七話 す、すすき?

 放課後デート(?)の次の日、学校で会った藍白は、すごくぐったりとしていた。


 大丈夫か? バイトで疲れてるのかな。


 一時間目からうとうとしており、先生に何度も注意を受けていた。まあ、俺は藍白の寝顔が見れてラッキーだったけど。


 だが、そんな呑気なことも言ってられないことが、昼休みが終わった後の五時間目に起きた。


 昼食を食べたからなのか、藍白は五時間目が始まってすぐにお休みモードに入った。


 先生に二回ほど注意されても、その度に起きるが、また寝てしまう。


 そんな様子の藍白に先生もしびれを切らし、かなり大きな声で怒鳴った。


 しかし、藍白は一向に目を覚ます気配がない。


 少し変だと思ったのと隣だからという理由で藍白の机を優しく叩き、名前を呼ぶ。


 ………………起きない。


 先生も何かおかしいと思ったのか、こちらに近づいて、少し穏やかな声音で名前を呼ぶ。


 そこでやっと藍白は目を覚ました。


「藍白、体調悪いのか?」


 先生が問う。


「すみ、ません。少し…………」


「顔が赤いじゃないか! 熱があるかもしれないな………………このクラスの保健委員は誰だ?」


「…………今日は学校を休んでます」


 学級委員が答える。


「そうか……………」


 先生が困った顔になったのを見て、俺は決意した。


「あの、僕が保健室まで連れていきましょうか?」


 少しやり過ぎたかと思ったが、藍白のきつそうな様子を見ていたら、いてもたってもいられなかった。


「あ、ああ、それじゃあ、お願いできるか?」


「はい」


 席を立ち、藍白に声をかける。


「藍白、立てるか?」


「ん、ごめん………………安尾、君」 


 藍白はそう言いながら立とうとするが、ふらふらとして危なっかしい。


「ほら、肩に手、回せ」


「うん」


 クラスメートの視線がこちらに向いているが、そんなのを気にしている場合ではない。


 藍白の歩調に合わせ、ゆっくりと歩く。


 幸いなことに、教室から保健室まではそう遠くなかった。


 保健室に入るが、先生がいない。


 とりあえずベッドに寝かせ、先生を連れて来るために保健室を出ようとする。


 だが、振り返って歩きだそうとした時、俺の小指に暖かな感触が伝わった。


「……………行かないで」


「……………藍白、だけど」


「お願い………………一人にしないで」


 藍白は、少しだけ指の力を強めてそう言った。


 どうするべきだ? 間違いなく藍白は体調が悪い。俺一人じゃ何もできない。先生に来てもらった方がいい。


「行かないで……………お願い」


 藍白は今にも泣き出さんばかりに懇願する。


「……………分かった。ここにいるよ」


 そう答えると、藍白はほっとしたように微笑む。


 授業に戻らなかったら先生に何か言われるかもしれないが、適当に理由をつけて言えばいいだろう。


「安心して寝ていいぞ」


「……………うん、ありがとう」


 今にも消え入りそうな声で答える。


 目を閉じて寝たかと思ったら、また目を開き、俺を見る。


「どうした?」


「いや、あの…………………………手を、握ってほしい」


 てて、てを握る?! ちょっと待て藍白?! 今日はどうしたんだ? いつになく積極的というか甘えん坊というか………………うん、すごい可愛い!!


 って違う! なんか俺までおかしくなってきちゃったよ。


 藍白は熱のせいで赤くなっている頬をさらに染める。


 不安だからなのだろうか。確かに精神的に辛いなら人恋しくもなる………………いや、ただの風邪だよな?


「あ、ああ、分かったよ」


 普段なら恥ずかしくて絶対にできないが、これで少しでも藍白の心が休まるのならば、やるしかない。


「………………ありがとう…………おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 

 五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った頃には、藍白はぐっすりと眠っていた。


 どうしよう、俺ずっとここにいた方がいいのかな? でも、授業に戻らないと先生も心配するし。


 その時、扉が開いて、保健の先生が入ってきた。


「あっ、失礼しました~」


 先生は俺が藍白の手を握っているのを見ると、そそくさと帰ろうとした。


 いや、帰ろうとするなよ。変な方向に気を遣うなよ。


「ちょっ、先生、ちょっと待ってください」


「あ、ごめんごめん。出るときに鍵が必要だったね。鍵二個あるから外から閉めておくね。それじゃ、あとはごゆっくり~」


 そう言って保健室を出ていき、すぐに鍵を閉める音がした。


 っておい! これヤバイだろ。


 と、思ったが、まあいいや。確か六時間目は体育だし、一時間ぐらいサボってもいいか。こんな寒い中半袖でマラソンとか……………どこの時代の拷問だよって感じだしな。


 だが、ほんの数十分もすれば退屈してきた。


 うとうとして起きてを何回か繰り返すと、完全に眠りについた。


 次に目が覚めた時にはもうすっかり空は夕焼け色に染まっており、野球部の掛け声が聞こえる。


 めっちゃ寝たじゃん、俺。


「やっと起きた、安尾君………おはよう」


 藍白は途中で起きたのか、すっかり目が覚めているようだった。


「おはよう」


「…………………………」


「…………………………」


 何この二人のはじめての朝、みたいな空気。


 藍白の顔色は先程までと比べたら大分よくなっていた。


「体調、少しは良くなったみたいだな」


「あ、うん……………今日は、ありがとう」


 申し訳なさそうに言う。


「いいよ、俺も体育サボれたしな」


 冗談っぽくそう答えると、藍白も少し笑ってくれた。


「どうする? もう帰るか?」


「……………………安尾君は、どうする?」


「俺? ……………うーん、まあ藍白がもう少し休みたいなら付き合うよ。あ、嫌なら帰るけど」


「………じゃあ、もう少しここにいてもいい?」


「ああ」


「ありがとう」


 と承諾したはいいが、何か話した方がいいよな。んー、何話そ。オタクネタは流石に言えないし。


 必死に話題を考えるが、本当は、藍白に一番聞きたいことがある。


 バイトのことだ。


 藍白が疲れているのは、バイトで忙しいからという気がする。


 この前は理由を答えてくれなかったが、今日みたいなことがまた起こるかもしれないなら、放っておくわけにもいかない。


 だけど、今はそれについて聞くのは控えよう。

 疲れているときに無理矢理話させたくないし。

 いつかまた聞こう。


「さっき………………」


「ん?」


 色々と考えていると、藍白が何か呟いたので耳を傾ける。


「さっき、どうして私を、保健室に連れてきてくれたの? ………………保健委員じゃないのに」


「ああ…………まあなんというか、心配で」


「っ………………」


 俺が答えた瞬間、藍白は毛布で顔を隠した。


 まずい、もしかしてキモかったか? 


「ああ、藍白?」


「…………………………ごめん、ちょっと………………あっち向いてて」


 ヤバイ、これはまじで嫌われたか?


「心配って………………」


 俺が冷や汗をかきはじめると、後ろから藍白が声をかける。


「私が心配…………………………ってこと?」


 なぜもう一度言わせる?! 恥ずかしいじゃん?!


「えっと、まあ、そう、だけど………………」


「っ…………………………」


「ただ、大丈夫か?! 藍白?! さっきから変な声出てるけど」


「…………うん、ごめん、大丈夫」


「そ、そうか」


 というか、俺いつまで後ろ向いとかないといけないの? なんの意味があるんだ?


「なあ藍白、まだそっち向いたら駄目なの?」


「ちょっと待って……………………もう少し」


 そう言われたので、おとなしくするしかないが、どうも居心地が悪い。


 


 沈黙がしばらく続き、まだかと思った頃、藍白が小さく息を吸う音が聞こえた。


 そして、めっちゃかみかみで呟いた。




「すす、すすすすす………………………………好き、です」




後書き

第七話を読んで下さり、ありがとうございます!

いやー急すぎるよ、藍白! と作者も書いてて思いました。でもまあ、藍白も康男に心配されて嬉しかったんでしょうね(考えてるのお前だろ! 少しは俺の心臓のことも気にしてくれ! by康男)

次回もお楽しみに!


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