第三話 五右衛門風呂でガールズトーク

 「っておい。姫様の入る風呂が五右衛門風呂かよ。」

俺は目の前に現れた姫様に最も相応しくないサイズの風呂に軽い目眩をおぼえた。真昼間に年頃の女の子が入る風呂じゃないでしょうに。なんと言うか、バカみたいに広くて何人も同時に入れるサイズとかじゃ普通はないのか?まぁ、知らんけど。

「あはは。まぁ私も、最初はびっくりしたわよ。でも慣れたわ。」

背中を向けていたフェミルナがこちらを見る。そして俺の顔、正確には血でパリパリになった髪を見る。

「やっぱり爺に苛められたみたいね。ごめんなさい。」

そう言ってフェミルナは浴槽(正確にはドラム缶…)から出て俺に近づいてきた。うわ、腕細っ、綺麗なラインの体しちゃってまぁ…。指も長っ!

「ほら、座って。私が洗ってあげる。」

フェミルナが座れと手で勧める。いやいやいや、ここでフェミルナに洗ってもらったとかオーレンにバレてみろ。何をされたものか分かったものじゃないぞ。素直に座るのは危険だと考えている俺を見て、フェミルナは続ける。

「どうせ、女の子の髪の洗い方も覚えてないのでしょう?す・な・お・に、座る!」

フェミルナは強引に俺の肩に手をかけ、強引に座らせる。強引に座らされた俺はやむなく身を任せることにした。…あくまでやむを得ず、だ。うん。姫様のご厚意を無下にはできないからな。そういう事にしといて。

 ワシャワシャワシャ…。フェミルナの細い指が動く。何だこれは、天国か?絶妙な力加減で頭を洗われて、俺は昇天しそうになっていた。だが、そろそろ突っ込んでもいいだろう。

「なぁ。」

「ん?どこか痒い所でもある?」

フェミルナは手を止めずに痒い所が無いかを聞いてくる。

「右耳の後ろ。じゃなくてよ。なんで姫様一人風呂入って、更にどこの馬の骨か分からない男女の髪を洗ってるんだ?まぁ、気持ちいいけどよ。」

ピタリ。フェミルナの手が止まった。あ、泡が顔に垂れてくる。ヤバい、目が開けられないやつだこれ。

「あー、やっぱりそういうの気にする系の人?」

「言いたくなけりゃ、聞かないけどよ。」

ハッキリとしないフェミルナの声。歯切れが悪いってことは言いたくないかもしれないと思い、俺はこの話題を引っ込めようと思っていた。

「別に大したことじゃないの。ちょっと国を追われちゃってね。」

さらりと爆弾発言じゃないですか?フェミルナさん。姫様が国を追われるっていったい何をしでかしたのさ?気にはなるが、変に踏み込むことも躊躇される。オーレンの言葉を思い出したからだ。

『賊軍の間者』『姫様の影武者』この二つのキーワードから察するに、フェミルナの国はクーデター的なものか政争の真っただ中という事だ。そしてこのフェミルナの住まいと風呂…。フェミルナ陣営は苦しい状況にあるという事だろう。

「ごめんね。ミュゼを面倒に巻き込むつもりはないから。心配しないで。」

沈黙した俺に気を使ったのか、再び手を動かしだしたフェミルナが声をかける。

「面倒かけてるのは俺じゃないのか?」

「あはは、まぁそれは拾った責任ってことで。」

「イヌやネコと同じ扱いかよ…ったく。」

不思議とペット扱いされても悪い気にはならなかった。そう言ってごまかしているとなんとなく分かったからだ。ただの勘だけどな。

「よいしょ、っと。それー!」

フェミルナが何の前触れもなく、桶の湯を頭から盛大にかけてきた。勢いがよすぎて、髪が磯の海苔のように顔にへばりつく。うげ。息が、息がぁぁぁ。

「女ってめんどくせぇな…。」

濡れて体にへばりつく髪を引きはがしながら、俺はげんなりとしていた。

「ミュゼも髪が私と同じぐらい長いからね。ほら、こうして頭の上に集めて…。」

フェミルナは頭の上に髪を器用にまとめて、タオルで包んでくれた。おお、これなら気持ち悪くない。が、水を含んだ髪が頭に集まっているので、今度は頭が重い。女ってめんどくせぇ…。頭のバランスを取るのに苦労する俺を『すぐ慣れる』と笑いながらフェミルナは見つめていた。


 「ミュゼも一緒に入ればいいのに。」

口を尖らせたフェミルナはドラム缶にもう一度入っていた。俺はしつこく『一緒に入る』と言うフェミルナを無視して、バスタオルを巻いて横に立っていた。

「ねぇ、私の妹にならない?」

フェミルナは、いきなり突拍子もない事を言い出しました。ご乱心されましたか、姫。

「双子の生き別れの妹です。ってか?それは無理があるだろう。」

俺は冷静にフェミルナに返した。妹をぬいぐるみやペットみたいに急に増やすな。

「だって私ずっと妹が欲しかったんだもん。」

「そりゃお父上とお母上に頼んでくれ…。」

「それができたら苦労しないわよ。あーあ、昔は簡単に人間を作れたっていう言い伝えがあるけど、それがあればな~。」

なんだそりゃ。子作りには違いないけど。そんなポンポン出来たら困るだろう。

「ミュゼ、知らない?くるーん?くれーん?く…なんとか、ん!っていうやつ。」

「あぁ、クローンか。それは妹ができる技術じゃなくて…。」

待て。口が勝手に動くように言っているが、俺は何を言っている?俺は言い伝えとされているような単語をなぜ知っている?

「それそれ!ミュゼってすごいわね!もしかして考古学とか嗜んでいるの?」

「いや、そんなことはない。語呂がよかったからそう言ってみただけだ。」

フェミルナの好奇の目から俺は顔を背けた。自分が一番驚いていたんだ。本当に、『顕微鏡の画像の中で細胞分裂している姿』が頭の中に浮かんできたのだから。クローンが何か。という事は思い出したが、それ以外はさっぱりだった。

「すまん。湯冷めしそうだから先に上がるわ。」

そう言って俺は浴室を後にした。とりあえず、まずはこの頭の混乱を鎮める時間が欲しい。


 「こりゃ、部屋というか。物置というか。監獄というか。」

『こちらがミュゼ様のお部屋となります。』と、風呂から出て、メイドに通された部屋は畳2畳もない階段下のスペースだった。メイドの方がいい部屋絶対いるよな…。

階段下スペースなので、窓はない。いつだって扉を閉めれば暗闇だ。部屋に入った瞬間になぜか扉の近くの壁を手でまさぐってしまった。体が勝手に動いて探していたという状況だ。俺はあらかじめ受け取っていたランタンに火をつけた。チロチロと燃える火が柔らかな明るさを提供し始めた。

「こうも暗い部屋にいたことってなかった気がするんだけどなぁ。」

まぁ記憶もないものですから、ただの思い込みの可能性もあるがね。

「さぁて。部屋には何がありますかなっと。」

狭い部屋をもう一度観察してみる。先ほど使った細剣が立てかけられている。他にはメイド服があった。それ以外には下着めいたものが少し。あったのはこれだけだった。

「この剣…。握ると不思議と初めて持った気がしないんだよな。」

俺は鞘から剣を抜いてその刀身を見つめた。…どこも刃こぼれはしていないようだ。先ほど使った時の汚れも全て落とされて手入れがされているようだった。

「ま、考えても仕方ないしな。とりあえず…寝るか。」

明日からの困難も知らずに、俺はそのまま床に寝そべって寝ることにした。女子を舐めてたとどれだけ後悔しても足りなかったと知るのは、もっと先の話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

光と影の国 ~偽りの姫君~ 近藤ヒロ @koudouhiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ