第6節

 d 少年囚

 

 一九二七年に十六歳から二十四歳までの囚人の割合は、囚人全体の四十八パーセントを占めていたという。十六歳未満の者は含まれていないわけだ。「この数字の意味するところはこうだろう――十月革命のときからだった青少年が、一九二七年に《群島》人口の約半分を占めていたということである。これらの少年少女たちが勝利を誇った革命の十年後に監獄の人となり、しかも監獄人口のほぼ半分を構成していたのである! 」ここにはボルシェヴィキ革命に対するソルジェニーツィンの批判と悲憤が漲っている。とにかく「《群島》は絶えて青少年に不足したことはない」のだ。

 一九三五年に、量刑において十二歳から法典の定める尺度を適用するという政令が出される。つまり、銃殺を含めてすべての刑罰が十二歳以上の青少年に大人と同等に適用されることになったのだ。《偉大なる悪党》(スターリンを指すー筆者注)が「《歴史》のやわらかい粘土」に押しつけたもう一つの痕跡だ。その後も少年の起訴についての政令が次々と出される。一九四一年七月七日に出た政令では、裁判所が一九三五年の政令の執行を誤っているとして、子供たちが故意に起こしたときだけではなく、うっかりして惹き起こした犯罪の場合も起訴して、すべての刑罰を適用することを命じている。「世界の歴史が始まって以来、これほど徹底的に子供の問題の解決に近づいた者はまだ誰一人いないのではなかろうか! うっかりやったことでも十二歳から刑事責任を取らせ、しかも銃殺刑まで科すとは! 」とソルジェニーツィンは憤慨する。独ソ戦が始まり、ドイツの戦車隊がレニングラード・スモレンスク・キエフを目ざして前進していたとき、こんな政令を最高会議幹部会が出したことに、ソルジェニーツィンは「今の時点で、この政令のどの点に関心を払うべきか」と問題を提起し、「わが国が戦火に包まれていたあのときに当局がどんな重要な問題に取り組んでいたかを如実に示す」学術資料としてか、それとも政令の内容自体にか、と皮肉な書き方をしている。同じ年頃の子供を持っていた党員の検事や裁判官たちは「誰一人としてひるむこと」なく、子供たちの逮捕状を交付し、一般収容所に三年、五年、八年、十年と放りこむ判決を下した。《麦の穂を刈り取った》《じゃがいもをポケット一杯盗んだ》そんなことで、「年端もいかぬ子供に八年以上の実刑を言いわたす始末だった! 」。

 ソルジェニーツィンは作家になるまでは教師をしていた。大学を出て、中学校の教師となり、数学と天文学を教えている。その後、召集、逮捕ということになるのだが、八年の収容所生活を終えて流刑になると、再び教職についている。学校を舞台とする短編小説『公共のためには』も書いている。少年囚を描く彼の筆には、子供を見つめる教師の目が感じられる。

「一人前の勇気ある大人たちでも耐えられないような生活」に投げこまれた子供たちは、難なくその生活に適応する。「奇妙な形で、彼らの成人は始まっていったのである。監獄の敷居をまたぐことによって! 」「彼らは見る見るうちに収容所の生活に溶け込んでいった――一週間や二週間ではなく、わずか数日のうちに溶け込んでしまったのだ! 」「少年囚たちは《群島》の言語、つまり無頼漢どもの言語と《群島》の哲学をわがものにしたのであった。」「《群島》で少年囚たちが見た世界は、四つ足の動物の目に映る世界だったのだ――そこでは力だけが正義である! 猛獣だけが生きる権力をもっているのだ! 」大人は《群島》の現実に「自分の体験、自分の思考力、自分の理想、その日まで本から読み取ったものなどを対抗させることができる」が、子供たちは「幼年時代の神聖な感受性をもって《群島》の世界を知覚するのである。そしてのうちに子供たちはそこで獣と化してしまうのである!――いや、獣よりもひどくなる、まったく倫理的観念をもたないものとなるのである。(略)少年囚は、もし自分の牙よりも弱い牙をもっている者がいれば、その者の食物を奪え、それは自分の食い物なのだ! と心得るようになる」。

 ソルジェニーツィンは少年囚たちがどのように育っていくのかを様々な事例によって描いている。それらはいずれも少年囚たちの不幸の記録だ。

《群島》には少年囚を収容する二つの主要な方式―個別の少年院(主として十五歳未満の下級少年囚用)と混合収容地点(上級少年囚用)がある。このどちらの方法も少年囚たちに「動物的な憎しみを育て」た。「泥棒どもの理想の精神に沿って教育」したからである。

 少年院での下級少年囚たちへの配給食は一般収容所のそれとは異なり、牛乳、バター、正真正銘の肉が加えられていた。「少年囚たちを長期間収容所に送り込んだ政府も人道主義を捨てきれず、これらの子供たちが共産主義の将来の主人公であることを忘れていなかったのだ。」それで、少年囚たちの教育係が、「少年囚たちの釜に手を突っ込」み、配給食を盗むのだ。少年囚たちは教育係から長靴で蹴られ、常におどかされている。この教育係たちが「大祖国戦争だの、わが国の不滅の偉業だの、ファシストどもの残虐ぶりだの、スターリンの子供たちに寄せるあふれるばかりの愛情だの」の講義をするのだが、同じ事柄を繰り返す「心理学の法則を知らない」講義に少年囚たちは嫌悪を感じるが、「そこに蒔かれたたくさんの種子のうちで憎悪の種子、つまり、《五十八条組》への敵意、人民の敵に対する優越だけが芽を出したのであった」。


 

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