眠ってしまったようだ。


そして夢をみた……懐かしい夢だった


 僕は、薬草畑の前に立っている。右手には仄かに黄色く光る小石を握っていた。


 左側を見ると、じいちゃんが僕の左手を握っている。


 じいちゃんが見上げるように大きい。


 (あー、これ僕が五歳くらいの頃、初めて[精霊石]を使って、荒れ地を[大地の精霊力]で癒した時かな。初めて魔力に触れたのもこの頃だったかな……)


「さあ、ユーリ、小石さんにお願いして、荒れ地を少し癒して貰おう」


「うん! 小石さん、お願いします。少し癒して下さい!」


 僕は右手の精霊石を強く握った。


 すると、じいちゃんの握る左手から何か温かいものが流れ込み、ユーリの体を経由して、右手の小石から何か光る砂粒のような物が霧の様にゆっくり拡がり、徐々に大地に落ちていった。


「ユーリ、今のが魔力と呼ばれるものだ。これから毎日、癒しを行えば、いずれお前も一人で癒しを使えるようになる。魔力の流れを感じる事が大切なのじゃよ」


「うん! 僕、頑張るよ! 小石さんも一緒に頑張ろう!」


 その呼び掛けに答えるように、精霊石は黄色く仄かに輝いたように僕には思われた。


 夢の情景は移り変わり……


 僕は、部屋の隅に座り込んで精霊石に魔力を注いでいた。毎日の日課にしているのだ。


 荒れ地を癒すようになってから気が付いたのだが、精霊石が黄色く明滅する時があり、まるで[おなかすいたよ]と言ってるみたいに感じた。


 魔力を注いでみると、[ねむい]とばかりに普通の石にもどった。だから僕は、[ごはん]の時間と名付けた。


部屋の真ん中では、じいちゃんが、ポーションの作成を行っていた。


 薬草の乾燥に[火属性魔法]、粉砕し粉末にするのに[風属性魔法]、そして水を浄化し、粉末状の薬草と[錬成]する[水属性魔法]、初級とはいえ三種類の[属性魔法]を用いて、一本のポーションが完成した。


「低級ポーションとはいえ、ガザフで買えば大銅貨五枚にはなるじゃろ。行商人から購入した空き瓶代と手数料を除いても、買い取り一本あたり、大銅貨三枚というところかのう」じいちゃんは、一人でつぶやいている。


「じいちゃん! じいちゃんが使っている錬成魔法って、僕でも使えるようになるかな?」


 僕は、仕事の邪魔はしたくなかったけど、好奇心に負け尋ねた。


「うん? ああ、そうじゃのう、まず、お前に属性適正があるか知る必要がある。ガザフの探索者ギルドに登録すれば知る事は出来る。だが新しい魔法を覚えるにはかなり金がかかる。ワシの時でも魔法一つで、金貨一枚は必要だったな」


「ええっ‼ 金貨ってたしか大銀貨十枚分の価値だよね」


 僕は、その金額に驚いてしまった。でもそれも仕方ないと思う。村で見かける最も高価な貨幣といえば、大銀貨である。


 銅貨十枚で大銅貨一枚、大銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で大銀貨一枚の価値になり、大銀貨でも相当な額だ。


 金銭収入を得る機会の少ない村では銅貨一枚でも貴重なのだ。


「自力で素材を集めたから、その金額で済んでおるんじゃよ」

 

 さらに驚かすような事を言うじいちゃんに、「どんな素材が必要なの?」僕は現実逃避ぎみに、金額の事を頭から追いやった。


「説明しても良いが、今のお前が知ってもどうにもなるまい。しかし、[転写魔法]については知っておく必要があるじゃろう」


「転写魔法⁉」僕は、初めて聞くその言葉に、少し興奮した。


「そうじゃ、ワシも仕組みやら詳しい事はわからんな、正確には[魔法陣転写魔法]と呼ばれ、人や物に魔法陣を刻印し、[魔法発動体]にする。まあこれも魔法のようなものかの……いや魔法そのものかもしれん」


 そう言って、じいちゃんは、暫く考えこんでいた。しかし、そのうちまた話し始めた。


「人の場合は、体内の魔力、物の場合は人を介してか、魔石からの魔力を使って魔法を発動する。ダンジョン内で見つかった遺跡から発掘された技術らしい……ワシの右手の甲を見なさい」


 そう言って右手の甲を僕に向けて見せた。


 右手に羽が三枚と中心に円があり、円の中に文字か記号の様なものが描かれている。


「あれ、じいちゃんの手にそんな紋章あった⁉」僕は、驚いていた。


 今までそんな紋章はじいちゃんの手になかったからだ。


「普段は見えんよ、意識して今は見えるようにしとるよ」そう言って紋章を消してみせた。


「この紋章は、探索者ギルドに登録した者の手に転写魔法の[魔法具]で刻印される。討伐した魔物から解放される魔素を吸収する魔法陣じゃよ。魔素吸収する事で探索者は強化されていく。ダンジョン下層へ行くほど魔素は濃くなり同じ種類の魔物でも強力になる。それと同じ理屈じゃの、一部の研究者等は魔素吸収による強化は、いずれ探索者を[人外]にすると警鐘を鳴らす者もいたが、誰も確かな事はわからんよ」


 そう言うとまた考え込んだようになって


「いや、すでに十層の試練を越えたあたりから、[人外]染みた予兆は……しかし、強くなる以外にこれといって身体に影響もないしのう。まあ増長して乱暴になる奴もいたが、変わらん奴は変わらんしのう」


 こうなったじいちゃんは長いので「じいちゃん、その羽根みたいな模様は何?」と話を変えてみた。


「うん? ああ、羽はな十層攻略毎に一枚増えるんじゃよ。[試練の魔物]を倒す必要はあるがのう」


 じいちゃんは突然変わった話に慌てたように答えた。


「つまり、じいちゃんは、三十層攻略者って事だね!」僕は、無邪気に興奮して少し声が大きくなった。


「ああ、ダンジョンは十層毎に、探索者の力を試す様な試練を課してくる。ワシは三十層の試練に打ち勝ち生き延びはしたが……実力が足りんのに大規模遠征に無理して付いていったのが悪かったのじゃろうな、その時の無理が祟って引退する事になったんじゃよ」


 じいちゃんは、少し寂しそうにそう呟いた。

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