第26話 クランルーム

 扉を開けた先には広い応接間のような空間で長ソファーが左右にあり、正面には一人用のソファーが二つ並んでいて真ん中に長テーブルが置かれている。


 部屋の雰囲気は豪華さは無いが、とても落ち着いていて目に優しい薄い乳白色の壁と茶色のソファー、白いテーブルと全てが平凡であるが万人受けしやすいリラックス出来る空間を生み出していた。


 懐かしいというべきよりも、見慣れた良く知っている空間だった。ゲームでの初期クランルームがそこにあったのだ。


(この部屋が初期クランルームそのものなのは、ゲームでシルフィーネとして部屋紹介を行っていて、このクランルームが私の部屋という設定だったからでしょうか? ――という事はメンバーの個室も存在するわね)


 先に入った4人は各々の反応で出迎えてくれた。私のする事にあまり疑問を持たないミーナは、マナと一緒に並んで座ってすっかり寛いでいる様子だ。


 ヤンは入ってすぐの一番入り口に近い位置に座っているというか、座らされている感じだった。


 そして最後の一人セナが、恐らく私が入って来るのを待っていたかのように口を開いた。


「ビスタさん……もう驚くのは辞めに致します。これは精霊の迷い家と呼ばれる魔法の家なのでしょうか?」


 ビスタがそう尋ねて来るのは当然の事だった。いきなり何もない空間に部屋が現れたら大抵は、自分の理解できそうな事象に当て嵌めてなんとか納得しようとするだろう。


「そ、そうね……それに近いものよ。空間魔法と呼ばれる物よ……」


 私はどう説明したら良いかと悩んでいたので、セナの精霊の迷い家という呼び名に飛び付いた。どうやら精霊には不思議な家の逸話のような物があるようだ。


「そうですか……拡張魔法よりも上位の魔法ですね……なるほど」


 セナがなんとなく納得してくれたようなのでホッとしていたのだが――


「この空間からは出られるのでしょうか?」


 不安そうな表情のヤンが泣きそうな顔でそう言ってきたのだった。


◻ ◼ ◻


 ヤンの不安も、もっともだったので私達は一旦クランルームを出て元の草原に戻っていた。


「【クローズ・ルーム】」


 私が扉を消すと「扉消えちゃったね……」と、マナがしょんぼりとしてしまった。マナはどうやらあの部屋が気に入ったようだった。


 私は放置していた敷物等を回収した後、皆にクランルームの使い方を説明するつもりだった。


 私の予想が正しければ、皆もクランルームを使える筈だと思ったのだ。


「セナ、【オープン・ルーム】と言ってみて」


 私がそう言うと空間に扉が現れた。


「すごいね! 【オープン・ルーム】」


 セナの代わりにマナがそう言うと、マナの目の前に扉が現れた。皆が驚いてマナの周りに集まっている。


 やはりクランメンバーであれば、使用出来るようだ。嬉しそうに皆の前で扉を開けたマナの前に開いたのは、ゲームでは四畳半の個室と呼ばれたマナ専用の個室だった。


「あれ? せまいよ……さっきとちがう! どうして?」


 涙目になりかけているマナに、私は慌てて説明した。


「そこはマナだけのお部屋だよ……個室って分かる?」


 私の説明にみるみる笑顔になったマナが、「マナのお部屋なの⁉」と改めて確認し、私が頷くと部屋の中に駆け込んで行った。


 皆も入ると狭い部屋が更に狭く感じられた。部屋には通常のシングルベッドの3分の2程のサイズのベッドと小さな机と椅子が置かれているだけだった。


 それでも個室が嬉しいのだろうマナは靴を脱ぐとベッドに飛び込んだようだった。後から部屋に入ったミーナも同じく狭いベッドに一緒に飛び込んでいる。セナはベッドの隅に腰掛け、ヤンは椅子に座ったようだ。


「皆にも個室があるから、その奥の横開きのドアから移動して。無理して狭い部屋にいることもないからね」


 椅子に座っていたヤンが立ち上がり、ドアを横にスライドさせた。そこには廊下があり、出てみるとマナの部屋のスライドドアと同じドアが並んでいた。

 

 反対側に一つだけあるスライドドアは最初に入った共有ルームだった。ヤンとセナはそれぞれの名前が書かれた部屋の前に立つと、私の方を確認するように見た。私が頷くとドアを開けてそれぞれ部屋に入っていったのだった。


 マナの部屋に戻ると二人は幸せそうに眠っていた。起こすのも可哀想なのでそのままにして私はもう一つ確認するために共有ルームに入った。


 そして、3つある扉の中でまだ開けていないドアを開いた。


 ――そこに広がっていたのは私の予想していた、柵に囲まれた小さな美しい庭と周囲を取り囲む森の姿だった。

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