おうちデート

 藍白あいじろの弁当を食べ終わったあと、藍白はまだゲームをやりたそうだったので、しばらく午前中と同じような時間を過ごした。


 すると突然、藍白は何を思ったのかコントローラーを置き、俺の方を向いた。


 どうしたのかと思い、俺も無意識にコントローラーを置く。


「? どうしたんだ、藍白?」


藍白は俺の部屋に入ってきた時と同じように、部屋の中を首を回して見る。


 改めて見られるとなんだか落ち着かない。


「あの、藍白?」


その顔は気のせいかもしれないが、ほんの少しだけ不機嫌そうに見えた。


「安尾君…………オタクってことは、アニメのキャラが、好きなんだよね……………?」


本当に突然どうしたのだろう。


「まあ、そうだけど」


 藍白はムッとした表情をうかべる。


 え? 俺なんか変なこと言った? なんかすごく藍白の機嫌が悪いように見える…………。


「えっと、それが、どうかしたのか?」


 すると今度は、頬を紅く染めて…………今日の藍白はころころと表情が変わるな。以前よりも俺に気を許してくれているということだろうか…………はっ、いかん、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。


「私より……………好きなの?」


 (ぐふっ!?)


 予想外の言葉に危うく窒息死しそうになる。


 聞き取ることが難しいほどの小さな声だったが、言葉のインパクトがあまりにも大きすぎる。


 な、何て答えればいいんだ?


 ここは男らしく……………。


『何言ってるんだよ。お前が一番好きに決まってるじゃないか』


 恥ずかしすぎる!


 それともツンデレっぽく……………。


『そ、そうよ! 俺が一番お前を好きだなんて思わないでよねっ!』


 キモすぎる! というかなんで女性口調になってるんだ。


 俺が首を傾げて唸っていると、藍白はその様子を勘違いしたようで……………。


「やっぱり私より、好きなんだ……………」


「へ?」


「そんなに悩むってことは、アニメのキャラの方が好きだっていうことでしょ……………」


 あからさまに落ち込む藍白。


 ま、まずい!


「え、えっと、そうじゃなくてだな………」


 これは、やっぱり藍白が一番好きだと伝えるべきなのか?


 だ、大丈夫だ。これまでにも求められたことはある。何てことはない。ただ俺の気持ちを伝えればいいのだ。


「藍白の方が、好きだよ…………」


「…………本当に?」


 藍白はまだ疑っているようで、上目遣いで俺を睨む。可愛過ぎるせいで全然恐くないけど。


「一番好き?」


追い討ちかけてきたー!!


「あ、ああ、一番…………好きだよ」


 ヤバい、恥ずかしすぎる! 絶対顔真っ赤になってるよ。


「じゃ、じゃあ…………」


 な、なんだ? まだ何かあるのか? これ以上は俺の心臓が持たないんだが。


「名前……………」


 な、名前? 名前がどうかしたのか? 


 藍白はそう呟いただけで、それ以上は何も言わない。


「下の名前で、読んでよ……………?」


(がはっ!)


 ちょっ、ちょっと待ってくれ! 急にそんなことを言われても。心の準備というものが………。


「ず、ずっと思ってた……………距離は縮まったけど、その、お互い名字で呼ぶのは……………いや、だから」


 うんまあ、俺も少しは思ってたけどさ? でも俺的にはそのうち自然と呼べるようになればいいかなって。


 藍白は俺以上に、というかかなり気にしていたようだ。


 まあそうだよな。この際だから呼び方ぐらい変えるか。


「わ、分かった」


 深呼吸をして、気持ちを整える。


「…………………」


この沈黙は、決して藍白のフルネームが第一話以降出てきていないから覚えていないとかそういうことではなく……………いやホントに。


 な、なぜだ? なぜこんなにも緊張するんだ? 告白はできたのに! 絶対に告白の方がハードル高いだろ!


「や、康男、君……………」


 ああっ! 早く言わなければ。俺が藍白の名前を覚えていないとか勘違いされてしまう!


「あ、あの………私も……………下の名前で呼ぶから……………」


「へ?」


 ん? もしかして今の、漢字表記にすると『康男』だった? 


 いやいやいや、俺の場合音だけじゃ分からないから! 意識の問題だから!


「そ、それって変わらなくない?」


 弱々しくつっこむ。


「え? ……………た、確かに………」


 気づいてなかったのかよ?!


 藍白は途端に恥ずかしそうにする。


「と、とにかく! わ、私は、呼んだから……康男君も……………呼んで……………?」


 これ絶対俺の方が不利だよね?! まあ藍白もめちゃくちゃ恥ずかしそうだから本人的にはそうなんだろうけど。


「じゃ、じゃあ……………弥子?」


「っ……………」


 藍白は両手で顔を覆う。それでも耳が真っ赤だから、どういう表情をしているかは分かる。


「は、はい……………」


「な、なんで返事するの?」


「あ、いや、その、えっと………つい………というかなんとなく……………?」


 か、可愛いっ! もういちいち反応が可愛すぎるっ!


「そ、そうか」


「こ、これからも、ちゃんと呼んでね」


「あ、ああ」


二人して恥ずかしがって、どうすればいいのか分からない。


「あ、あのっ! 私そろそろ帰るねっ!」


「え?」


そう言うと、藍白は勢いよく立ち上がり部屋を出ていこうとする。


 あまりの一瞬の出来事に、呆然とする。


「あ、あのっ! 今日は本当に楽しかった!

……………ま、またねっ!」


 最後に飛びっきりの笑顔を見せて、藍白は部屋から出ていった。



後書き

第14話を読んでくださりありがとうございます!次回に引き続きおうちデートということでしたが、どうでしたでしょうか。

そろそろ物語の重要な部分である、藍白の記憶喪失について話を進めたいと思っています。

次話もよろしくお願いします!


























 

 

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