六話 あなたがいるから

        三ヶ月前



 目が覚めると、そこは病院だった。


 ベッドに寝かされていることが分かると、体を起こし、回りを見る。


 あれ? なんで私、病院にいるの?


 思い出そうとするが、思い当たる節がない。


 軽くパニック状態になり、病室を出ようとしたところで、丁度扉が開いた。


 白衣を着た男性がそこに立っていた。


「目が覚めましたか、よかったです」


 微笑んだ男性はしかし、すぐに困惑しているような表情になった。


「どうされましたか? そんなに慌てた様子で」


 そう聞かれてはっとなり、次の瞬間にはすでに口が動いていた。


「どうして私は病院にいるのですか? どうしてですか? 教えてください!」 


 最後には責めるような口調になってしまった。


「お、落ち着いてください。今からお話ししますので」


 そう促され、とりあえず気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。


 ベッドに座り、男性も横の椅子に腰をかける。


 その男性はここの病院の院長だそうで、ゆっくりと、順を追って私に説明した。


 だけど、そうして院長の口から告げられたことは、どうしても受け入れることができなかった。



 ………………お母さんが、死んだ…………?


 そのショックで私は記憶をなくした…………?


 何もかも、信じられなかった。


 だけど、実際に葬儀に行って、棺の中で安らかに眠っているお母さんを見たら、否定することはできなかった。


 私にとっては、つい先日まで一緒にご飯を食べて、話して、笑い合っていたのに………………。


「記憶をなくしたこと以外には何も異変はないようですが、しばらくは入院した方がいいでしょう」


 そう言われ、一週間ほどただ呆然としながら、時間が過ぎていくのを感じていた。


 その間、妹のしおりが来てくれた。記憶の中の栞から、ずいぶん成長していた。小さい子の成長は速いなあと、実感した。


 栞は、状況がよく分かっていないようだった。そりゃそうだ。栞はまだ小学生になったばかりなのだから。


 栞の笑顔に、たくさんの元気をもらった。


 

 私には、両親がいない。お母さんは亡くなり、お父さんも数年前に離婚して、行方が分からない。


 親戚とも、理由は分からないが完全に縁を切っている。お母さんに、祖母や祖父のことを聞いたことがあったが、何も答えてはくれなかった。


 頼れる人が、いない。


 国から奨学金や生活するためのお金をもらえるが、正直、妹と私二人が何も苦労せずに暮らせるほどのお金ではない。


 私が、しっかりしなければ。


 栞がたくさん美味しいご飯を食べられるように、笑顔を絶やさないでいてくれるように。


 大丈夫、栞のためなら、どんなことでも頑張れる。


 

 退院する前、院長にこれまで通っていた高校に通うか聞かれた。


 奨学金があるから通ったとしても特に問題はない。だけど、学校に行く時間があるなら、バイトをした方がいい。それに、今行ったところで知り合いは誰もいない。一年間の記憶がないのだから。


 それでも、私は学校に行くことにした。


 理由は、自分でもよく分からない。


 ただ、"会いたい人がいる" そう思った。


 誰なのかは全く分からないけど、どうしてもその"誰か"に会いたい。


 そうして学校に行き、私は安尾君と二度目の出会いをした。


 正直、学校に行くことはすごく不安だった。 


 いじめを受けたらどうしよう、勉強についていけるのだろうか。


 だが、実際に学校に行ってみると、そんなことはなかった。勉強はついていけてないけど。少なくとも、いじめるような人はいなかった。


 みんな何事もなかったように、私と話してくれた。


 だけど、距離を置かれているとも感じた。 


 話していても、気を遣われているようで、居心地が悪かった。


 そんな中、安尾君と話すときだけは、心が安らいだ。上手く説明できないけど、安尾君と話すと、元気が出る。


 普通に楽しそうに会話して、勉強も教えてくれる。


 私のことを、他の人と同じように、なんの気兼ねもなく扱ってくれる。


 気付けば、無意識に安尾君のことを見ている自分がいた。


 好きだと分かるまで、時間はかからなかった。


 その優しさが、楽しそうに笑う姿が、本当に大好きです。


 いつもは恥ずかしくて自分の気持ちを表すことができないけど、いつの日か、好きだと伝えたい。


 だからどうかそれまでは、この幸せな時間が続きますように。



後書き

第六話を読んで下さり、ありがとうございます!

前話の後書きで六話と七話を同時に投稿すると言ったのですが、すみません。やっぱり二回に分けさせて下さい。七話は午後に投稿します。

理由はまあ、図々しい話になるので省略します。

本当に嘘ついてばかりで、申し訳ありません。

七話もよろしくお願いします!

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