アサコ先生のクリニック

 翌日の午前中、マヤさんはアサコ先生のもとを訪れました。

 数日前メグちゃんの検査があったので、その結果を聞きに来たところでした。


「やはりネギ類は極力控えてくださいね。あと麦茶もまだ与え過ぎない方がいいです」

 毎回、定期的な検査の度に、アサコ先生からのアドバイスがあります。

 メグちゃんの体には、特別な食事指導が必要なのです。


「お姉ちゃんが麦茶を飲むのを見て、自分も飲みたいって言うんですよねぇ…」

 マヤさんは少し困ったように言いました。アサコ先生はマヤさんのお友達でもあるので、こういう愚痴も話すことができます。


「サヨちゃんはもう心配ありませんが、メグちゃんは尿検査の結果がまだ思わしくないので、そうですね…1日コップ1杯だけにしましょう。他の飲食に関しても、保育園には通知を出しておきますので」


「ありがとうございます」

 マヤさんはお礼を言った後、アッと思い出して尋ねました。


「あの、アイスクリームは大丈夫ですか?とにかくもう大好きで…お風呂上がりには自分で冷凍庫から出して食べちゃうんですよ」


「今まで通り予防のお薬を飲んでいれば、他の食材はもう問題ないですよ。他にも、そうですね…カレーライスも今のレシピで作ってあげれば大丈夫ですね」


「そうですか?それなら良かった!安心しました」

 マヤさんはホッとして、思わず椅子にもたれかかりました。


「サヨちゃんのお話になりますが、やはり当分は今の状態を続けた方がいいですね。玉ねぎペーストについては、次の検査後にまた検討しましょう」

「わかりました」


「ふたりとも外で食事をする場合は、事前に必ずお薬を飲むこと。万が一体調に問題が起きた時は、連絡してください。当直の医師が対応しますから」

「ハイ、ありがとうございます」


「ではまた、お薬はヨウスケ先生から処方箋が出ますので、あちらの薬局で受け取ってください」

「ハイ、ありがとうございました」

 ヨウスケ先生はアサコ先生の夫です。ご夫婦ふたりで、メグちゃんの体のケアをしてくれています。


「最初の予測よりも、いろいろなことに対して適応するのが早かったですね。あの時、あれだけ重篤な状態だったのに、今はもうすっかり元気になって…本当に良かったわ」

「先生方のおかげです。いつもご指導いただいて、本当にありがとうございます」


 メグちゃんは生後まもなく、重い感染症にかかりました。

 一時は命の危険に陥りましたが、アサコ先生とヨウスケ先生の治療によって、一命を取り留めることができたのです。


「最初にあの病気が流行してから、もう15年位になるわね」

「そうですね…」

 マヤさんとアサコ先生は、あまりにも大変だった日々のことを思い出しました。


「たくさんの小さな子どもが亡くなって、毎日みんな泣いてましたよね」

 その病気はある日突然発生して、あっという間に広がっていきました。子どもが感染しやすく、重症化すると数日で命を落としてしまう、恐ろしい流行り病でした。


「メグちゃんが感染したということは、まだあのウィルスは滅んでいなかった、そのことに驚いたわ。一度終息したと言われてから5年位経っていたし」

「ひょっとしたら今もどこかで生き続けているかもしれない、ということですよね」

 マヤさんは少し身震いしました。


「怖いですね…それに、今も子どもの数が少ないままで、世の中はこれからもまだいろいろと大変でしょうね」


 アサコ先生はマヤさんを励ますように声をかけました。

「私は、あの時のマヤさんの判断は正しかったと思いますよ。今こうして、メグちゃんがとても元気でいるんですから」


「どうしても助けたかったんです。こうするしか、私達には出来ませんでした」


 マヤさんは過去を思い出しながら、ゆっくりと言いました。

「でもまさかこの歳になって、赤ちゃんを育てることになるとは思いませんでした」

 

「そうね、周りはみんなビックリしてましたよね」


「マヤさんはお腹が大きくなっていないのに、あの歳で急にまたお母さんになった…とか、いろいろ言われましたよ…」


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