マヤさんの夫ともうひとりの娘

 マヤさんは仕事場の換気扇を回し、空気清浄機が作動しているのを確認してから、母家へ戻りました。


 キッチンへ入ると、

「お疲れさま。急に大変だったね」

 夫のコジローさんがねぎらいの言葉をかけてくれました。


「おかえりなさい、今日もありがとうございました」

 マヤさんはすぐに両手をアルコール消毒し、ハンドソープでよく洗いました。


「カレー、先にみんなでいただいたよ。いつもの食べ方でね」

 コジローさんは、冷蔵庫からガラスの密閉容器に入った玉ねぎペーストを出して、テーブルに置きました。


「これ、ホントにうまい!ついついたっぷり入れちゃった。まだあるかな」

 マヤさん特製の玉ねぎペーストは、常にマヤさんが作りおきしているので、いつでも冷蔵庫に入っています。


 マヤさんはカレーのお鍋を火にかけました。温め直しです。


「サヨちゃんに手伝ってもらったのよ」

「うん、料理に興味があるんだね。作った時のこと楽しそうに話してたよ」

「メグちゃんの分もちゃんと別のお鍋で煮込んでくれたから、ホントに助かったわ」

「サヨちゃん、いいお姉ちゃんになれたね。今も二人でお風呂に入ってるよ」


 メグちゃんは3歳になるこの家の次女です。1ヶ月ほど前から毎日コジローさんが保育園への送り迎えをしてくれています。


「やっと今日、お友達と少し遊んだって、先生が言ってたよ。今までひとりでひたすら走り回ってたらしいけど、気の合う子がいたみたいだね」

「それなら良かった。ちょっと心配だったのよ」


 カレーがフツフツと沸いてきたので、マヤさんはご飯とカレーをお皿によそい、その上に玉ねぎペーストをかけて電子レンジで40秒加熱しました。


 冷蔵庫で冷やしておいたお水と、これも作りおきしていたミニサラダをテーブルに並べて、やっとマヤさんも夕食の時間です。

「いただきます」


 コジローさんは自分でインスタントコーヒーを作ってマヤさんの斜め向かいの椅子に座りました。


「玉ねぎは、お鍋にはどれくらい入れてるの?」

 コーヒーを飲みながらコジローさんがマヤさんに聞きました。


「普通のレシピの半分ね。あと10年はこの作り方にした方がいいと思うわ。ごめんなさいネ」

「当然だよ。マヤさんは気にしなくていいよ。子どもたちの健康が一番大事なんだ」


「サヨちゃんが高校生になったら、少しずつ玉ねぎペーストを使わせても大丈夫だと思うけど…今度アサコ先生に確認してくるわね」


 アサコ先生とは、子どもたちのかかりつけのお医者さまです。そして、マヤさんと同じく魔女です。


「たしか以前聞いた時は、安心して普通のカレーを食べられるのは成人してからって言ってたわよ」

「じゃあみんなで同じお鍋のカレーを食べられるまでは…17年⁉︎」


「でもその時はサヨちゃん、お嫁に行ってるかもネ」

「31歳か。どうかなぁ…」

 コジローさんは少し遠い目をしてつぶやきました。


「もしかしたら家を出て、どこかで働いてるかもしれないし…」

 カレーとサラダを交互に食べながら、マヤさんもポツリと言いました。

「でもいつかはみんなでおんなじお鍋のカレーを食べたいわね」


「ママのお仕事部屋、メグちゃんも行ってみたいって言ってるよ」

「まだダメよ」

「換気してても?」

「アロマの成分は部屋にしっかり残るから、まだ危険なの」


「サヨちゃんは大丈夫?」

「基本的には、サヨちゃんも施術から24時間換気した後でないと入れないのよ。だから渡り廊下からも入れないように、いつも鍵をかけているの」


「いろいろ制約があってちょっとかわいそうな気もするけど」

「すべてはあの子たちを守るためですよ」

「そうだね」


「ママァ!」

「メグちゃん待って!髪の毛ちゃんと拭いてないよ!」

 お風呂から上がった子どもたちがキッチンに駆け込んできました。


「コラァ!メグちゃん!」

 サヨちゃんがメグちゃんを追いかけ回しているうちに、メグちゃんはママにワーッと抱きついてきました。


「ママァ、アイス食べたい!」

「あらあらメグちゃん、ホントに髪の毛まだ濡れてるネ。お姉ちゃんの言うことちゃんと聞くんだよ。アイスは髪の毛拭いてからネ!」

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