五話 やっぱ一応ラブコメなんだから少しはヒロインの可愛いシーンあった方がいいよね
注文したコーヒーを一口飲み、俺から口を開いた。
「話したいことって………」
「…………見た、よね?」
具体的には言わなかったが、おそらく、というかほぼ確定でメイドカフェのことだろう。
「えっと、その、藍白がバイト………してたこと?」
バイト、と俺が口にした途端、藍白は頬を赤く染めた。
「………引いた、よね?」
「え、いや、引いてはいないよ」
驚きはしたが、別に引きはしない。むしろ好きな人のメイド姿を見れたのは、正直嬉しかった…………流石にキモいか?
「本当に?」
藍白がこちらを覗き込むようにして問う。
「ああ、引くなんてことないよ」
「よかった」
安心したように肩を落とす。
「あの、お願いが、あるんだけど」
「何だ?」
「その、あんまり他の人には言わないで欲しいなって、バイトのこと」
「ああー、うん。言わないよ。けど、小田尾…………じゃなくて茂には見られちゃったけどいいのか?」
「………………安尾君と一緒にいた人?」
『安尾君と一緒にいた人』…………茂、お前、覚えられてないんだな。
「あ、ああそうだけど」
「うん、その人にもお願いしても、いい?」
『その人』…………。
「藍白、もしかして茂の名字分かんない?」
記憶喪失してから3ヶ月以上たってるから覚えててもおかしくないんたが、疑問に思ったので聞いてみる。
「えっ…………うん、分かんない、です………」
マジか、他人にあんまり興味ないのかな。
なんて思っていたら藍白が爆弾発言をする。
「あ、でも、他の人の名前も分からないから…………安尾君以外」
なんで言い訳っぽく言うの?! 言うなら俺じゃなくて小田尾にだよね?! 俺に聞かせたらただお互い恥ずかしいだけだよね?!
と思ったら藍白は全く照れる様子がない。ホント、天然はやめて欲しいよ、たまに不意打ちがあるから。
くそっ、誰だよ次回は重い展開になるから藍白の可愛いところはないかもって言った奴! 今のところ重い要素ゼロじゃん。
「あのさ、一つ、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「? うん、いいよ」
「どうして、バイトしてるんだ? うちの学校、特別な理由がない限りバイトは禁止されてるからさ、気になっちゃって。あ、でも答えたくないなら別にいいから」
「………………」
あれ? 俺なんか不味いこと言った?
「それは………………」
藍白はなにか言いかけて、しかし、すぐにその言葉を飲み込んだように見えた。
「ごめん、言えない」
そう言った藍白の顔は、苦痛に歪んでいるように見えた。その顔を見てしまったら、聞かなければよかったと、後悔せずにはいられなかった。
「………………そうか」
「うん…………ごめん」
「いや謝らないでいいって。聞いた俺が悪いんだから」
「………ありがとう………………って、あっ!」
「ど、どど、どうした藍白?」
藍白史上最も大きな声が上がったのでかなり驚いた。
「もうこんな時間だ、バイト………じゃなくてちょっと用事あるから、その」
「ああー、俺のことは気にしなくていいよ。っていうかバイトって言っちゃってるから訂正しても意味ないだろ」
「うっ、た、確かに。本当ごめん、私から誘ったのにバイトあること忘れちゃってて………その、今度何かお礼するから」
「いやいいよ、そんなこと。テストのお礼も約束しちゃってるんだし。それより早く行った方がいいんじゃない?」
「あっ、えっと、その、本当ごめん! 今日はありがとう」
めっちゃテンパってるのにしっかり頭を下げてお礼を言う。ホント、現役JKとは思えないほど礼儀正しいよな。いや、それは流石に全国のJKに失礼か。
「おう、バイト頑張ってこいよ」
「うん! それじゃあ、また明日学校でね」
手を振って小走りでレジまで行き、店を出る前にもう一度こちらを振り返る。
そして、こちらを向いてはにかみながらもう一度小さく手を振り、店を出ていった。
ホント、今回は藍白の可愛いところないって言った奴誰だよ。
帰るときに会計を済ませようと思ったら俺の分まで藍白が払ってくれていた。イケメンかよ。
悪いことさせちゃったな。今度機会があれば何か奢ろう。
帰りながら、さっきの藍白の顔を思い浮かべていた。あ、笑顔じゃなくて、苦しそうな時のね。
答えなくてもいいとは言ったが、やっぱり気になる。でもプライベートなことだもんな、多分。
誰だって人には言いたくないことぐらいあるか。
けど、いつか、今よりも藍白が俺に心を許して
くれる日が来るなら、その時は話してほしいな。
だが、その"いつか"が明日になることは、このときの俺は想像もしていなかった。
後書き
第五話を読んでくださってありがとうございます!
前話の後書きで次回は重い展開になると思いますと書いたくせに、あんまり重くなく、嘘をついてしまい申し訳ありません(本当だよ、藍白の可愛いところないって聞いてたから気を抜いてたのに! by康男)。
次回は六話と七話を同時に投稿します。六話は藍白視点で、記憶をなくした時のことを書いております。六話も七話もいつもに比べたら真面目ですが、よろしければ一気に読んでみてください。
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