マッドサイエンティストは自爆したい

かぎろ

ラグナロク第八研究所にて

「おらぁッ!」


 ラグナロク第八研究所内、最奥の扉を蹴破る。扉の向こうへ飛び込むと、アレンは、素早く周囲を見回した。この大部屋には壁一面に巨大なモニターが備え付けられており、悪の組織ラグナロクの重要な基地のライブ映像が映し出されている。

 探す。

 ゴードン博士はどこだ。


「ずいぶん派手なノックをする男だネェ」

「ッ! そこか!」


 アレンは声がした方へ跳躍し、拳を振り上げて殴打を喰らわせようとする。しかしその拳はゴードン博士の顔面に届く、その一歩手前で止まっていた。

 アレンは困惑し、焦燥を覚える。

 透明な壁に阻まれている。


「君ィ……。『ドアを蹴破る』。『人に暴力を振るおうとする』。この数秒間でマナー違反をふたつも犯しているゾォ? ベースボールだったらツーアウト、後がない」

「何だ!? 見えない壁!?」

「フム」


 ゴードン博士が、無表情で手元のスイッチを押す。


「『挨拶をしない』。スリーアウトだ」

「ぐああああああああああッッ!!」


 電流がアレンを襲う。ゴードン博士が室内の防衛システムを作動させたのだ。

 透明な壁はびくともしない。回り込もうにも、大きすぎる。このままではゴードン博士を倒すことができない。


「その壁は特殊でネェ。空気の振動は通しやすくなっている。お互いの声は問題なく聞こえるというわけだネ」

「お……俺、は……おまえ、を……」

「倒さねばならない、かネ?」

「……」

「安心したまえ。我輩はもうこれ以上生きる気はない」

「なに……?」

「ラグナロク第八研究所は役割を終えたのだヨォ!」


 ゴードン博士が、狂気じみて目を見開く。


「世界を支配する最悪の兵器〝ディストピア〟は完成したのサァ! そしてそれは既に我らが〝王〟の元へ輸送されているゥ! ひ、ヒヒッ……せ、世界は暗黒に包まれる! もう止ま、止まりはしないィ!」


 興奮しきった口調で言い、それから博士は何かを取り出す。


「これは何だかわかるかネ? そう! 研究所の自爆スイッチサァ!」

「何……!?」

「ヒヒ、ヒャヒャヒャッ! わ、我輩は『世界を変える大発明の実現』という夢をか、かな、叶えた! この最高の状態でし、死ぬことで! 我輩は永遠の偉人となり、け、けけ研究はかかか完成するのダァッ!」

「や、やめろッ!」

「もう遅いィ! サラバ!」


 博士は自爆スイッチを勢いよく押した!















 しかし爆発しなかった。


「……?」

「ヒヒヒヒ……」


 博士はニヤリと片頬をつり上げる。


「自爆スイッチ、これじゃなかったヨ」

「あ、そう」

「えー確か……ああ、これこれ。これだったわ。今度こそ自爆するゾォ……!」

「や……やめろ!」

「さらば人生ィィィイッ!!」


 押した!















「ヒヒヒヒヒ……」

「爆発しねーじゃん!!」

「おかしいネェ。じゃあこれかな? あ、これだ。ちゃんと『一番ヤバイ自爆スイッチ』って書いてある」

「これもう永遠に自爆しないんじゃないか?」

「ヒャッヒャッヒャ! これで終わりダァァァァアアッ!!」


 押した!















 ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!というものすごい着信音が鳴ったので博士はスマホを取り出して耳に当てた。


「もしもし?」

「ほら爆発しないじゃん!!」

「何だ、アクージかネ。四天王のひとりが何の用かネェ? ……何ィ!? 〝王〟がお亡くなりにィ!? しかも四天王もおまえ以外全滅で、おまえももう死ぬところだとォ!? なぜそんなことに……は? 〝ディストピア〟がいきなり大爆発を起こして巻き込まれた?」


 博士は手元の『一番ヤバイ自爆スイッチ』を見た。


「………………………………いや、我輩は知らないですね。そちらの管理が悪かったんじゃないですかね。はい。はい。あ、ではこれで。失礼します」


 通話を終えた。

 博士が憤怒の形相でアレンを睨む。


「何かネ?」

「何も言ってないだろ!」

「ぐぬゥッ! こうなったら手当たり次第に押してやるゾォ!」


 博士はスイッチを適当にガンガン押していく!

 モニターのライブ映像には悪の組織ラグナロクの基地たちが次々自爆していく様子が映し出されている!

 ラグナロクは壊滅した!

 博士は泣いた!


「かわいそうになってきたな」

「ヒィ……ヒヒ……ヒヒヒヒヒ……! ラグナロクの野望は潰えた……だがネェ……! ここに、残された最後の自爆スイッチがあるゥ……! 消去法により、これが第八研究所の自爆スイッチであることは確実……!」

「そうなんだ」

「もはや自爆はできないものとすっかり油断しているその顔に吠え面かかせてやるゾォッ! 今度こそさらばだァァァァァアアッ!!」


 押した。

 地響きが唸る。

 大音量のアラートが鳴り、モニターが赤く明滅し始め、ラグナロク第八研究所はまばゆい光に包まれ――――


 大爆発を起こした。


 爆炎と爆風に巻き込まれながら、ゴードン博士は目を閉じる。走馬灯を眺めながら、薄れゆく意識のなか、穏やかな気持ちだった。


(……さらば。我が、人生……)















 こうしてラグナロク第八研究所は自爆したが爆炎とかは透明な壁に阻まれてアレン自身は普通に無事なのであった。ラグナロクは全滅し、世界に平和が訪れた。


「かわいそうになってきたな」





 おわり

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