第Ⅰ2節

 ⑺「長年にわたる恐怖と裏切り行為のなかで生き抜いた人びとは、ただ外見的に肉体的にしか生き残れないのである。内部にあるものは腐敗していくのである。」だからこそ何百万という密告者がいたのだ。「魂の癌」は下劣な行為を惹き起こす。フョードル・ペレグードはミハイル・ドミートリエヴィチ・イワーノフを親代りになって養い、就職の世話をしてやり、仕事も教えてやった。ところがこのM・D・イワーノフは、フョードル・ペレグードがドイツ製の機械をほめたと内部人民委員部に密告して逮捕させた。このとき、ペレグードの十四歳の娘も監獄へぶちこまれたが、これもイワーノフの仕業だった。農業技師のA・A・ソロヴィヨフは、品種改良の専門家、V・A・マルキンが逮捕された後、マルキンが創った小麦の新品種を盗み、自分の業績とした。仏教文化研究会がその有能な研究員全員の逮捕によってつぶされ、所長のアカデミー会員シチェルバッキーが死んだ時、その弟子であるカリヤーノフは未亡人を脅して、所長の残した研究論文を手に入れ、自分の名前で発表して有名になった。等々。ところがこれは一部の現象ではなく、「戦時中はこの野蛮な特質がほとんど全国民的なものとなって表われたのではないのか? もし誰かが深い悲しみに陥ったり、爆弾で家を破壊されたり、火事にみまわれたり、疎開したりすれば、一般的なソビエト市民である生き残った隣近所の人びとが、時を移さずその隣人の財産で私服を肥やそうとしたのではなかったか? 」とソルジェニーツィンは書いている。結局、「堕落」の意味をソルジェニーツィンは、「総合的な社会生活は、裏切り者たちが選抜され、無能な人びとが勝利をおさめ、そして最も優れていて正直な人びとが切り刻まれるようにできていた」とまとめている。

 ⑻「絶えず嘘をつくことが、裏切り行為と同様に生きるための唯一の安全な方法となるのである。」「一揃いの文句、一揃いの呼び名、一揃いの既成の嘘の形態があり、このような主要なセットを使用しないいかなる演説も、いかなる論文も、いかなる書物も、それが科学ものだろうと、社会ものだろうと、評論だろうと、あるいはいわゆる《純文学》だろうと、ありえないのである。」「公にものを書いた人でたとえ一ページでも嘘をつかなかった人はいなかったのだ。演壇に登った人で嘘をつかなかった人はいなかったのだ。マイクにむかった人で嘘をつかなかった人はいなかったのだ。」それだけではない。相手が当局者であろうが一般のソビエト市民であろうが、一対一の会話の場合でも嘘は必須だ。相手が「わが軍はヒットラー軍をなるべく奥深く誘い込むためにヴォルガ河まで退却している」と言えば、「必ず賛同しなければならないのだ! 」。こんな社会で子供たちをどう教育すべきなのか。「最初から嘘を真実と思いこませて(略)彼らの前でもいつも嘘をつくことにするか、それとも彼らには真実を教えることにするか、後者の場合、子供たちは(略)考えていることをすべて口にする危険性をはらんでいる。そのために、すぐさま、真実は滅亡の源であり、外へ一歩でも出たら、嘘をつかなければならない(略)と教えこまなければならないのである。」ソルジェニーツィンはやはり子供のことを気にかけている。

 ⑼「これまで述べてきたすべての特質のなかにあってはたして親切な心が保たれたであろうか? 溺れている人びとの助けを求めて差し出された手を払いのけながら、どうして善良な心を保てるであろうか? いったんその手を血に染めると、あとはもう残酷になるばかりである。いや、その残酷さ(階級的残酷さ)を謳歌し、育成したのだ。」ソルジェニーツィンは彼が知り得た「残酷さ」の実例をいくつか記している。ヴェーラ・クラスーツカヤの夫は一九三八年に逮捕され、死んだ。共同アパートの隣人であるアンナ・ストリベルグはそのことを知って、一九五六年まで十八年間、「あたしがいいと言っている間は、ここに住んでもいいけれど、あたしの気が変れば、のお迎えが来るわよ」とクラスーツカヤを脅かし続け、支配していた。一九五○年の冬、ニコライ・ヤーコヴレヴィチ・セミョーノフが逮捕されると、彼の妻はすぐさま夫の母親を家から追い出した。「この老いぼれた魔女め、さっさと出ていけ! お前さんの息子は人民の敵なんだよ! 」この妻は六年後、夫が収容所から帰ってくると、成長した娘とぐるになって、夫を下着一枚の姿で真夜中に追い出した。娘がそうしたのは、「自分の将来の夫のために場所を空けておかなければならなかった」からである。娘は父親の顔を目がけてズボンを投げながら、「さあ、出ていけ、この老いぼれた悪党め! 」と叫んだ。等々。

 ⑽アレクサンドル・バビチの罪状は、《一九一六年にトルコ軍に加わってソビエト政権(‼)に対して敵対行為をとった》ということだった。まだ存在していないソビエト政権にだ。しかし、バビチは検事への上申書のなかで「戦時中とあって、当局が個々の人間の訴訟事件を検討するよりも、もっと重大な問題に振りまわされていたことを、私は理解できます」と述べて当局の捏造に「理解」を示した。

 以上、この章を読むとまさに、「《群島》は自分が創造されたことを恨んで《ソ連邦》に復讐している」(第三部二十一章)という思いがする。ソ連が崩壊した真の理由も理解できるように思うのだ。


 4 終わりに


 『群島』の成立については「初めに」で述べたが、このようなナチスの蛮行に匹敵するような事実がソルジェニーツィンという一個人の営為によって、国家権力と闘いながら記録されたのである。しかし、このような重大な歴史的事実の解明を彼の営為の範囲にとどめておいてよしとするわけにはいかないだろう。ソ連における収容所の実態は今後も多くの歴史研究者によって精力的に解明されなければならないことだと思う。ソルジェニーツィンは「あとがき」で次のように書いている。

「私がこの書物の執筆をやめたのは、この書物が完成したと考えたからではなく、もはやこれ以上の時間を本書に割けないと判断したからである。

 私はこの書物を大目にみてくれることを願っているだけではない。私は次のように大声で叫びたいのである――その時機がきて、その可能性が出たら、生き残った事情通の人びとよ、どうか皆で集って、この書物のほかにその解説書を書いて下さい。必要があれば、訂正し、必要があれば、補足して下さい。(略)そのときはじめて本書は完成するのである。皆さんに神の助けあれ。」

 ロシアの歴史学会や文学会の事情に私は疎いが、ソルジェニーツィンの遺志が受け継がれることを願うものである。

 年譜を見れば、ソルジェニーツィンは兵役に就く前から習作を書いているようだ。彼は十代から作家を志していたと思われる。しかし、彼を真の作家に育てたのは収容所だった。収容所が彼の魂を成長させたことは「向上」の項でも自ら述べているが、収容所の苛酷な体験が人間と社会を見つめる作家としての鋭い目を鍛え、深い心を養ったのである。ソルジェニーツィンはロシアの大地と収容所によって生み出された作家である。

                                






























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