ノゾミさんの疑問

 数日経った日の午後、マヤさんは仕事場にかかってきた電話を受けていました。


 かけてきたのは、魔女のネットワークで知り合ったノゾミさんです。お互いの仕事に関する要件の後、近況報告の雑談になりました。


「そういえばマヤさん、今もあの魔法は使っているの?人の悩みを抜き取る技だっけ?」

 ノゾミさんが聞いたので、マヤさんは先日のコズエさんの一件を話しました。


「悩み、というのはちょっと違うんだよね。その人にとって生きる上で妨げになっている『感情』って言った方がいいのよね」


「生きる上での妨げ?」

「仕事も手につかなくなるとか、病気になってしまうとか、そういう状態の原因になっている感情を取り除く作業よ。悲しみとか、苦しみとか、その人が背負っている負の感情をね」

「それ、本当にその人のためになるのかしら?」


 コズエさんは疑問を投げかけてきました。

「辛い思いや悲しみを乗り越えたりすることって、人間として成長するために必要な場合もあるんじゃないの?」


「確かにそうでしょうけど」

 マヤさんは少し声に力を込めて答えました。


「でも私はこう思うの。

 もし高速道路で延々と『渋滞』が続いていて、いつまでたっても全然解消されなかったら…

 そのために大事な仕事のチャンスを無くしてしまう人がいるかもしれない。

 大切な人の最期に間に合わない人がいるかもしれない。

 ひょっとしたら誰かが命を落としてしまう原因にだってなるかもしれない」


 マヤさんはひと呼吸おいて語り続けます。


「何か人生に困難や問題があっても、それを傍らに置きながら、その問題と共に雄々しく、凛々しく生きている人も大勢いるよね。

 苦しみや悲しみを抱えながら、それでも体や心を活動させて前に進んでいければ、それがその人の生きた証になる。

 でも、その『負の感情』によってその人の生活が『停滞』してしまうのは、さっき言った高速道路の『渋滞』と同じことになる…」


 マヤさんはさらにお腹に意識を集中させて言いました。

「私は、感情がずっと『停滞』することを終わらせる。私はそれができる。それを自分の生業なりわいに決めたのよ。正しいかどうかは別としてね」


「そう…それがマヤさんの『道』なのね」

 ノゾミさんはほんの少し納得してくれたようです。

 マヤさんは付け加えるように静かに言いました。


「背負ったままの辛い感情を降ろしてしまいたい、でもどうすれば良いかがわからない、苦しんでいる人の大半がそうじゃないかしら。なかなか離れない負の感情を手放す、そのことに本人の了承を得た上で実施してるの」


 ノゾミさんは、すぐにもうひとつの疑問を投げかけてきました。

「でも、その感情を『浄化』させるわけじゃないんだよね?大丈夫なの?」


「『浄化』って、ホントに難しいし、時間もかかるのよね」

 マヤさんはため息混じりに言いました。


「私はそこまでの修行が出来なかったからネ。元々自分に備わっている能力を使って、自分が得意なことをする。無理なく仕事として続けるなら、自分がやれることを一生懸命やるしかないもの」


 ノゾミさんはマヤさんを少しいたわるような口調で言いました。

「だから、いろんな資格をたくさん取ったのよね。アロマとか、ハンドメイド関係とか」

「ひとつ取ったらいろいろとハマっちゃってネ。おっと魔法は使ってないわヨ。ちゃんと真面目に勉強して、試験を受けて取りました」


 マヤさんは笑いそうになりながら部屋の西側に目をやりました。

 香水、カウンセリング、マッサージ、アロマセラピー、ハーブ、スパイス、ビーズアクセサリー等、たくさんの資格の認定証が、額に入れて飾ってあります。いずれもマヤさんが好きなこと、興味を持ったことを熱心に学んで取得したものです。


「その、抜き取った『感情』をリメイクして他の人に提供するんでしょう?」

「そうね、よくやるのはやっぱりアロマかな。マッサージオイルとか、ルームフレグランスとか。ちょっと頑張って香水にする時もあるわよ。あとはハーブティーやスパイス、パウンドケーキ、ブレスレットにネックレス…」


 マヤさんがあまりにも楽しそうに語り続けるので、ノゾミさんはビックリして不思議そうに聞きました。

「悩んでいる人の感情って、悲しみとか、苦しみとか…あと憎しみとかがほとんどじゃない?そういうマイナスの感情を欲しがる人っているの?」

「それがねえ、いるのよ」

 マヤさんは真顔になって言いました。


「需要は確かにあるのよ。そう多くはないけど、必要としている人がいるの。どうしてもそれに頼りたい、という人が」


「信じられないわ…」

 ノゾミさんがさらに疑問を追加しそうに言うので、マヤさんはちょっと焦って言いました。

「ごめんなさい、そろそろミオちゃんが来る時間なの。この続きはまたゆっくりお話しましょうネ。今度ノゾミさんのお話も聞かせてね」


 マヤさんは丁寧に挨拶して電話を終えました。


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