マッサージと白いハンカチ

 コズエさんが了承したので、マヤさんはハンドマッサージを始めました。


 アロマの良い香りが部屋中に漂って、コズエさんはだんだんと呼吸が落ち着いてきました。涙はしばらくの間流れ続けていましたが、その目は次第に光を取り戻してきたようです。


 ミオさんはコズエさんの涙を白いレースのハンカチで拭っていました。また、時々ティッシュも差し出して、こまめにお世話をしてあげました。


 そして合間を見て、棚からガラス瓶を出してテーブルの上に置き、フタを開けました。小さめのペットボトルくらいの大きさで、フタは密閉できるタイプのものです。マヤさんとミオさんは常にアイコンタクトをとっていました。


「気分はどうですか?」

 右手、そして左手とマッサージを終えたマヤさんは問いかけました。

「ハイ…」

 コズエさんは不思議そうな表情で答えました。

「何だかとてもスッキリしました…」


 ミオさんがさっきのティーカップより小さなグラスで、少し甘味のあるドリンクを差し出しました。

「心の中の嵐が少し緩やかになったというか、不安はまだ残っているんだけど、気持ちは何だか静かになっている感じです…」

 ドリンクを少しずつ口に含みながら、コズエさんはしばらくの間放心状態でした。


 まだキョトンとしているコズエさんを見て、

「では次に体に必要なものを与えてあげましょう」

 マヤさんは近所のレストランのお食事券を2枚、コズエさんに渡して言いました。

「これで、ミオちゃんと美味しいものを食べていってくださいね」


「そんな、申し訳ないです。それより先生、お代の方は…」

 マヤさんはコズエさんの両手を握りしめて言いました。

「辛い思いをしている方からは、お代はいただいておりません。本当は私の方がお礼をしなければいけないのです。何か栄養のあるものをしっかりと摂って、ご自分をいたわってあげてくださいね」


 ミオさんは白いレースのハンカチを丁寧にたたんで、テーブルの隅に置きました。そしてコズエさんを促して帰り支度を整えました。

「先生、お疲れさまでした。ではまた明日…」


 二人が部屋を出て行った後、マヤさんは仕事場の入り口に中から鍵をかけました。

 さあ、これからがマヤさんの本当のお仕事です。


 マヤさんはコズエさんの座っていた椅子に手をかざしました。そして丁寧に、しかし直接手は触れず撫でるようにして動かしていきました。次にテーブルも同じように手を掲げて、何かを念じるような動作を繰り返しました。


 すると、コズエさんの心に溜まっていた悲しみ、苦しみ、不安等、さまざまな負の感情が、渦を巻きながらマヤさんの手のひらの近くまで集まってきました。

 そしてそれらはまるで空の上の雲のように、形を成してまとまり始めました。

 マヤさんが両手でボールを形作るように動かすと、綿雲のようだったそれらは中心に向かってどんどん固く圧縮されていきます。負の感情が塊になってきたのです。


 次にマヤさんは、ミオさんがたたんで置いていった白いレースのハンカチの上に雲の塊を移動させました。そしてハンカチから何かを引き上げるように両手を動かしました。するとハンカチに染み込んだ涙が蒸気となり、雲の塊と一体化を始めました。


 塊はさらに圧縮を続け、さっきミオさんが準備したガラス瓶に入るくらいの大きさまで縮みました。

 マヤさんは鼻から息を吸い、そして思い切り力強く口から吐きながら両手のひらをガラス瓶に向け、雲の塊を瓶の口に押し込むような動作をしました。

 塊は細長く伸びてガラス瓶の中へ吸い寄せられるようにして入り込んでいきました。


 マヤさんは瓶のフタをキッチリと閉め、ラベルに今日の日付と何か記号を書いて貼り付けました。そして同じような形の瓶を収納している飾り戸棚の中へ納め、戸棚の扉には厳重に施錠をしました。


「本日のお仕事、終了です。お疲れさまでした」

 マヤさんはお部屋全体にご挨拶をしました。


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